ルメール=旗。
「ルメールちゃんが乗ってたって言われた時にね、少し疑ってたのよ。」
「……何をだ。」
「密航よ。珍しい事じゃないわ。うちの街でも週1回は密航者が見つかるもの。」
「はっ…ザル警備だな全く。」
「そう言わないでちょうだい。予算は回してるのにあの警備のバカ共がどれだけ言っても賄賂受け取りやがるのよ。」
ため息をついて項垂れたヤルザ。長なりに責任を感じているのだろうか。
正直なところ、密航などしたところで身元がバレれば何の意味もない。
あれはただ自分の首を絞めているだけなのだから放っておけば良いとも思うのだが、そうもいかないようだ。俺の知ったことではないが。
「まぁファスの街の密航事情はどうでも良いとしてだ。問題はルメールの事だぜ。」
「そうね。これを見る限り、信奉者達はあの子がアイゾルニアの人間だということを知っていた。なのになぜ生かしておいたのかしら?」
「分からねぇ。殺しちまえばアイゾルニアの知識と名を継ぐ人間が減るんだから奴等にとっては得しかないはずなのに…。」
信奉者の考える事を理解しようとしてはいけない。俺たちとは思考が根本から違うのだから、その努力は無駄にしかならない。
だが。何か重要な事を見落としている。彼らに関して俺は何かとんでもなく重要な勘違いをしている気がした。
険しい顔をしているヤルザを見やる。彼女はきっと俺の分からない何かを理解しているのだろう。
「考えても仕方ないわね。リトス、一度戻りましょう。この名前を調べれば何か分かるかもしれないわ。」
「……そうだな。あんたが長時間街を離れてることも心配だ。ひと段落したらまた調べに来ようぜ。」
ルメールが無事でいる少し心配になってもいたのだが、口に出したら間違いなくからかわれると思ったので黙っておく。
「たかが2日離れた程度で立ち行かなくなるような組織にはしていないけれどね、確かに心配だわ。主にルメールちゃんが…。」
「なんだ。お前もなんだかんだでルメールのこと気に入ってるんだな。」
「あら、当然じゃない。あんなに可愛い子気に入らないわけがないでしょ?」
さっきまで険しい顔をしていたはずのヤルザがいつの間にか満面の笑みでこっちを見ていた。
気持ち悪いので無視して船の外に出る。
「あ…俺達どっちから来たんだっけ。ヤルザ分かる?」
「目印くらい当然残してるわよ。灯りも出すから離れないで着いてきなさい。」
にべも無く彼女は言い、服の中から石ころを取り出した。坑道でもよく使われる、衝撃を与えるとしばらく強い光を放つ鉱石だ。
用意周到に服を着せて美的感覚を綺麗さっぱり抜き取ったらヤルザになるんだろう。
「お前は一体どれだけのものをいつも持ち歩いてんだ…?」
「さぁ?あると思えば大概のものは持ってるのよ。」
「理解できねぇ……」
何一つヤルザに敵うものが見当たらないまま、俺達はファスの街に戻った。
帰り道は拍子抜けするほど何も無い道のりだった。
今思えばあれは、嵐の前の静けさというやつだったんだろう。
―――――――――――――――――――――――
「お前達、今戻ったわ。遅くまでご苦労さま。」
「ヤルザ様!長こそ遅くまでご苦労様です!」
「これからまた少し調べないといけない事があるの。私の帰りを詰所に伝えておいてちょうだい。」
衛士達の「了解しました!」という声が街の中まで響く。その声の大きさに彼女の人望の大きさが込められている。
「何が2日離れた程度だよ。お前を見た瞬間のあいつらの表情ときたら…生き別れの親にでも会ったみてぇだったぜ?」
「人望がありすぎるのも考えものねぇ。分けてあげましょうか?」
わざとらしく俺の方に振り返る彼女の提案を鼻で笑って一蹴する。こんな奴の人望など貰ったところで持て余すだけだ。
「そんな事より、名前調べるってどこから始めるつもりだ?」
「あぁ、バロールの街から当たってみるつもり。あの老いぼれ下衆野郎でも信奉者の情報くらいは精査してるはずよ。多分。」
「多分かよ…。ならすぐにでも船出すだろ?付き合うぜ。」
全ての街には伝令用の高速船が常に二隻常駐している。それを使えばバロールといえどそこまで時間はかからないだろう。
そう思った俺を、ヤルザは目を丸くして見ていた。
「なんだよ…来ない方がいい理由でもあるか?」
「いや…何言ってるのよあなた。船なんか出さないわよ?」
「いや、船出さねぇと調べにいけねぇだろ?」
「あら知らなかった?うちの伝声晶、もう修理終わってるのよ?」
「あぁ!そうだったのか!」
伝声晶とは、全ての船と街に設置されている半透明な宝石だ。
見た目は普通の白色がかった宝石だし、宝石として取引もされているが、こいつには別の使い道がある。
まずは同じくらいの大きさの伝声晶二つを用意し、特定の法則に従って同じ模様を刻む。
そして片方の近くで音を鳴らすと、もう片方からその音が鳴るようになるのだ。どうやら共鳴しているようなのだが、詳しいことは分かっていないらしい。
「しかし随分修理が早いな。もう少しかかると思ってたが。」
「ちょうど良く模様を刻めるやつが街に滞在してたのよ。大枚はたく羽目になったけどね。」
「まぁ仕方ねぇさ。そういう時もある。」
「そうそうあって欲しくはないのだけれどね。はぁ…」
ため息をついて執務室の扉を開けた俺たちに、圧倒的な物量をもって襲いかかってきたものがあった。
「な……こいつぁ…」
「あら……これは…」
視界を埋め尽くす色の暴力。机に長椅子に所狭しと乗せられているのは全て服と装飾品だ。全て合わせていくら位するのか、もう想像もつかない。
「あっ!リトスもヤルザさんもおかえりなさい!」
「ヤルザ様!おかえりなさいませ!」
弾んだ声に振り向くとそこに立っていたのはルメール、そしてあの時俺達をむさ苦しいと呼ばわった女がいた。2人とも両手にこれまた大量の服を抱えている。
「おう、ただいまルメール。楽しんでたようで何よりだよ。」
「楽しんだというか楽しまれたというか…まぁ悪いようにはされてないから…?」
「なぜ目を逸らしたかは聞かないでおく事にしよう。お疲れさん。」
楽しそうにはしているが、表情に疲れが滲んでいるルメール。間違いなくずっと着せ替え人形にされていたのだろう。この大量の服がその証拠だ。
「ヤルザ様!この子うちに下さい!何着ても最高に可愛いんですよこの子!」
鼻息を荒げてヤルザに詰め寄る女。あのヤルザが押されている。珍しい。
「ダメよショーラ。あの子にはまだ頼みたい仕事があるの。それが終わったら改めて彼女自身に頼みなさい。」
「えぇー…分かりました…終わったら教えて下さいね?」
「当然よ。あの子を着飾らせたいのは私も一緒だもの。」
2人で顔を見合わせて悪い笑顔をしているのを見てげんなりするルメール。
「諦めろルメール。ショーラとかいう奴は知らんがヤルザはやると言ったら必ずやる奴だ。」
「うえぇ…どうやって逃げよう…。」
「仕事が長引くのを祈れ。幸運な事に俺の見立てではかなりかかる予定だ。」
「仕事?何か描けばいいの?」
仕事と聞いて即座にそっちに思考がいく辺り、こいつもちゃんとアイゾルニアだなと思った。
「いや?多少は描くこともあるだろうが、大筋を描くのは俺の仕事だ。お前には旗になってもらう。」
「………旗?」
「そ。旗。まぁ派手に目立ってくれよ?」
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