情報交換


「彼女の名はルメール・アイゾルニア。あのアイゾルニアの一員だ。」


 絶句したヤルザを置いて俺は言葉を続ける。


「最初は船の持ち主に恩売るつもりで行ったんだよ。乗っていた積荷の状況とか、残されていた船員の生死を確認するだけでも感謝されるからな。」

「…ええ、そうね。」

「でもその船は商船の形をとっていながら、何も積んでいなかった。まるで港で出来たばかりの船がそのまま飛んでる様な感じだったよ。」

「…ふむ…。」

「で、ルメールはその船に…閉じ込められていたと言って良いだろうな。無理矢理取ってつけた壁の中の、狭い隙間みたいな部屋に閉じ込められてたんだ。」

「閉じ込められていた?船の主人も中々思い切ったことするわね。アイゾルニアを敵に回しかねないというのに…。」

「そう。そこも不可解。で、話を戻すと、その部屋をたまたま俺が見つけて助けて連れてきたというわけだ。」


 これで一応全ては伝えた。後はヤルザがどう出るか…。


「一つ、聞いても良いかしら?」

「何だ?」

「リトスじゃないわ。ルメール?あなたに聞いているの。」

「………何?」


 まさか話を振られるとは思ってもみなかったらしい。虚をつかれた顔をしている。


「あなた、年はいくつ?」

「…………17…かも?」

「かもって…まぁいいわ、17ね。25ではないのは間違い無いのね?」

「うん。何で?」

「こっちの話よ。気にしないで。そうだ、あなたの服を選ばないとね。」

「え、お前が選ぶのか…?」

「心配しなくても私じゃないわ。まだあなたとの話が終わってないでしょ?」


 ヤルザは席を立ち、執務室の扉を開けると衛士に誰か女性を呼ぶように言った。誰かが来る前に俺はルメールに耳打ちする。


「おいルメール、俺たち以外の前ではアイゾルニアを名乗るな。」


「え?何で?」


「目立ち過ぎるんだよ。アイゾルニアの姓はそれだけで金になっちまうからな。攫われたりしたら俺が困る。だから…そうだな。ヒュパス。名前を聞かれたらルメール・ヒュパスって名乗れ。良いな?」


 釈然としない様子だったが、もう一度念を押すとルメールは頷いた。程なくしてやって来た数人がルメールを連れて行く。

 執務室の扉が閉まった途端に

「何この子可愛過ぎるじゃないあんなむさ苦しい男達には勿体無いわー!」

 などと聞こえた気がしたがきっと気のせいだ。そうに違いない。俺達はむさ苦しくなんかないのだ。多分。



「過保護ねぇ。娘にでもしたつもり?」


 ルメールが出て行った後、ヤルザはため息とともに俺に言った。


「これくらいで丁度いいんだよ。俺の夢を叶えるのにあいつはまだまだ必要だからな。」


 俺の名を世界に残すにはまず世界を回らなくてはいけない。その旅路に耐え得る船はそこらの職人では造れはしないだろう。アイゾルニアの船でなければ駄目なのだ。


「ふぅん…気付いてないなら良いのよ。その方が身のためだし。」

「何の事だ?」

「気にしないで。それで、こちらの情報だったわね…」


 ヤルザの目つきが変わる。さっきまでは底知れないながらも柔らかい眼差しだったのが、商人がよくやる細く鋭い目つきに変わる。


「ゼドルの近くを飛んでいた船は無いって言ったでしょ?あれ、実は嘘なのよね。」

「いきなり来たな…。どういう事だ?」

「実は、一隻だけ情報が入ってはいたのよ。不確かだったから言わなかったの。でもさっきの話で確証が持てたわ。」


 ヤルザは一瞬溜めた。



「龍信奉者の船が飛んでいるっていう情報がね、入っていたのよ。ルメールちゃんが乗ってた船は恐らくそれの事だわ。」

「………何だと?」


 龍信奉者。はっきり言い切れる。頭の狂った集団だ。

 この世界は、人が力をつけたとはいえまだまだ龍が圧倒的強者であり、強者に服従するというのは生物として当然の事だ、というのが奴らの言い分である。つまり、


「自分の牙を自分から引き抜いたド低脳な畜生共か。何でこんなところに?」

「分からないわ。あいつらの思考は予想するだけ無駄よ。」

「ま、そうだわな。……待てよ?となると、ルメールは龍信奉者の船に乗ってたってことか?」


 それこそ考えづらい。アイゾルニアと言えば船の設計。つまり竜にとっての天敵とも言えるのだ。


「だから変なのよ。あるはずの無い船、いるはずの無い人。わけの分からない事だらけよ。全く厄介事持ち込んでくれたわねぇ…」


 髪の無い頭を抱えるヤルザ。中々面白い絵面だ。口には出さないが。


「色々込み入った事情がありそうだな…。商売の好機だと思ったんだが……。」

「止めておきなさいな。あいつらと関わったらロクな結果にはならないわよ。下手したらそのまま龍の餌なんて事にもなりかねないんだから。」

「まぁ、その時はその時だ。仲間に引き入れる以上ルメールのゴタゴタは無くしておきたい。

 いざ俺の船ができたら、実はルメールには大きな借りがあったので全部そのカタに持っていかれましたなんて事になっちゃたまらねぇからな。」

「命知らずって言う点ではあなたも大概ね。そんなんで自分の船なんか造っても…あら?」


 執務室の扉が鳴る。さっきルメールを連れて行った時の音ではない。もっと切羽詰まった様な音だ。


「ちょっと失礼するわね。………何があったの?」


 部下だろうか。これといって特徴の無い男の報告はこちらからは聞こえなかったが、ヤルザの顔色が変わるのだけは見えた。


「……分かったわ。すぐに向かう。」

「何かあったのか?」


 戻ってきた彼女に聞くと、彼女は厳しい顔をして答えた。



「船が見つかったわ。リトス、ちょっと待っていてくれる?」

「ほう。どっちだ?」

「両方よ。」


 両方、つまりゼドルと謎の船の両方が見つかったという事だろう。


「分かった。ゼドルには用事を残してるから、俺も一緒に行くよ。」


 ゼドルには俺の荷がまだ残っている。

 ここに持ってきた分が駄目になった以上、回収せねば採算が取れない。一度船に乗って何も稼がずに終わるなど商売人の名折れだ。


「いえ、謎の船の方はともかくゼドルはやめておいた方がいいわ。あなたはここで待っていて。」

「何でだ?積荷の回収くらいはいいだろうよ。」

「何でも良いでしょ。とにかく駄目よ。積荷ならこっちでまとめて回収しておくから。」


 説明も無く一方的に言い放つヤルザ。何か隠したいことがあるのだろうが、彼女にしては珍しい物言いだ。

 長い事付き合いがある俺でなくても何かあると分かる。


「…なぁヤルザ?俺はさ、商売人として自分の商品を自らの手で送り届ける義務があるんだよ。それはお前も分かるだろ?」

「それは分かっているわ。私が心配してるのはあなたの事じゃない。ルメールちゃんの事よ。」

「?どういう事だ?」


 船が落ちた事とルメールには、何の関係もないだろう。なにせ記憶が無いのだから、関係など作れるはずも無い。


「はあ……まだ分からない?ゼドルの側に龍の足跡があったそうよ。それにゼドルからここまで辿り着いたのは1人だけって言ったわよね?それで…理解しなさい。」


 ゼドルから脱出出来たのは、船長以外の全員だった。それが1人を除いて帰ってこない。龍の足跡。その二つが示すことは、ただ一つ。


全員食われて死んだ。


「…そういう事か。それは確かにルメールには見せられねぇな。あの子はまだ小さ過ぎる。」

「本当はあなたにも見せたくはないのだけどね。あなたもなんだかんだでまだ19でしょ?」

「それでもそこらの地下でしか生きてこなかった奴等よりは色んなもの見てきてるさ。それに死体に関しては見慣れてるからな。」


 そう、見慣れている。人間の死体なんか、嫌というほど見てきた。


「それに関しては聞いても教えてはくれないだろうし何より興味もないから聞かないけど。」


 素っ気なさそうにヤルザが言う。


 その方がありがたい。


 あの時の事はもう、思い出したくも無いのだから。



 例え、それが俺のせいだとしても。

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