信奉者



「……………何これ?」

「………俺が聞きたい。」

「…………………何なのかしらね。」


 見る者が見れば、やけに綺麗だと気付くだろう船の残骸で首を傾げる男が2人。言うまでもなく俺たちだ。

 あれから悪巧みを切り上げて信奉者達の船の残骸を調べに来た俺達は、結局何も分からずに残骸の前で頭を捻っている。


「確かにやたらと綺麗ね。経年劣化に特有の傷も染みも無いし、人がいた痕跡も無いわ。」

「だろ?本当にルメールしかいなかったんだよ。記憶の無いあいつが操縦なんて出来るわけもないし…何なんだろうな?」


 幸いな事にこちらの船の火は完全に消えており、中に入るにも危険は無かった。代わりに手掛かりも無かったが。

 カンカンと音を立てながら船の中を歩き回る俺とヤルザ。廊下に面している扉を開けてみたり壁を眺めてみたりとなんとか何か情報を得ようとはするが、もちろん何も分からない。


「………何も無い。」

「無いわね。」


 やけに曲がりくねっている廊下をいくつ曲がっただろうか。ついにヤルザが吠えた。


「あああもう!やっぱりおかしいわよ!バロールではちゃんと人が乗り組んでた記録があったわ。それがこんなに綺麗なはずないじゃない!」

「確かにそれには同意する。まるで人の痕跡がねぇんだよな。ほら、ここもだよ。」


 言いながらちょうど右にあった扉を開ける。寝床も棚も何一つない、狭い四角い箱のような部屋があるだけだ。5歩も歩けば奥の壁を触れるだろう。

 頭の中に疑問をまた一つ増やしながらヤルザの方を振り向くと、彼女は少し先の曲がり角で俺を待っていた。


「そこも変わらず?」

「ああ、何も無い。こうも何も無いと段々眠くなってくるぜ。」

「眠くなる事は無いけれど、段々イライラしてきたわ。この船まるで私をからかっているみたい。」


 小走りで彼女の元へと駆け戻った。ここの廊下は曲がりくねっているくせにやけに長い。


「この先はどうなってるかな…と。あぁ?左側に一つあるだけかよ。」


 左手側の扉に走り寄り、わずかな期待を込めて蹴り開ける。

 何も無い。さっきと同じ狭い部屋があるだけだ。


「……ん?」

「どうしたのよリトス?腹でも痛いの?」


 ふと、違和感を覚えた。

 廊下の長さ、曲がった向き、部屋の間取り、部屋の。


「数…。」

「数?それがどうかしたの?」


 廊下を駆け戻る。曲がり角を曲がり、さっき開けた部屋の中に入った。

 端から端まで大股で5歩ほどの部屋だ。


「5歩…。」


 もう一度廊下に出た。今来た道をまた戻る。

 大股で20歩。

 

「そうか…この違和感はそういう事か!」

「ちょっとリトス?いきなりどうしたのよ?」


 答えている暇は無い。

 曲がり角とさっきの部屋の間、何も無い壁を俺は渾身の力を込めて蹴りつけた。

 虚ろな音が船の中に響く。その音に耳を澄ませ、俺は違和感に確信を得た。


「ヤルザ。この船の秘密がようやく分かったみたいだぜ?」

「秘密…?壁蹴っただけで何が分かるっていうのよ?」

「蹴った事は重要じゃねぇ。その時の音だ。ファスの街の坑道でだっていつもやってる事のはずだぜ?」



 ファスに限らず、坑道を掘る時は必ずやる事。それは空洞が空いていないかの確認だ。

 壁を叩いて反響してくる音を聴き分け、空洞があるか無いか、あるとするならどこにどれくらいの大きさのものが空いているかを確認する。

 空洞を放置して掘り進めてしまうと、崩落の危険があるだけでは無い。そこには目に見えない毒の空気が詰まっている可能性もあるのだ。

 どこの街だったか、昔そんな事故が起きたのを聞いたことがある。両手の指の数ではきかないほどの死者が出たらしい。


「空洞があるって事?まさか…」

「ああ、そのまさかだ。」

「欠陥工事ね!」

「ふざけてんのか?」

「ふざけないとやってられないわよ。」

「それにしちゃ捻りが無さ過ぎだろ。」

「これくらいならいいでしょ?」

「頭の中まで空洞か?」

「叩きのめすわよ?」

「まあ落ち着け。」


 ヤルザはため息をついて首を振った。イライラしているのかも頭の中が空洞なのかも分からないが、疲れているのだけは確かなようだ。


「隠し部屋の存在がこれでほぼ確定となったところで、少し休まねぇか。流石に俺も疲れてきたよ。」

「奇遇ね、私もよ。もうこの船の火は消えているみたいだしそこらで少し寝ましょうか。」


 ヤルザはそう言って廊下の端に寝転がり、すぐに寝息をたて始めた。早すぎないか。


「…俺も寝るか。取り敢えずこいつの近くは嫌だから…さっきの部屋の中で寝よう。」




―――――――――――――――――――――――


………………


「んー!やっぱりあたしの見立ては完璧ね!あなたすっごい可愛いじゃない!」

「おお…こんな服…初めて着たな…」

「えーもったいない!こんなに素材が良いのにお洒落しなきゃ損よ!えっと…名前、何だっけ?」

「あ、ルメール…ヒュパス。ルメール・ヒュパスだよ。」

「ルメールちゃんね!ヒュパス…不思議な響きね。なんかどこかで聞いた事ある気がするけど…」

「そうなの?」

「うん。ヒュパス…ヒュ…ヒュプ…んーまぁいいや。ほら、次はこれ着てみよ!」

「まだやるの…」


―――――――――――――――――――――――




 夢の中で、ふと思い出した。その衝撃で目が覚めたようだ。


「……あ…しまったな…あの名字…」

「名字がどうかしたの?」

「いや…まぁ気にしなくてもいいか。昔ならともかく今からもう問題無いさ……って、え?」


 気が付いたら化け物、いやヤルザの顔がすぐ後ろにあった。離れて寝ていたはずなのになんだこいつは。俺にそんな趣味は無い。


「なんだよヤルザ。尻を狙うなら他をあたってくれ。」

「誰があんたの尻なんて狙うのよこっちから願い下げだわ。気になってたのはそっちよ。」


 尻を狙うこと自体は否定しなかったヤルザに薄ら寒さを覚える。初めて冗談をした時にそう言われて以来彼女と呼んではいるが、ヤルザはれっきとした男なのだ。

 ついているのだ。つまり、願い下げでなくなったら狙われるという事だ。お断りだ。


「そっちって…あ?何だこれ。」


 彼女が顎で指し示した方を見た俺は、そう間抜けな声をあげてしまった。

 眠りに落ちる前は確かに何も無かったはずの壁の一部に四角い穴が空いているのだ。


「あなたがやったの?」

「俺が?いや、お前じゃないのか?俺は今起きたところだぜ?」

「じゃあ寝てる間に蹴りでもしたのかしらねぇ…。あなた先にちょっと中見てみなさいよ。」

「嫌だぜ怖い。お前が先に行けよ。」

「嫌よ私だって怖いもの。ほら行きなさいな。」


 こんな面をしておいて怖いも何も無いと思うのだが。

 だが、こうなったヤルザはどうやっても譲らないことを俺は知っている。

 仕方無く身を起こした俺は恐る恐る穴の中を覗き込んだ。


「さて…爪が出るか牙が出るか…っと?何だこれ。」

「何かあった?」


 四角い紙の束。それほど多くはない。せいぜい5枚程度だ。

 1番上の紙には模様が描いてあった。

 簡略化された龍の全身から伸びた線が、その下の皿の様なものに伸びている。中々見ない図柄だ。


「これ…確か信奉者の紋章だっけ?」

「そうね。使われなくなって久しいはずだけど貴方知ってたとは驚きだわ。」

「伊達に商売人やっちゃいねぇよ。この程度常識だ。」


 そう言って紙をめくると、2枚目の端から端までびっしりと書かれた文字たちが目に入った。

 左側に二節か三節の単語が書かれ、その全てに二重線が引かれて消されている。


「これ…名前か?この二重線は何なんだ?」

「ちょっと見せなさい。」


 唐突にヤルザが紙を引ったくり、書かれた名前を舐め回すように追い始めた。


「おい…いくらお前でも見てるだけで何か分かるってわけでもねぇだろ。」

「ちょっと黙りなさい。………この男………それにこの名前……」


 時折り眉をひそめながら全ての紙に目を通したヤルザは、冷静な表情で俺に言った。


「意味、分かったけど聞きたいかしら?」

「勿体ぶるんじゃねぇよ。さっさと教えてくれ。」

「この二重線の意味はね、恐らくだけど…名前の人間が死んだって事よ。それを踏まえた上でこれを見てちょうだい。」

「あ?何をだよ。」


 ヤルザが指し示したそこにあったのは、





 ルメール・アイゾルニアの名前とその上に大きく描かれた赤い丸の印だった。

 

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