仲良くなるには


 

 船に戻る道中もルメールはひたすら何かをぶつぶつと呟いていた。

 かろうじて聞こえてきたその断片もさっぱり理解のできない文言ばかりで、俺は早々に理解しようとするのを諦めた。


「おーいルメール?考えてくれるのはありがたいがもう少し足元も見てくれねぇか?」

「………ん、分かった…駆動系は…いやそれだと………」


 声をかけてもこの通り、生返事ばかりで何も聞いちゃいない。仕方無く彼女の手を引いて誘導しながら歩いた。

 俺より年下の女の筈なのに、老人を相手にしているような気分になった。

 

「全く…おいルメール!ゼドルが見えてきたぞ!」

「……………駄目、これじゃ重くなり過ぎる…」

「ついに返事すら無くなったよこいつ。」


 薙ぎ倒された木々を跨いで、開けた所に出た。

 改めて見てみると酷い有り様だ。

 船の残骸を中心に地面は抉れ、大地に血が流れるように赤茶けた土が覗いている。

 船自体も今では原型を想像することすら難しく、ひしゃげたステル鉱の塊がただ燃えているだけだ。


「はは…あれだけの船をこんなボコボコにしちまうんだからな。龍ってのは本当、恐ろしいもんだ…。」

「……ふーん…。」


 かつてゼドルだった残骸を前に乾いた笑いしか出ない俺とは対照的に、ルメールはさっきとはうって変わってキラキラした目をしている。

 聞けば、これを見ているだけで龍が船をどう攻撃したのか、船がどう応戦したのかも大体分かるらしい。


「この船に乗ってた人、凄い!こんなダメ船を此処まで操れるなんて…。」

「お前なぁ、ダメ船なんて言ってやるなよ。これでも待望の新型なんだぜ?」


 さらりととんでもない暴言を吐くルメール。素人目には素晴らしい船に見えていたが、彼女はそうではないらしい。

 アイゾルニア様の御目には俺たちには見えないものが見えているんだなと笑って俺は食料庫に向かう。

 記憶を頼りに食料庫の扉を探し当て、まだ燃えていないことに安堵した。

 

「干し肉に…塩。他に何か無いかな?腹持ちが良い物とかあると良いんだが…。」


 しばらく漁っていたら壁の向こう側からパチパチと音がする。どうやら此処にも火が回ってきたらしい。


「おっと、そろそろ退散するか。ルメールのやつ、ちゃんと待ってるといいけど。」


 2人分の食料を抱えて船から抜け出した俺の目に最初に入ってきたのは、燃え残った外板をせっせと運ぶルメールの姿だった。


「あ、戻ってきた。リトスそれ何?」

「それはこっちの台詞だ。まず何してるのか説明してくれるか?」

「この船の外板を荷車の材料にしようと思って。木を切ってる暇も道具も無いでしょ?あ、あれもいるかも…」

 ルメールはそれだけ言って、また船の残骸を漁りに行った。

 しかし、大分収まったとはいえまだ船は燃えている。そんな所によくもまぁ躊躇いもせずに行けるものだ。アイゾルニアの人間はみなそうなのだろうか?

 俺が持っていた物についての興味はもう失せているようだし。移り気にも程がある。


「聞いていた限りそこまでとんでもない一族とは思えねぇがな…。あいつだけなのか?」


 少なくとも俺はあんな事はごめんだ。危険を回避するどころか自分から突っ込んでいくなんて、愚か者の最たる行為だと思う。

 そう、例えば燃え盛る船の中に飛び込んで行くような。

 とはいえ、今はそんなことを考えている時では無い。

 落ちかけた思考の深みを溜息一つで追払い、俺は食事の準備を始めた。

 準備といってもやる事は変わらない。前に自分で作った、干し肉に少し手を加えた物をまた作るだけだ。


「んー?何してるの?」

「おわぁ!いつの間に後ろに!」

「何してるのか気になったから。それ干し肉?」


 今の今まで船の中にいたはずのルメールがいつの間にか俺の後ろで手元を覗き込んでいた。

 俺が答える前に、彼女は俺が持ってきた食料の中身を漁り始める。


「まだ食える状態になってないから待ってな…ってもう口に入れてんじゃねぇか!少しは辛抱出来ねぇのかお前は!」

「これでも…むぐむぐ…食べられるでしょ?」

「食べられると食べるは別なんだよ!いいから大人しくしてろ!そこの豆なら齧ってていいから!」


 既に口の端に消えていった干し肉の破片は諦め、彼女が右手に持っていた分を取り上げる。

 気落ちした様子で豆をぽりぽり齧るルメールの姿は少し面白かった。


「焼けるまではそこまで時間はかからんから、そこで待ってな。」


 恨みがましい目でこちらを見るルメールを尻目に調理を続ける。串の代わりに船から抜いてきた釘に肉を突き刺し、火に翳す。

 程なくしてパチパチと音を立てる肉からふわりと良い匂いが漂ってきた。


「リトス…まだ…?」


 なんとも情けない声で聞いてくるルメール。ふわりと沸いた悪戯心を押し殺し、串を手渡してやった。

 受け取るのももどかしそうに大口を開けてかぶりつく彼女。可愛い顔が台無しだ。まあそんな事は絶対に口には出さないが。


「んー!美味しい!」

「少しは落ち着いて食えや。火傷するぞ?」

「この美味しさの前には火傷なんて些細な事だよ。だからもう一本頂戴?」


 今渡したばかりだというのにもう催促して来る。図々しいと思うが、上手いと言われているのだから悪い気はしない。

 かけらも残さず食べ尽くされた串を左手に持ったまま右手の串に食らいつくルメール。

 その表情はなんとも言えず幸せそうだったが、それが続いたのはほんの数秒だった。


「ねえリトス。この串ってどこから持ってきたの?」

「それか?船の釘引っこ抜いた。それがどうしたか?」

「釘…釘か……ふむぅ……」


 急に表情を消したルメールは、突然左手の釘を地面に突き立てた。

 そのままガリガリと地面に一本線を引く。


「ん?ルメールどうした?」

「……………………」

「おーい?ルメール?」

「……………こう…あの板を台座にして…」


 俺の呼びかけにも答えず、独り言を呟きながらどんどん線を継ぎ足していく。

 何かを描いているのだろうか?最初は気でもふれたのかと思って見ていた。

 地面に這いつくばるようにしてひたすら線を描いていくルメール。

 しばらく後ろでそれを見物していた俺は、恐らく半分以上描き上げられたところでようやく合点がいった。


「……これ、台車か!」


 なんとも風変わりだが、おそらくルメールが今描いているのは坑道でもよく使われる台車だ。違いと言えば龍の羽が組み込まれている所か。


「そうか…お前が言ってた地上から遠ざかる性質で荷車を乗せた荷物ごと浮かせる。そういう事か?」

「………そういう事。こんなものかな。」


 言ってルメールは手を止めた。

そこには既に、坑道では誰もが求めて止まない画期的な台車の設計図ができていた。


「ほう…大したもんだ。流石、アイゾルニアの名を背負うだけはあるな。」

「こんなものそこまで言うほどじゃないよ。兄弟達に比べたらわたしなんか…」


 顔を曇らせたルメール。兄弟達に劣等感を抱いているらしい。

 劣等感は良い仕事の邪魔だ。こいつは自己評価の目を曇らせ、人を取り得る限り最悪の道に進めようとする。

 俺はそれをよく知っていた。それが解消することなどできないことも知っていた。

 だが、和らげることは出来ることも知っている。


「よし、作るぞルメール。」


「分かった。材料はあそこに――」


「あと、どれだけお前の兄弟とやらが有能かは知らないし興味も無いがな、」


「ん?何?」


「お前のこの仕事は素晴らしい物だ。俺が保証してやる。」


「でも、あの人達ならもっと。」


「坑道での仕事ってのは大体が鉱石とか屑石の運搬でな。こんな楽な台車が出来たと聞いたらあいつら歓喜の余り宴会開きかねんぞ?」


「わたしなんかよりお父様達の方が」


「ファスの街に着いたらこいつの販売に関しても話さねぇとな。この分なら少しくらい高くても注文が殺到するぜ?」


「わたし以外でももっと凄いものが出来るんじゃ…」


「ごちゃごちゃ五月蝿い!そんな事は想像の話だ。先に思いついたのはお前だろ?違うか?」


 感情論ではいけない。ルメールの生み出したこの台車、この成果だけを見る。


「例えお前の言うことが正しかったとしてもだ。お前が先に作り出した。その時点でお前の方が凄いんだよ。それ位は受け入れろ。」


「ん……。」


「異論は認めねぇぞ。ほら取り掛かろうぜ?日が暮れちまう。」


「…分かった。」


 取り敢えず、解決したということで良いだろう。



それから暫くして……



「う、お、ぁぁぁぁぁぁぁ!速えええええ!」


 そこには森の中を風変わりな乗り物で爆走する不審者、もとい俺とルメールがいた。叫んでしまったのも無理はないと思いたい。

 速さは人を狂わせるのだ。そうに違いない。


「ルメール!ちゃんと荷物押さえといてくれよ!俺はこっちで手一杯だ!」

「分かったけど!街がどっちか分かるの⁈」


 会話するのにも叫び声が必要なほどだ。


「ファスもリュグノーも山のふもとにあるんだよ!だから山に向かって進めば絶対に見つかる!」

「ならいいんだけど!」


 と言いはしたが、まったくもって賭けでしかないのは事実。見つからなければそのまま山のふもとを延々と彷徨うことになる。だから祈るしかない。見つかることを。


「そろそろ森を抜けるぞ!抜けたらもうすぐだ!」

「分かった!」


 森の木々のごちゃごちゃした目隠しの先に明らかに違う色調の光が見える。そこを目指して荷車を走らせた。

 程なくして視界が開けた。木々は後ろに消え、目の前には頂上が見えないほど高い山脈がそびえ立つ。

 そしてそのふもとには、人工的に開けられた穴と、それを塞ぐステル製の大きな扉があった。


「やった着いたぞルメール!ファスの街だ!もう止めて大丈夫だぞ!」


「え?もう?」


「おう!もっとかかると思ったが流石の腕前だな!まあそれはともかく早く止めてくれねぇか?」


 扉にどんどん近づいていく。


「あなたの足元!その出っ張り踏めば杭が地面に食い込むようになってるから!」


「出っ張り?これか!そーれっと!」


バキンッ!


「……は?」


 杭は根本からあっさりへし折れて置き去りになった。

 速度は少しも落ちていない。


「ルメール…他に止まれる手段は?」


「…………………。」




 ふむ。

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