激闘、あるいは蹂躙
バキバキバキキキキ!!
[gugyaaaaa!!]
大量の木がへし折られる爆音と共に龍の悲鳴が聞こえてくる。
狙い通りに奴は急降下から立て直すことができずに森に突っ込んだようだ。
軽く息をついて振り返ると、エルメが盛大にひっくり返っていた。
「おーい無事か?」
「……さっきぶつけた所またぶつけた…きみ、もう少し優しい操縦出来ない?」
「そんだけ恨みがましい声が出るなら問題ねぇな。龍に追われてる現状でそんなこと出来ねぇよ。」
相変わらず船は全速でかっ飛んでいる。奴を森に突っ込ませたおかげで少しは引き離せたが、また追い付かれるのは時間の問題だろう。
「そういえば…僕にあの棒を倒させたのは何のためなんだい?特に何か変わった様には思えないんだけど…」
「あぁ、尻尾巻いて逃げるなら追っ手が見えた方がいいだろ?上見てみな。」
操縦桿を握って計器を睨んでいる俺には見えないが、エルメには頭上を覆っていた金属の蓋が二つに割れて開いていくのが見えているはずだ。
港の外や山の上で作業する為に作られた船は、金属製と硬質水晶製、二種類の風防が据え付けられており、場合によって開くことが出来るのだ。
エルメに操作させたのはその金属製の風防を開くレバーだった。
「ん?お……おおー!リトスリトス!開いちゃうよ!大丈夫なの?」
「問題ねぇ!どうせ一撃でも食らったら終わりなんだ。生き残る可能性が少しでも多い方に賭けるさ!」
次第に周囲が見えて来る。左手遠くには雲を突き抜けるほどの山が連なり、右手には一面の森が広がる。
そして後ろを振り返れば、この船より二回りは大きな龍が少しヨタつきながら追って来る。
「やっぱりそこまで育ってねぇな…。もしかすると船を襲うのだって初めてかもしれん。」
すっかり成長しきった龍であればこの船を一飲みにできるくらいにはなる。まあ今の状態でも人間2人くらいならば簡単に食い尽くせてしまうのだが。
「あれが龍……これでまだ大きくなるのかい?」
「おうよ。群れの頭目ともなればあれの3倍は超えるぜ。もっともそこまでの奴は俺でも見た事がねえがな。」
「これが…龍……龍……」
巨体を覆う血よりも赤い鱗に骨張った羽根、命に飢えた真円の瞳孔にエルメは少なからず見惚れているようだった。
命とは危険で在ればあるほど美しいものだ。医術を修めるエルメならそれをよく理解しているのだろう。
「見入っちまうのは分かるが魅入られんなよ。死にたくなきゃな。」
「え?どういう――」
[voaaaaa!!]
「っと危ねぇ!」
少し調子の違う咆哮に話半分で対応できたのは完全に運だった。
気流制御を切り、慣性で速度を維持したまま操縦桿を左に叩き込む。
前方に投げ出された船体は森の木々を薙ぎ倒しながら急激に左に進路を変えた。
ガリガリガリガリ!
[gaoooooo!!]
異音と共に船の速度がガクッと落ちる。
「うわぁっ!なに?何が起きてるんだい?」
「くっそぉ……あいつやりやがった!」
猛烈な勢いで突進してきた龍は狙いを僅かに外し、羽根の先を船底に擦らせて前へと抜けていったのだ。
船の推進力の源である龍の羽根は船底に固定されている。そこに傷を負ったせいで速度が落ちたのだろう。
「最悪一歩手前だった状況が今度こそ最悪だ!龍心炉は死守出来ても飛べなくなっちまえば意味が無ぇ!」
「えぇっ!それじゃ僕らどうなるんだ!」
「子供みたいに騒ぐんじゃないよお前年上のくせに!」
「19のくせにそこまで達観してる君の方が変だよ!命の危険だってのに!」
高度計に目をやりながら気流制御系を復帰させ、エルメのむくれた声を聞く。そんなに歳に見合わない精神性はしていないと思っていたがどうもそうではないらしい。
「金と打算で全てが動く世界でずっと生きてきたからな、多分そのせいだろ。下手に感情出すと足元見られるんだ。」
「それは……すまない。不躾な事を言ってしまったな。」
「構わねぇよ。それより椅子の背にしがみついとけ。前の比じゃねぇくらいぶん回す事になるからな――っ!」
[gaaaaaaa!!!]
炎を吐いて来るとすぐに理解した。躱しきれないことも理解した。
ならばどうするか、簡単だ。
船体の角度を調整して船尾を敵に向ける。
「頼む………耐えてくれ!」
「っっっ!!」
何かを察したのか、エルメが背中にしがみついて来た。
失敗すれば焼き尽くされた挙句に頭から齧られる。底冷えのする恐怖を押し殺し、操縦桿を両手で固定した。
「歯ぁ食いしばれよエルメ!1発まともに食らうぞ!」
「分かった…もう全部君を信じる事にする!」
バゴァァァァァァッッ!!!
「おあぁぁっ!」
「うわぁぁぁぁ!」
爆音がして体が一瞬浮遊するような感覚があった。
船体が大きく揺れて軋み、僅かに加速する。浴びた炎の熱が炉に力を与えたのだろう。
脳を揺らされる様な強烈な不快感に耐えながら、手早く被害を確認していく。
「っと……龍心炉は問題無し、まだイカれちゃいない。羽根は…もう2回か3回食らったら終わりだな。」
まともに食らったにしては驚くほど中身は被害を受けていなかった。
だからといってもう一度やる気は無いが。
「リトス…大丈夫?僕まだ生きてる?」
「自分で確認しろ。横っ面引っぱたいて痛けりゃ生きてるだろうさ。」
律儀に自分の頬を張り倒したエルメが涙目でこちらを見てくる。俺に何を求めているんだ。
それを無視して振り返ると、硬質水晶の風防越しに龍と目が合った。
少しふらついてはいても憎しみに満ちたその目は人の様に濁りきり、抉り出したとしても売り物にはなりそうにない。
「ふふっ…上等上等!生きて地面を踏めるのはどっちだろうなぁ。」
この船には武装はひとつも積まれていない。元々が山岳作業用の工作船だから必要が無かったのだ。つまり、この船は龍とは戦えない。
ならばここは逃げるしかないのだが、それも無理な話。
ここまでボロボロになってしまえばどれだけ速度を上げようとも簡単に追いつかれる。
「どうするか…なんて簡単だな。」
俺たちは戦えない。ならば俺たち以外に戦ってもらえばいいのだ。
「エルメ、俺の座ってるここの右手端に金属の柱みたいなのがあるだろ。」
「う…うん。柱と言うにはちょっと短い気もするけど。」
「表面にある目盛りを調節してジワの港に会わせてくれ。」
柱の中には伝声晶がいくつも入っていて、その一つ一つが街の管制と繋がっている。目盛りを動かせば使いたい物にだけ声を吹き込むことが出来るという仕組みだ。
中身がどんな構造になっているのかは知らない。開けたら間違いなく壊す自信がある。
「合わせたよリトス。なんて言えばいいんだい?」
「今から俺が言うことをひたすら復唱しろ。
こちらファス所属山岳作業艇モール号、緊急事態第1種に遭遇中。至急応援求む。
なにか反応が返って来たらまた教えてくれ。」
緊急事態第1種は龍と遭遇したことを指す符牒だ。こう言えば港のある山の上に配備されている火砲が動き出し、視認圏内に入った途端龍を追い払ってくれる。
「分かった!えっと…こちらファス所属――」
生真面目に繰り返し始めたエルメを尻目に操縦桿を握り直す。
「ジワの港は…これくらいでいいかな。通信可能域まではもう少しのはずだから…っ!」
[goooaaaaa!!]
狙いが外れた炎が風防のすぐ上を通り過ぎた。
敵も疲れているらしい。成長途中の身体でここまで引きずり回せばそうもなるだろう。
「おいおい随分軟弱じゃねぇか…昔俺が2日間ぶっ続けで飛ばされた時だってそこまでヘロヘロにはならなかったぜ?」
まだ競り合える、そう考えると操縦桿を握る手に力が湧いてきた。
ここからが本番だ。
このボロ船でどこまで足掻けるか、まあ死ぬまでは頑張れるだろう。
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