ファスの街


「………」


「…………………。」


「……………何で?」

「…リトス?ここ、どこ?」

「お、起きたか。ここはな。」

「どこ?」


「………ファスの街の、牢獄だよ。」


 枷で上半身と腕を拘束され、足を鎖で繋がれた俺は遠い目をして答えた。ルメールは足の鎖は無いものの、上半身は俺と同じ状況だ。


「何でわたし達牢獄に居るの?」

「俺が知りたいよ。」

「わたし達何かしたのかな?」

「さあねぇ。」


 どうしてこうなってしまったんだ…。少し前に遡って思い出す。



「ルメール…他に止まれる手段は?」


「…………………。」




 ふむ、これはまずいな。



 何故か冷静にそれだけ考えた瞬間、轟音。分厚いステル鉱がひしゃげる音と悲鳴とが一緒くたになって俺の周りを一瞬で駆け巡る。



――――――――――――――――――――




 一瞬意識が飛んでいたらしい。


「……痛ったぁ……」


 ゼドルの時とは比べ物にならないほど全身が痛むが、取り敢えずは周囲の状況把握だ。と、動こうとしたが体が動かない。


「ん…?」


 どうやら何かの下敷きになっているらしい。これは早急に抜け出さねばならない。


「む……っぬぅぁぁりゃぁっ!」


 全身の力を込めて上にある物体をどかそうとすると、俺のすぐ上で何かが開く音がした。そして一拍置いて


「うっわわわぷっ何だこれっ辛っ!」


 何か砂の様なものが大量に口の中に流れ込んできた。


「何だこれ……塩?」


 ファスの街の地面が口に入れると溶けるやたらと塩辛い変な砂で出来ていない限り、これは塩、しかも最高品質の塩だ。


「……おい…嘘だろ?」


 嫌な予感がして俺は全力で上の物体の拘束から逃れた。そうして目に入ってきたものは、


「…嘘だ…嘘だぁぁ!」


 ここまで苦労して持ってきた。ゼドルが落ちた時も、龍に追いかけ回された時も、あの変な荷車が完成した時も、片時も忘れずにそばに置いていた、自分の命よりも大事な塩の箱。

 そのバラバラになった成れの果てだった。


「あ………」


 くずおれる。俺の儲けが、俺の利益が、俺の不注意で消えた。不可抗力ではなく俺の不注意。その事実に絶望した。


「…おい。」


 だから、近くでルメールが倒れているのにも、誰かに話しかけられていることにもその時気付かなかった。


「………おい!早く拘束しろ!扉の破壊は重罪だぞ!」


 気付いた時には遅かった。いつの間にかファスの街の衛士達が枷を手に後ろに立っていた。


「………あ?」


 くずおれた四つん這いのまま枷を嵌められた俺の姿は、はたから見ればそれはそれは滑稽だっただろう。



今に戻る。


「……あれ?」

「どうしたの?」

「…………元はと言えば。」

「うんうん」

「お前が荷車にまともな停止の機構を仕込まなかったのが原因だよこらぁぁぁぁ!」


 我関せずといった顔でとぼけた顔に叫ぶ。どれもこれもこいつのせいだ。こいつが最初から荷車をまともに作っていればこんなことにはならなかったのだ。


「それはっ…わたしの計算では勝手に止まるはずだったから……完璧な停止機構って即興で作れるほど簡単じゃないの!」

「動力源から切断すればすぐ止まるだろ!」

「そう簡単にはいかないんだよ!

 あれに限らず龍の心臓を動力源にしてると、籠った熱がそれそのまま動力だから切断したところで熱を排出しないとすぐには止まらないの!

 だから外気で冷やされて勝手に止まる様に作ったんだけど……」

「けど、何だよ?」

「街までの距離が思ったよりも近過ぎて……」

「あー…すまん。それなら俺も悪かった…街までの距離と計算が合わなかったわけだな。」

「分かってくれたなら……いい。」


 痛み分けだ。急に饒舌になったルメールに少し気圧されたわけでは無い。断じて。


「さて、お早うお二人さん。夫婦喧嘩が済んだところで私の話も聞いてもらおうかしら?」


 急に割り込んできた声に振り返ると、そこには怪物がいた。いや、怪物に見える化け物、いや、化け物に見える人間だ。

 厚すぎて喋るだけで割れるのではないかと思うどぎつい化粧にやたらと派手な服、頭は何故か剃っているというわけの分からない格好。しかもこれで男なのだからもっとわけが分からない。


「⁈ふう…ふ⁈」

「夫婦じゃねぇ!盗み聞きなんて趣味悪いぞヤルザ?」


 名前はファス・ラ・ヤルザ。こんな奴だが、れっきとしたファスの街の長なのだ。


「あの扉をなんと吹っ飛ばした罪人が出たと聞いて来てみればあんたとはねぇ。いつ買ったのよそんなの?一応言っておくけど人間は娼館以外では買うのも売るのも犯罪よ?」


 開幕失礼な奴である。というか、基本的にこいつは失礼な奴だ。

 こんな言動のくせに船を操作させたら超一流なのだから余計始末に負えない。


「買ったんじゃねぇ。拾ったんだよ。後こいつに関しては色々と複雑な理由があるんだ。」

「へぇ?あんたが拾うってことはそれなりに理由があるのは分かるけど…複雑?どういう事?」

「ここじゃ他の耳がある。話すのは無理だ。後座り心地が悪くて尻が痛ぇ。」

「仕方ないわねぇ…衛士!出してやって。私の執務室まで連れて来なさい。」

「「了解しました!ヤルザ様!」」


 ヤルザの部屋までの道のりは、牢獄までの道のりよりは幾分か楽だった。


「で、まずはあの扉どうしてくれるのかしら?」

「…………」

「……………リトス?」

「本当に申し訳ないっ!」

「申し訳ないで済むかぁっ!!あの扉一枚にどれだけの金がかかってると思ってんのよ!お前じゃなかったら今頃身ぐるみ剥いで外に放り出してる所よこらぁ!」


 ヤルザの前で俺は拘束されたまま怒られていた。ルメールの方に目をやる。俺と同じで拘束されてはいるが彼女は寝ている。椅子の座り心地が思ったよりも良かった様だ。

 全く呑気な奴。


「ほう、私の機嫌ひとつで何時でも首飛ばされるこの状況で生意気にも女の心配とは、偉くなったものねぇリトス?」

「生意気ってそんな事いつも言ってるから相手の1人もいないんだぜ?もうちょっと思いやり持とうぜヤルザよぉ…」

「どうやら本格的に死にたいらしいなぁ…お望み通り処刑台に送ってやろうじゃないか。おい!お前ら!」


 口調に素が出ている。本気で怒っている証拠だ。こんな時に逆らうのは愚の骨頂。


「おいおい!悪かったって…。あー…手持ちの金翼貨が96枚ある。あれだけあれば問題ねぇだろ?」

「その程度じゃ却下ね。今ステル鉱が高騰してるのよ。手間賃含めて軽く160枚は頂くわ。これでもまけてる方なのだけど。」

「はあ?全くいい商売してやがる。ステル鉱の高騰だって怪しいもんだぜ?」


 軽口を叩きながらかまをかける。160枚はいくら何でも多い。ぼったくろうとしているのならこれで反応があるはずだ。


「残念ながら本当よ。ゼドルが落ちたせいでこの辺りの生産組合が血眼になって買い漁ってるの。ファスの周りじゃこんなもんよ。次の船が出来るのはしばらく先になりそうね。」

「あれ?ゼドルが落ちた報告、もう入ってたのか?」


 俺たちよりも早くここに辿り着いた奴がいたとは。


「ええ。ローガスとか言ったかしらねぇ。昨日血塗れで運び込まれたのよ。あなたも乗ってたのは知っていたから、一緒じゃなかった時点で死んだと思ってたのよ?

 と思ってたら翌日には風変わりな乗り物で?扉を吹っ飛ばして堂々ご帰還なんてねぇ??」

「だから悪かったって!もういい!分かったから160枚持ってけ!今回は俺の負けだ!96枚とここに預けてる分で足りるだろ。

 あ、あと引き出しついでにルメールの服だな。いくつか見繕ってくれ。あの変な船の中身全部燃えちまったんだよ。」


 確認したわけではないが、あれではルメールの服は残ってはいないだろう。間違ってはいないはずだ。


「変な船?あの子もゼドルに乗ってたんじゃないの?」

「あ?違ぇよ。俺が地上を彷徨ってた時に変な商船が落ちて来てな。その中に居たんだよ。」

「商船……?」


 何だ?何かがおかしい。


「それはあり得ないわよ。私は職業柄この辺を飛ぶ船は全部把握しているの。」

「それは知ってる。あの船、一体何なんだ?知ってるんだろ?」



「私の記憶している限り、ゼドルが落ちた近辺を飛ぶ船はここ一週間存在しないわ。」

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