二人楽しく悪巧み




「俺さ、ルメールに言ったんだよ。いや、あんたにも言ったことあったかな?俺の夢。」

「あなたの夢?自分の船を持つ事だって言ってなかったかしら?」

「違うな。それで終わりじゃねぇ。仮にも商売人がその程度の夢で終わるはずがないだろう?」


 鼻で笑ってこっちを見るヤルザ。

 あの血溜まりを離れ、信奉者達の船の残骸に向かっていた時のことだ。

 逆に笑い飛ばして俺は言った。


「俺の夢はな、この世界に名を残す事だ。肩書きなんか関係無く俺が俺としてはここに居たって誰もがいつでも思い出すようにな。」

「商売人っぽくない夢ねぇ。それすら半端なくせによく言うじゃない?」

「言うなよ。商売やってるのもそのためだ。自分の船作るには金とコネがいる。それを手っ取り早く集めるにはこれが一番良い。」

「仮にもファスの街の長に対してよくもそんな事言えるわねぇ。もう取引やめようかしら?」

「俺がいなかったら誰があの街に塩を届けるんだ?」

「その塩を今回丸ごと駄目にしたのはどこの誰かしらねぇ?」

「知らねぇなぁ?」


 苦笑する彼女の瞳はもういつもの輝きを取り戻していた。

 元の調子に戻してあわよくば恩に着せてやろうという俺の意図が通じたのかは分からないが、これでもう十分だろう。


「いきなり何よ?慰めでもしたつもり?」

「そんな事あるわけないだろ。俺もお前もこの程度で終われないってだけだ。忙しくなるぜ?」

「あんな事言っておいて今更忙しいも何もないでしょう?まずは何するの?」


 もう彼女は俺の計画に乗り気だそうだ。

 それを確認し、にやりと笑って口を開く。


「鳴り物入りで飛び立ったゼドルがあんな終わり方したんじゃ黙ってられない奴等は大勢いる。ステル鉱が値上がりしてるのもそのせいだ。」

「確かにそうね。でもそれに乗っかって儲けるって言いたいのなら、同じ思考の有象無象を相手にすることになるわよ。」

「はっ!そんなゴミ共相手にして何が楽しいんだよ。俺が相手にするのはもっとデカい人間だ。」

「ごめんなさい、話がまるで見えてこないわ……。あなた何しでかす気?」

「まずはファスの街の長であるお前。そんで…リュグノーの頭のおっさんもだな。後は…例の新しい船ってどこで造ってるんだ?」

「ネーメーって聞いてるわ。あそこの造船所なら大体のことは出来るものね。それがどうしたのよ?」

「じゃあ気が熟したらそこの長もだ。仲間に引き入れる。」

「私の何するつもりかっていう質問に答えてくれるかしら…?」


 俺はくるりとヤルザに向き直る。普通に言ってもいいのだがそれではつまらない。

 大きな夢を他人に語る時には口に出しても違和感が無いくらいの地位を得るか、笑われないくらいに格好つけるのがいいのだ。


「まずはアイゾルニアの地位をどん底まで落とす。ゼドルは十分にその布石になってくれるからな。」

「ほう……。あの家を落としてそれだけって訳にはいかないわよね。他の誰かを担ぎ上げるつもり?」


 流石はヤルザ。俺の思惑をもう読んできた。

 やはり喋るのは賢い人間に限る。有意義な話が出来るからな。


「当たり。俺たちの手にはもうその駒がいるだろ?」

「あぁ!そのためのルメールちゃんね。若きアイゾルニアの肩書きは確かに十分通じる。なら、あの台車の設計図も売り込みに使えるわ。」

「お?あの台車、ただ売るつもりだったが何か使えるのか。その発想は無かったが…」

「人間の行く末を憂いたアイゾルニアの天才が末端から世界を変えるため、手始めに描き上げたってどうかしら?」

「それ良いな、採用。しかも坑道で働く奴らの不満がそのままルメールの支持になるな!」

「そうね。あの子達の待遇改善はもともと長達の間でもでも要望が出ていたのよ。」


 はかどる悪巧みに呼応するように足取りは遅くなっていく。いつの間にか俺達は倒木に座り込んで顔を突き合わせていた。

 仕方ないと言えば仕方ない。それだけ夢中になっていたのだ。

 そしてその熱は、ヤルザの一声によって急に冷めることとなった。


「あら?そういえばリトス、アイゾルニアの地位をどん底に落とすと言ったけどどうするつもり?」

「あ。」


 ヤルザの視線が急に冷える。

 実のところ、策が無いわけではない。しかしそれはヤルザにかなり負担を強いることになるのだ。場合によってはファスの街の長という地位を失う可能性もある。

 それを話していいものだろうか。他の策を考えるべきではないだろうか。

 その躊躇いを彼女はすぐに悟った。


「あなたの事だもの。何の策も無しにそんな事言うわけがないのは分かってるわ。」

「それなんだがなぁ…下手すると何もかもおじゃんになるんだ。他の策を考えるべきか迷ってる。」

「おじゃんになるって具体的にはどうなるのよ?それを聞いてから考えるわ。」

「あー…ファスの街の長でいられなくなるかもしれん。というか、バレたらまず間違い無くそうなる。」

「あら、その程度の事?どうでも良いわ、それくらい。」


 なんと。彼女は笑いながらそう言った。惚れるかと思ったじゃないか。どうしてくれる。


「法に触れる気でしょ?私自身あの地位を得るまでには色々やって来たから今更どうって事ないわ。」

「っははは…そう言ってくれるとありがたい。なに、殺しなんかはしないから安心してくれ。」

「あら?それも構わないわよ?揉み消しくらいなら軽く10人は出来るわ。」

「おう……それに頼らないことを祈っとく。それよりもう歩こうぜ?どこで聞かれてるか分からないし、後の悪巧みはお前の部屋でな。」


 口角を上げて話を断ち切り、俺達はまた歩き始めた。

 思えばあそこで初めて俺の計画はちゃんと形になったのだろう。ヤルザには感謝しなくては。

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