発見
煙と炎をあげながら燃える船の外板、
薙ぎ倒された木々、
焦げて何が何やら分からなくなった物体、
爆発音の発生源を探して歩いていた俺の目に飛び込んできたのは、それくらいだった。
「こりゃまた派手にやられたもんだなぁ。生きてる奴らもあんまりいないんじゃないか…。」
瓦礫の中に人の死体は無い。流石に脱出しているのだろうが、乗っていた人間のどれだけが無事に脱出できただろうか。
「まぁそんな事は俺には関係ないとして…探索の時間だ!」
まずは船長室を探さねばならない。そこにはこの船の情報の全てがある。
何処からきて、何処へ行く予定で、何を積んでいて、誰が乗っているか。船長室には全て記録されて保管してあるのだ。
船長室の中を見れば船の程度が大体分かるとまで言われている。
船だった瓦礫の間を縫って歩いていると、だんだんと違和感を感じるようになった。何と説明ができないが、なんとなく目に映る情報がおかしく感じる。
その違和感の正体を探る為に、微かに倉庫と書かれたあったろう扉を思い切り引き開けた。
「あ?」
俺は目を疑った。
「…あ?」
もう1度見る。
何も無い。そんな事はありえない。
見間違えたのだろうと目を擦ってもう1度見る。
「…何でだ?」
何も無い。空だ。何の積み荷も入っていない。
「俺の思い違い?」
そんな事はありえない。この船は確かに商船の外観だったし、この部屋は倉庫だった。
「この倉庫だけ使ってなかったのか?」
こんな良い船を買っておいて部屋をあぶれさせるなど愚か者のする事だ。これは損しか産まない行為だ。
そして俺は今まで感じていた違和感の正体に気付いた。
「そうだ、今まで見てきたこの船、どこにも積荷が無いんだ。」
通路だった場所は邪魔な置物も無く、部屋1つ1つには調度も無い。
「これじゃただの張りぼてだぜ…。どうなってんだ?」
疑問は膨らむばかり、答えはどこにも転がっていない。人は居ないし船長室も見つからない。
一通り探し回った結果。
「何も無い…完全に無駄足踏んだかな…。」
結局船長室はどこにも見つからず、積荷も乗組員もいなかった。明らかに不自然だ。
まるで、
「港で出来たばかりの船がそのまま落ちてきたみてぇだな?」
煤けてよく見えないがこの船の壁には、飛んでいれば必ず着くはずの細かい汚れも傷も無い。
「この船、何かあるな…。」
何も無い。何も無いからこそ、何かあるのだ。
「だって、何もない方がおかしいんだからな。」
もう一度船の全てを見てみる。材質、外観、間取り、兵装、全てを吟味する。
まず商船の形は?
「何も運ばないのに何故この形をとった?」
多分、中に何を隠しても分かり辛いからだ。商船という名目ならどれだけ船を、部屋を広く、歪に作ってもいい。
「そういう類のものを運ぶと言い張れば何も文句言えねぇからな」
材質は?見るだけではいけない。触れてみなければ得られない情報もある。
「…ん?」
違和感。
「これ………何だこの熱さ?燃えてるからじゃないな。」
違う。これは普通の外板ではない。普通、船の外板はステル鉱に高温で溶かした龍の鱗を混ぜて作られ、その比率は基本的に全ての船で統一されているのだが。
「なのにこれは…」
恐らく鱗の比率がかなり高い。俺は話でしか聞いた事がないが、ステル鉱に一定量以上鱗を混ぜると急に変質し、固まっても高温を保つ様になる。それは人が触れられないほどの温度だという。
「これ…限界まで鱗を混ぜてるんだ。」
様々な坑道でも商売をしてきた俺なら分かる。並の腕でこんな材質は作れない。
「この外板全部がか…有り得ねぇ…」
もはや感動すら覚えて俺は外板を調べ回る。
1周ぐるりと回って船尾の方へ辿り着いた所に、それはあった。
「ふ…ふふ…この外板1枚持って帰るだけでどれだけの利益引っ張り出せるか…ふふふ…」
そんな下衆い事を考えて歩く俺の目にふと止まったのは、何の変哲もない壁。いや、何の変哲も無いとは言えないかもしれない。
何故かその周りの船体は奇妙なまでに原型を保ったままだったし、壁自体もそこだけ急拵えで付けたような雑な接合と丁度人の腹のあたりに開いた横長の穴は、明らかに何かあると示している。
打たれた鋲と相まってなんだか顔にも見えた。
「何だこの壁…さては何か危ないものでも隠してるか?」
こういう時に積まれているものなど大抵決まっている。中にあるのは多分、高値で売るための龍の素材だろう。
この世界の物流は商会が牛耳ってはいるのだが、龍の素材だけは別だ。
こちらは生産系の組合が厳密に管理しているせいで、商会は設定された金額から操作できずにただ運ぶだけ。手間賃以外でまるで利益が出ないのだ。
場合によってはその手間賃すらも「人類の勝利のため」と値切られる。
「全く忌々しい連中だよ。だから純粋に商売としての龍の素材は扱いたくないんだよなぁ。」
思考が明後日の方へ逸れてしまった。まずはこの壁を取り払う方法を考えなければ。
取り敢えず先ずは、
「…ッどらぁっ!」
思い切り蹴飛ばしてみた。痛い。すごく痛い。
「ふむ… 」
痛む足をさすりながら元々空いていた穴を覗いてみる。何か手がかりが掴めるかもと思ったのだ。
と、壁の裏側にいた者と至近距離で目が合った。
「うわぁぁぁぁぁ人ぉっ⁈」
痛いのも忘れて全力で飛び下がった。同時に相手も驚いたらしく、鈍い音が聞こえる。人だ。こっそり積み込んだ龍の素材などではない。
もっとまずい代物だ。船の持ち主に恩を売ろうと思ったことをここで後悔した。こんなもの見つかったら俺もただでは済まない。
「あぁぁぁまずい…見つかったら捕まって取り調べの後裁判、商会はこんな事で助けちゃくれないし…まともな後ろ盾も無い俺では大した抵抗もできず人生終了だ…。仮に死刑を免れても罪を負った烙印があったらもう商売なんでできっこ無い…。あぁ逃げたい…もう嫌だ…。」
頭を抱える。
「おいあんた…聞こえてんだろ?何やってそんな所閉じ込められてんだよ…」
「…………」
返答は無い。
「この状況どうにか出来ねぇかな…上手いこと口裏合わせてもこいつも家族が探してるだろうから…」
「……………………ぃ。」
「え?なんか言ったか?」
「…わたしの家族はわたしのことなんか探してない。」
そう呟くが返ってきた。悲痛な声。昔の俺を思い出す声だった。
「…そうか。なら誰かが探してるってこともないんだな?」
「……」
答えは無かったが雰囲気で頷いたのが分かる。
「分かった。なら助けてやる…と言いたい所だがここ開けるにはどうしたもんかな…」
「…ちょっと、離れてて。」
「何かあるのか?」
「うん。危ないから、離れてて。」
何をする気だろうか。
[…キィィィィィィィィィィィィィィ!!]
「っ!龍の羽根?おい!何やる気だ!」
返答は無く、音はどんどん大きくなっていく。
「おいおいおい…どうなってんだ?あの中にいるの…何者なんだ?」
[イイイイイイイイイイイイイイイイ!]
轟音と共に壁が弾け飛んだ。倒れたのではなく弾け飛んだと言った方が正しい。文字通り、ひしゃげて吹き飛んでいったのだ。
そして出てきたのは、
「………女?」
地下で生まれ地下で育った者に特有の、全体的に色の薄い髪に真っ白の肌。そしてあの時間近でみた龍を思い出させる紅い目。今まで俺の周りにいた女を基準にすれば、そいつは文句無しに美人と言ってもよかっただろう。だが、
「あー……何持ってんだそれ?」
最初にそいつに言った言葉はそんなものだった。間抜けだが仕方ない。それだけの物をそいつは持っていたのだから。
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