ルメール


「あー…何持ってんだそれ?」 


 龍の羽根に龍の心臓を無理矢理くくりつけ、そこに龍の首だけが噛み付いている。何なんだこれは。


「…龍の羽根は、触れた物に地上から遠ざかっていく性質を与える。」


「…ほう。そうなのか。で、心臓に首が噛み付いてるのは何故なんだ?」


「龍の心臓は熱さないと起動しない。龍の口の中は死んでても熱いから咥えさせて起動した。」


「そうなのか…いや、そんな事ができる道具がありながらなんですぐに使わなかったんだ?」


「これ、今作ったから。」


「はぁ?」


 にべもなく彼女は言い、羽根だけを外して地面に放り投げた。

 さらりと吐いたその台詞、それは本来あり得ない事だった。

 龍を加工するその知識も技術も、本来誰もが持っているものではない。それは俺自身がよく知っている。


「その知識を持ってるって事は…。驚いた。お前みたいな女でも捌き手になれるんだな。」


 龍の素材はそれだけで人間にとっては危険な物だ。それを加工する技術と知識を持った人間は捌き手と呼ばれる。どんな港にも必ず1人はいる重要な役職だが、体力と筋力がとんでもなく必要なので大概は屈強な男がやるものだが…。


「捌き手?…って、何?」


 きょとんとしている。


「なんでとぼける必要があるんだよ。別に偏見持ってる訳じゃねぇぞ?」


「………?」


 演技ではなく、本当に知らないらしい。

 どうなっている?

 明らかに捌き手しか知らない様な知識を当たり前の様に持ち、即興で道具を作れる様な技術を持ちながら捌き手を知らない。

 薄ら寒いような気味悪さを覚えた。


「…お前、名前は?」

「わたしは…ルメール。ルメール・アイゾルニア。」

「ふぅん…ルメール……アイゾルニアァ⁈お前が⁈」



 アイゾルニア。それはとある一族にしか許されない名前だ。

 始まりの船ハーストを1人で設計したと言われる天才グゼル・アイゾルニア。

 彼は死ぬ前に自分の息子に自らの持つ船の知識を全て授け、この先の子孫たちにもそうする様に遺言した。

 長い年月をかけて溜め込まれた船づくりの知識は子孫1人1人に全て受け継がれ、

「1人いれば船を作るのに充分」

「アイゾルニアがいればそいつが死ぬまで他の設計士がいらない」

とまで言われるほどとなった。今、そのアイゾルを1人抱え込む事ができればそれだけで計り知れない価値を産む。


「でもアイゾルニア姓はその特性上、25歳になるまで表に出ることは無いはずなんだが?お前、見るからに俺よりは年下に見えるが。」

「…わたしは、描けるだけだった。でも描くには、知らないといけない。知らないといけないから……」

「から?」

「…………………あれ?」


 首を傾げて黙り込んでしまった。


「まさか、思い出せないのか?」

「……………」


 彼女、ルメールは黙って頷いた。


「んー…どうやら複雑な事情がありそうだがまぁ考えても仕方ない。」


 口ではこう言ったが、実はかなり好都合である。彼女はきっと、いや間違い無く俺の夢にとって重要な役目を果たしてくれるはずだ。

 だから、提案する。あまりにも強い力を持つ彼女だからこそ、今弱い立場にいるうちに確約させる。今を逃せばこんな良い駒をただで手に入れられる機会はない。



「なぁルメール、お前、俺と一緒に来い。2人で世界を手にしようじゃねぇか。」

「いいよ。」

「いいのかよ!」


 拍子抜けだ。どうやら本当に龍と船に関する知識以外はほとんど持っていないらしい。

 簡単に知らない人について行っちゃいけないんだぞ。悪い商売人に売られたりとかされるんだからな。


「でも、どうやって?手にするって、誰か人間と戦うの?」

「いや違う。名を残すんだ。この世界の誰もが俺の名を知っている、いつでも口の端に上がって思い出される様な、そんな名前を残すんだよ。」

「……へぇ…?」

「世界を征服する訳じゃないんだ。ただ、世界を語ろうとするのに必ず俺の名前が出てくる、そんな存在になるんだ。」

「?凄い人ってこと?」


 いまいち掴めていない様だがそれでいい。今は俺だけが理解していればいいんだ。いずれ世界が俺の名を知る時まで、理解していなくてもいい。

 

「で、あなたは?」

「ん?俺がどうした?」

「あなたの名前。教えて?」

「ああ、リトスだ。リトス・カザ。まあリトスとでも呼んでくれ。」

「分かった。リトス…リトス。うん。」


 何故か、噛み締めるように俺の名を口にしたルメールは一つ頷いた。


「覚えたか?なら少し森に入るぞ。ここじゃ何かあったら周りから丸見えだ。龍からもな。」


 ルメールを促し、鼻歌を歌いながら森に足を踏み入れようとしたその瞬間背筋が凍りつく感覚がした。唐突に奇妙な、小動物が鳴くような音。


 思い出す。ついさっきまでこの辺には龍が彷徨いていた事を。

 この近くにいるのが俺が見た1匹だけだとどうして言えるだろうか?


「おいルメール!俺の後ろで姿勢を低くしろ。何かいるかもしれねえ。」

「あ、いや……これは、」

「いいから!龍がまだ近くに潜んでるかもしれないんだよ。」


 言いながら辺りを見渡すが、視認出来る範囲にはいない。地面に手をついてみても振動は無い。

 つまり動いてもいないという事。

 ならば既に狙われているのか。


「くそっ…何処だ…?」


 見えないとしても油断はしない。それはむしろこちらにとって不利だ。

 ルメールを背後に庇って低い姿勢で目を凝らしていると、またさっきと同じ小動物が鳴くような音がした。

 すぐ真後ろで。


「っ!後ろ!」


 振り返っても何も居ない。ルメール以外は。


「…え?」

「……ごめん、わたし。」


 お腹を押さえて顔を赤くしたルメールがいた。

 何という事はない、ただ腹が鳴った音だったのだ。


「あ…すまん。」

「いや…何か食べる物、持ってない?」

「まぁ一応あるにはあるが…女の子に食わせる物じゃねぇよ。あんなもん食ったら腹壊す。」


 落ちた船から引っ張り出したものなんて食べさせるわけにはいかない。


「あるだけで嬉しいんだけど…。」


「だーめーだ。お前はアイゾルニアな上に年頃の女の子だろ。食べるもんは大事だ。」


 一方的に宣言し、俺は食料調達の算段を立てる。

 ゼドルの中の物を食べさせるわけにはいかない。それにルメールの乗っていた船には何も無い。


「まあ、船まで行くつもりだったがまずはどこか街に戻るか。なぁルメール?お前どこから船に…って覚えてないんだったか。」

「ん……」


 ルメールは顔を曇らせて下を向いてしまった。


「あー…すまん。えっと…俺がゼドルって船に乗ったのがリュグノーの街からなんだよな。それで試験飛行ってことでファスの街に向かう途中だったんだよ。」


 ゼドルが辿って行くはずだった道をルメールに説明する。こんな時に世界中の全ての街を一度に見られる様な道具があればなとふと思うが、そんな都合の良いものはない。坑道一つ丸ごとを記した図などはよくあるが、それを世界丸ごととなると規模が違いすぎるのだ。


「でも、ゼドルは落ちちまって俺は今ここにいる。」

「ファスの街までは行ってないの?」

「まぁそういう事だ。それで俺は取り敢えずそこまで行きたい。」

「うん。なら行けばいいんじゃないの?」


 どうも、こいつと話していると調子が崩される。


「それが簡単に出来ないから話してるんだよ。俺の荷物がちょっと多くてね。」

「どれくらい?わたし手伝うよ?どこ?」

「ここには無いんだよ。俺1人じゃ重くて運べなくてなぁ…。」


 俺の今の手持ち財産はゼドルの近くに放置したままだ。

 あれを回収せねば街に行く意味がない。しかしルメールの膂力では到底運べそうもない。どうしたものか。


「……あっ」


 閃いた。何も手で運ぶ必要は無い。丁度いい所に設計の天才がいるのだ。彼女に簡単に運べる道具か何かを作って貰えばいいのではないか?


「ルメール。大量の荷物を俺たちの膂力でも手軽に運べるような物、作れないかな?」

「そこまで都合のいいも……………」


 言いかけたルメールがいきなり黙りんだ。


「あ?どうした?」


 問いかけても答えない。


「おーーい。寝てるのか?」


 顔の前で手を振ろうとして近づくと、彼女はいきなり俺の方を振り向いた。


「出来る。」

「あ?」

「都合の良いもの、出来る。」


 何か熱に浮かされたような、その眼差しを俺は何処かで見た覚えがある。

 確かにこちらを見ているはずなのに、微かに焦点が合わず震えている瞳に俺は一瞬見蕩れていたのだろう。

 ルメールの言葉を聞き逃してしまった。


「…………て!」

「…あ?悪い、もう一度言ってくれるか?」

「だから、何でもいいから食べさせて。思考がまとまらない。」

「まともな物じゃなくてもいいのか?」

「食べられれば何でもいい。早く。」


 気が進まないが仕方ない。

 渋々了承し、ルメールの手を引いてゼドルに戻る事にした。

 歩き出して少し経ち、ふと振り返ると彼女の脇に抱えられた龍の首と目があった。

 自らの心臓を無理矢理咥えさせられ、間抜けに開いた顎。もう目も濁って見られたものではない。


 生きている時の龍の目はあれだけ美しかったのにな、と少し思った。

 

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