見えざる手
「あー、あー、リトス聞こえる?」
「ばっちり聞こえるぜ。問題無しだ。」
「分かったわ。それじゃあこっちで手に入れた情報を伝えていくわね。」
ホーラル商会へ向かう道中、俺達は伝声晶で情報交換を続けていた。
歩きながらでも使える様にと渡された伝声晶は、耳に掛けられるような加工がされた上に周りには声が伝わらない代物だ。結構高級品らしい。
「取り敢えず最初に伝えておくと、ショーラ達が向かったのはバロールの地上街ね。」
「それはさっき聞いたが。確証はあるのか?突っ込んで行ったら何もありませんでしたなんて間抜けにも程があるぜ?」
「ここの出港記録とあっちの入港予約を確認したの。直近でホーラル商会の船が一隻、急に予定を前倒しして出港してる。まず間違いなくこれでしょうね。」
「そうか…。地上を歩いたっていう可能性は?船じゃ足がつく事くらいあいつらにも分かるだろ?」
「わざわざ生きたまま龍に食われに行きたい馬鹿ならそうかもしれないわね?」
「ははっ!愚問だったな。」
買い物客で賑わう通りを走り抜けながらぶつぶつ何かを呟き、挙げ句の果てに笑い出す俺の姿は側からみれば滑稽な阿呆に映っただろう。
「それでだ。例の宝石を買った時のこと、もう少し詳しく教えてくれねぇか?一つ引っかかる事があってな。」
「構わないけど…何があるのよ?」
「いやまぁ…死地に飛び込む覚悟くらいはしておきたいからな。」
ヤルザからその話を聞いた時から、俺は一つの仮説を立てていた。もしそれが正しければ、俺は今から殺されに行く事になるかもしれない。
「確か、先々月にあった競売だったわね。出品者が伏せられた物だったけど、白金翼貨50の値で落札されたの。」
「出品者不明でそれかよ。ずいぶん思い切ったもんだな。」
出品者が分からない品というのはそれだけで値がつかなくなるものだ。本人が保証すべき品物の真贋が分からなくなるという事なのだから、買い手も恐ろしくて手を出そうとしない。
「まあそうよね。私もそう思ったから手は出さなかったのだけれど…その後になって急にホーラルの当主が私に泣きついてきたのよ。」
「それが……傷が付いたっていう一件か。」
「ええ。商品管理の手違いでステル鉱の保管庫に紛れてたらしいわ。そのせいで傷が付いて買い手が怒って金を出すのを拒んだそうよ。」
今から訪ねるホーラル商会は複数の町にまたがって手広く商売をしている大商会だ。そんな杜撰な真似をするとは考えづらい。
「それでお前に半分以下の値段でいいから買ってはくれないかってか?ずいぶんお人好しだなあヤルザ。」
「こっちも色々と無理聞いてもらってるから断りづらかったのよ。恩返しみたいなものね。」
「それで、逃げた買い手はどうなったんだ?なんの断りも無しかよ?」
「さあ?私は知らないわね。そこまで私が面倒見る意味も無いもの。」
恐らく、いや間違い無くホーラル商会は信奉者達とグルだ。伝声晶を本来の用途で使うには形と大きさ、傷が完全に一致した物でなければならない。
そんなものが偶然で生まれるはずはない。明らかに意図的に作った上でヤルザに流したのだ。
裏を取ったわけではないがこれで確定だろう。
「それであの名簿のことなんだけど――」
「悪いヤルザ。商会についたから後は戻ってからな。」
「ええ。健闘を祈るわ。」
商会の建物の前に立つと、いつも体の芯から冷えていくような感覚がする。
少しでも気を抜いたら骨まで食い尽くしていくような強者がだろうか。ホーラル商会は特にそれが強く感じる。
初代当主の趣味だというその建物はファスの街が出来た時からあったらしい。
石積みではなく、岩壁から直接削り出したホーラル商会の総本山はのっぺりとしていて飾り気がまるで無い。
「さて……行くか。」
正直、入った瞬間に袋叩きにされて殺される覚悟をしつつ俺は足を踏み入れた。
「いらっしゃいませリトス様。本日はどの様な御用件で?」
「ああ、一週間分の食糧と水、後欲しい情報がある。ホーラルさんはいるか?」
「当主様は執務室にいらっしゃいます。食料と水はすぐに御用意いたしますので、終わりましたら受付までお越しください。」
「助かるよ。代金は俺の預け分から引いといてくれ。」
「かしこまりました。」
あまりにもいつもと変わらなかったので、拍子抜けしながら執務室に向かった。俺の仮説は間違っていたのだろうか?
その疑問も、ホーラル商会の当主と話すまでの事だった。
「おや、どうされましたかリトス君。契約更新はまだ先だったと記憶していますが。」
石製だというのにまるで抵抗無く開く執務室の扉を開けた俺にそう聞いたのは、ホーラル商会の現当主ボル・ホーラル。すっかり老人ではあるがその目は鋭く、金儲けへの情熱に満ちていた。
「ああ、今回は契約の件で来たわけじゃない。あれに特に不満も無いからな。」
「そうですか、それは良い事だ。しかしそれではなんの用件ですかな?」
俺より遥かに経験を積んでいるホーラル相手にに搦め手は通じないだろう。そんな時には真っ向から叩きつけるに限る。勢いというのは割と重要なのだ。
「あの船、予定より早く飛ばしたのは何故だ。知らないとは言わせねぇぞ。」
「ふむ…。あぁ、あの定期便ですか。先方で急に必要なものがあったとかで――」
「白々しいぜホーラル。まさか俺が何も知らないとでも思ってんじゃねぇだろうな?」
「リトスく――」
「先方とやらがどこの誰で何が必要かは知らねぇがな、ルメールは先にこっちが唾付けて契約も交わしてる。さっさと返してもらわなきゃこっちの計画に支障が出るんだよ。」
「リトス君!相手の話を聞こうとしないのは商人としては三流以下だぞ。少し口を閉じなさい。」
息継ぎの隙をついてボル・ホーラルが叫んだ。
その剣幕に黙り込んだ俺を一瞥し、彼はゆっくりと話し始める。
「君が何故あの子に関わっているのか、君の計画とは何なのかはこの際置いておこう。そんな事を知っても意味は無いからね。」
「まぁな。聞かれたって答える義理も無い。」
「義理はあってもいいと思うがね。なにせ君はあの人から直々に頼まれた子だ。彼女への恩は返しても返しきれないものがあるだろう?」
「それは事実だがな。今は昔を懐かしんでる場合じゃねぇだろ。」
俺の苛立ちを知ってか知らずか、ホーラルはゆっくりと話し続ける。
「単刀直入に言わせてもらうがねリトス君。君の予想は当たっている。私と私の商会は現在、信奉者達と手を組んでいる。」
「……だろうよ。」
「だがね、私は奴らに魂を売ったつもりはないよ。確かに今の彼らの所業は許されるものでは無い。手を組んだ理由はただ利益のためだけだ。」
「それの何が違うんだよ!利益の追求は商人の本分だ、その為に奴らに協力するんなら全部同じじゃねぇか!」
怒りに任せて叫んだ俺の目をホーラルが見た。
その瞳からはなんの感情も読み取れない。
「……なんだ。ルメール・アイゾルニアを手中に収めようとするのだから信奉者の事は大体知っているのかと思ったが、そういう訳では無いのだね。」
「…は?どういう事だホーラル。お前は何を知ってるってんだよ。」
「その情報に君はいくらの値をつけるんだね?」
「いくらなら売るんだよ?」
少し考え込み、ホーラルは口を開いた。
「信奉者との秘密保持契約と、情報による利益損失分も合わせて…白金翼貨200000枚といったところか。」
「ちっ…吹っかけてくれるじゃねえかよ。」
「どうとでも言いたまえ。ここまで話したのだって、あの人への恩が私にもあるからだよ。」
駄目だ。もうここでは何も得られない。
だが、ホーラル商会が信奉者達と繋がっている事、ルメールは今間違い無く信奉者の手中にある事。今の情報はそれだけで十分だ。
「ああ分かったよ。もういい。お前に頼れると思った俺が馬鹿だった。後は俺が自分でどうにかするさ。」
踵を返して立ち去る俺の背後から声が飛んできた。
「リトス君。「セイテハコトヲシソンジル」だぞ。あの人の言葉だ。意味は分かるね?」
「急いでる時ほど慎重に、だろ。お前に教えられなくても分かる。これでも二番弟子だ。」
「そうだ。後はそうだな…。」
「なんだよ。まだ何かあるのか?」
「うむ。「イゼルナ」という名を覚えておけ。必ず役に立つはずだ。」
イゼルナ。イゼルナ。イゼルナ。
ずいぶんと響きがアイゾルニアに似ているな、とふと思った。
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