「リトス、準備は出来た?」

「それはお前自身に一番言うべきなんじゃないか?」


 俺はヤルザの言葉に呆れながら答える。

 なにせこいつは、森に入るというのにこの派手な服を着替えようともしないのだ。


「そんな派手な服着て行って汚しでもしたらどうするんだよ。俺の見立てじゃその生地、かなり高いと思うんだが?破れたりなんかしたら修繕は馬鹿にならん金がかかるだろうに。」

「汚さない様に動けば良いのよ。それに、この生地は木の枝程度で破れるようなやわな作りはしてないわ。」


 その汚さないような動きって何なんだとは思ったが、これ以上つっこんではいけない気がしたので黙っておく。どれだけ長い話になるかわかったもんじゃない。

 俺は早く積荷を回収して売り捌きたいだけなのだ。早く金を稼いで、船を造るための材料を手に入れなければならない。ルメールが俺の庇護下にある内に全てを片付ければならないのである。


「俺の準備は出来てる。いつでも出発できるぜヤルザ。」

「分かったわ。ならもう少しだけ待って?」


 ヤルザはそう言って、さらさらと紙に何か書き始める。


「何書いてるんだ?早く行かないと部下達待ってるんだろ?」

「連絡事項を書きとめてるのよ。ルメールちゃんの用事が終わったらここで待たせておかないと入れ違いになるでしょ?他にもいくつか片付けた仕事があるからそれの伝達も。組織の上に立つ者として、細やかな連絡は当然の事よ?あなたも覚えておいて損は無いわ。」


 忘れかけていたが、こんなナリをしていてもこいつは自分の才覚一つでこのファスの街を統括しているのだ。

 何処かで彼、いや、彼女を自分と同列に思っていた事を恥じた。

 まだ、この人には敵いそうもないな。


「…これで全部ね…。終わったわ。待たせてごめんなさいね、向かいましょうか。」

「おう。なんというか…すまんな。」

「何よいきなり?」

「いや、気にしないでくれ。行こう。」



――――――――――――――――――――――



 あの時、無理を言ってでもルメールと一緒に居ればよかったと後悔している。結果的には良かったものの、頭の狂った連中の動きすら読みきれなかった俺自身を、後悔しているのだ。



――――――――――――――――――――――



 ファスの街の外に出る。明るい日差しが目を刺し、涙で一瞬視界が曇った。


「開放的なものね。何処かの誰かが扉を吹っ飛ばしたお陰で本当に開放的だわ〜!」

「まだ言うか…。弁償はするんだからもう勘弁してくれ!」

「うふふふふ。新しい扉が設置されるまではことあるごとに言ってやるわ覚悟しときなさい?」


 なんとも性格の悪いやつだ。口には出さないが。


「何か失礼な事を考えている気がするけど気にしないでおくわ。さ、行くわよリトス。」


 心を読んでいるのかどうか。ヤルザはそう言って歩いて行く。俺はもう何も言わずについて行く事にした。口を開けば何を悟られるか分かったもんじゃない。

 ここに来る時、ルメールと一緒にかっ飛ばした道を逆走する様な道を取り、俺たちは森に入った。

 途端に周りを取り巻く光は緑色に染まり、微かに冷たい風が身体を吹き抜けていく。


「んー…やっぱり森は良いわね。頭の上に忌々しい龍さえいなければずっとここに居たいわ。」


 服に風を孕ませてクルリと回ったヤルザが言う。


「同意するよ。俺があいつらを狩り尽くすまで待ってればその願いも叶えてやるさ。」


 笑いながらも本気で言ってやったら、彼女はニヤリと笑って手を振った。

 どうやら本気だと思っていないらしい。

 まあ仕方ない。結果も出していないのに信じろという方が無理な話だ。

 

「ま、今に見てろ。にしてもだ…ヤルザこの道どうにかならなかったのか?歩きづらいったらありゃしねぇぜ。」

「そう?これくらいならステルの坑道の方がまだマシなくらいよ。それにあなた、一度通ってるでしょ?」

「自分の足使って通ったんじゃないんだよ。ルメールのやつが面白い台車を作ってくれてな、それに荷物ごと一緒に乗ってかっ飛ばしてきたのさ。」


 中々爽快だった道中を思い出しながら言う。結局あれは粉微塵になってしまったが、商品化出来れば小遣いくらいにはなるかもしれない。

 龍の素材を使う上に、一度走り出したら勝手に止まるのを待つしかないなどどう考えても欠陥品でしかないが。


「台車って?あぁ、街の扉を吹っ飛ばしてくれたあれね?あの子が作ったのね。道理であんなに分厚いステルの扉も吹っ飛ぶわけだわ。」

「ま、子供とはいえあれでもアイゾルニアの一員だからなー。」

「まぁそれもそうねぇ。あれ上手いこと商品化出来ないかしら…。」


 どうやらヤルザも俺と同じことを考えていたらしい。

 だが見出したのは俺の方が先だ、譲らないぞと言おうとしたら「扉の修繕の足しになるわ」と言いやがったので黙っておく事にした。

 きっと修理が終わっても言われ続けるのだろう。


「…ヤルザ?まだ着かねぇのか?」


 聞こえなかったようで返答は無い。

 もうどれくらい歩いただろうか。辺りはもう完全に木に覆われ、方向はまるで掴めない。そんな中でも軽やかに、まるで踊っているかのように前を進んでいくヤルザ、そのさらに前を先導する恐らく彼女の部下2人。


「……頭がどうにかなりそうだ。」


 ヤルザという色の塊が視界を占領し、足元の注意がおろそかになる。木の根に躓いて慌てて下を見る。下を見ていると前を見失う。慌てて前を見る。その繰り返しだ。



「なあヤルザ、龍の素材の相場って今どうなってる?」

「そんなに変わってないわよ?いきなりどうしたの?」

「いや、聞いただけだよ。そうか…他に何か変に相場が動いてる物あるか?」


 俺の問いかけにヤルザは答えず、かぶりを振ってため息をついた。


「………はぁ。」

「なんだよ。そんな反応されるといくら俺でも傷付くぜ?」

「商談の時にも思ったけど、あなたそんなんじゃルメールちゃんも落とせないわよ?」

「今あいつのことは関係ないだろ!いきなり何なんだ!」

「話振るのが下手なのよ。あなたが本当に聞きたいことなんか分かりきってるわ。信奉者の船の詳しい情報でしょ?」


 声に詰まる。


「どうせ龍の話題から繋げていくつもりだったんでしょう?それくらい分かってるわ。」

「あらら、そこまで読まれてたか…。ま、図星だ。」

「ふん。あなたみたいな若造の考えること程度読めずして街の頭なんてやってられないわよ。」


 下手と言われた事はいずれ見返してやるとして、取り敢えず話を聞く事にした。

 どう足掻いても、まだヤルザの上手は取れない。


 彼女が一声掛けると、部下の2人は掻き消えるように居なくなった。

 人払いが終わり、静まり返った森の中でヤルザは話し始める。


「あの船、バロールから飛んで来てるらしいわ。」

「ほう?こりゃまた随分遠い所から来てたんだな。」


 バロールはファスの街からかなり離れた街だ。

 ここ、ファスから一つ南の街にネーメーがある。そこから山を越えてジワの港を経由してようやく辿り着ける。

 しかも、街に入るにはもっと面倒な条件を満たす必要があるのだ。

 

「遠い。そうよね。あまりにも遠すぎるわ。」

「そうだな?遠いからどうかしたか?」



「そこまでの距離があるってのにね。あの船、一度もどの街にも補給に降りていないのよ。船の乗組員達、一体どうやって生きてたんでしょうね?」

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