味方
「私の記憶している限り、ゼドルが落ちた近辺を飛ぶ船はここ一週間存在しないわ。」
「…嘘だろ?」
「こんな事で嘘つく意味は無いわ。あなた、何かと見間違えたんじゃない?」
「いや、俺は本当に見たんだ。船が落ちるのも――」
「それがおかしいと言っているの。飛んでもいない船が落ちたなんて何とでも言えるわ。そう言うなら、どこに落ちたのか言ってごらんなさい?すぐに人を向かわせるわ。」
「何処で落ちたかなんて正確に言えるわけ無いだろうが。あの台車やたらと速くて方向感覚無くなってたんだからよ。」
「台車に関しては後で聞くわ。あなたの発言には今何の信用もない事に無い事、気付いてる?」
どういう事だ?
船が飛ぶ航路は基本的に決まっている。定められているわけでは無いが、基本的に皆山に沿って飛ぶのだ。理由は簡単。人間の街は、ほぼ全て山のふもとに入り口が作ってある。つまり、山沿いに飛んだ方が万一落ちた時に助かる確率が上がるのだ。
だから、街の長達もいつ、どこから飛んだ船が街の近くを通るか把握し、何かあったら直ぐに人を送れる様にしているのが普通だ。
その長があんな特異な船の運航をたまたまそれだけ把握していなかったとは考えづらい。
「やっぱり、何かあるな……」
もしかしたらかなり大きな商機にもなるかもしれない。街の長にも知らせずに船を飛ばす様な胡散臭い奴等だが、あんな外板を大量に作るだけの技術力を持っているのなら十分取引するに値する。
「なに1人で納得してるのよ。私の質問に答えなさいな。あなたが外で何してたのか。」
「嫌だね。俺に利益が無い。その情報にお前は何の対価を差し出す?」
いくらファスの街の長でも、譲れはしないのだ。全ては俺の利益のため。
「今この場であんたを扉の破壊という罪で処刑しても良いのだけど?」
「嘘だな。扉の破壊は確かに重罪ではあるが、問答無用で処刑するほどじゃない。その上俺の財力は他の街の連中もある程度知っている。弁償の機会は十分にあったのに殺したとあっては、長の連中間でのお前の地位にも影響するんじゃないか?」
「…………」
勝ったな。ヤルザにしては詰めが甘い。
「そうね。あなたはそうかもね。」
と、思ってはいたが。
「ならその女の子ならどうかしら?その身なりで実はあなた並みの財力なんて…ちょっと考えづらいわねぇ?」
前言撤回。やっぱりこいつは食えない奴だ。今ここでルメールを失うわけにはいかない。アイゾルニアの人間を抱えているというのは船にとって相当な価値があるのだ。
そして気付いた。ヤルザは最初から俺のことなど見てはいない。それもそうだ。弁償に関しては俺に懸念すべき事項は無い。であるならなぜこんな問答をした?
「そうか。あんた、ルメールが何者なのかが知りたいだけか。」
「あら、ようやく気付いたわね?
そうよ。あの自分の事にしか興味が無い、場合によっては自分の利益にしか興味が無いあなたが大事に大事に連れてきた女の子よ?」
「含みのある言い方してくれるじゃねぇか。生憎だがやらねぇぞ?」
「でしょうね。その落ちたとかいう謎の船からわざわざ助け出しただけじゃなくこの街まで一緒に連れてきて?さらに服まで見繕ってあげるなんて?
ちょっとがっかりよリトス。以前の欲望剥き出しのあなたの方が好きだったわ。あの子のどこに惚れたのよ?」
「あんたに好かれてもまるで嬉しかねぇよ!あと惚れてねぇ!」
駄目だ。平行線の様に見えて狡猾に情報を引き出そうとしている。まずい。
ちらとルメールに目をやると彼女はもう起きていて、こちらをじっと見つめていた。…何だその信頼しきったような目つきは。そんなものを向けられたって俺はどうしようも、
「……いや、違う。」
思考が回り出す感覚がする。
「それでいいんだ。」
現時点の利益じゃない。
「最後に俺が笑えばいいんだ。」
この時点でヤルザに全てを明かして味方に引き入れる利益と。
「引き入れずに得られる利益は…」
どちらが多い?全ては俺の利益のため。だがしかし今だけの利益では意味が無い。
ここでヤルザを引き入れなければ、利益はここまでの情報量分だけ。代わりにルメールはここでお別れになる。
それは悪手だ。今ルメールを失うわけにはいかない。
ここでルメールと、ヤルザの2人の信頼を勝ち取れるのは。
「かなり大きいな…」
もう一度ルメールの方を見る。相変わらず信頼しきったような、それでいてただぼんやりしているだけのような視線に覚悟を決める。
ここで利益を一つ手放す覚悟を決める。どう転ぶかはわからない。やってみなければ分からない。だがやる以外の選択肢は、無い。
「ヤルザ。」
「何よ。」
「翼貨の鳴る音と俺への信用にかけて、お前だけに持っている情報の全てを話す。だからお前も持っている情報の全てを話せ。」
「それに私が乗るだけの利益はあるの?」
「聞けば分かる。」
確信を持って言う。アイゾルニアと、もう一つの鍵の力はそれだけ大きいはずだ。
「………。商人失格ね、リトス。」
「矜持で飯が食えるなら、貨幣制度なんかそこらの屑石と一緒だよ。それに俺はまだ商人と名乗れるほどの者じゃない。ただ商売やってるだけの人間だ。」
ここまで言い切らねば、ヤルザからの信用は勝ち取れない。今は間違い無く彼、いや、彼女は俺を測っているのだ。自分1人の信用のために、俺はどこまで切り捨てることができるのかを。
「………くっ…あははははははは!いい顔するじゃないリトス!いいわ、乗ってあげる。あなたの情報、全部寄越しなさい?私もそれに見合った情報を返してあげるわ。」
勝った。ここで負けたから、勝った。それでいい。それでいいんだ。常に勝ち続ける必要は無いんだ。
「さて…何から話したものかな…」
「いいわよ。最後まで付き合うわ。あなたが持ってるその変な板の事もね。」
鍵の存在は早々にばれていたのか。それはそれでいい。
「そうだな。まずは船の話からしよう。これでも触って手を温めながら聞いてくれ。」
板をヤルザに放る。落ちてきた船の外板。それ自体が熱を放つ、異質なモノを。
「へぇ…………?これ…………」
「俺が温めていたわけじゃ無いぞ。それは、それ自体が熱を放っている。」
「この厚さ…船の外板ね?」
「ご名答。俺がみた船は、外板全部がそれだったよ。あんたも知ってるだろ?ステル鉱に龍の鱗を混ぜすぎるとどうなるか。」
「……まさか。」
流石、一流の操舵士は船自体の知識にも精通しているようだ。
「そう、ステル鉱と龍の鱗が一番硬くなる上に人間が扱える、その限界の比率はまだ誰も知らないはずなんだよ。」
「何処かの街が技術を隠匿しているっていうの?いや…それこそ意味が無いわ。こんなもの、高値で売ったりなんかしたら生産組合が黙ってない…」
「まぁそう急くな。一番不可解なのはその技術じゃねぇ。船の事だ。」
「…そうね。じゃ、1から話してもらおうしゃない。その船、まず外観は?」
「船体自体はそこらの商船とたいして変わらない角張った船体だった。強いて違和感を挙げるなら、不釣り合いなほど良い動力源を積んでたことくらいかな。」
「…その程度では絞り込めないわね…。少し金があればすぐに量産できてしまう。手掛かりはこの外板だけね…。」
ヤルザは落胆した様に外板を掲げた。もちろん、それで何かが分かるわけでも無い。その程度は既に俺が試している。
そして、俺は核心に触れていく事にした。ルメールの事だ。現状、あの船の正体に迫れる手掛かりは外板の材質とルメールだけ。この情報をヤルザはどう解釈するだろうか。
「よし、それじゃ彼女の事を話そうかな。」
「…聞かせてちょうだい。」
「彼女の名はルメール。」
「それは知って――」
遮る。
「彼女の名は、ルメール・アイゾルニア。あのアイゾルニアの一員だ。」
ヤルザは今度こそ絶句した。
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