決意を新たに

決意を新たに

 食料を探すために、煙を吹くゼドルに潜り込み、どこにも無いともたれかかった扉は食料庫への扉だったと。


 ふむ。


「俺はそうだな。うん。きっと馬鹿なんだ。でなければ厨房が無い上に食料庫が無い可能性なんて考えるはずがない。」


 腹が減って思考がまとまらなかったせいだと信じたい。本当にそんな船があったらこっちこそ見てみたいものだ。


「それじゃ、何があるかなーっと…」


 ここだけ奇跡的に歪んでいなかった扉を引き開ける。目に飛び込んできたのは大量の干し肉、そして、全商会共通値段での取引を示す印が入った布袋。

 今俺が持っている黒い箱にも同じものが入っている。つまりは塩だ。最低質ではあるが大量に塩がある。素晴らしい。


「これで一応は生き延びられるが…もう少し何か欲しいな。水も無いし…。」


 取り敢えず持てるだけ持って外に出る。まずは肉、多分地下でやたらと捕まえられる蜥蜴の肉だろう。それと塩、これでは腹を壊すかもしれない。何が緑が欲しいところだ。

 これもあの女が言っていた事。


「さんしょく……さん…何だっけ?あいつそんなことも言ってたがあまり思い出せないな。」


 あいつからは色々なことを教わった。昔の無知だった俺には全て真新しい物に映ったが、今からしてみたら誰もが知っていて当然のものばかりだった。しかし、幾つか不可思議な点もある。


 てこのげんり。あの事故から広まったと聞くが、あいつは何処であんな便利な仕組みを思いついたのだろう。

 さんしょく…何たら。あれを始めてから体調を崩すことが減った気がする。あいつは何処であんなものを学んだのだろう。


「やっぱり底が知れねぇなぁ…。」


 感慨と共に呟く。どう弁護しても人間性は屑だったが、あの知識と才能は本物だったのだ。


 そんな取り留めのないことを考えながら食事の用意をする。


 まずはその辺で見つけた草。見た目は他の草とあまり変わらないが、噛み潰すとピリッとした辛さと清涼感が口を通り抜ける。

 干し肉。多分坑道でよく採れる蜥蜴のもの。色が同じだ。

 塩。低品質で、売る分にはまともな値段にはならないが食べる分には丁度いい。

 酒。安物でやたらと甘い。飲めたものではない。


 「こんなものでいいかな。火はゼドルに付いてるのから頂いてくるか。」


 干し肉に酒を染み込ませ、草を潰して塗りつける。後はひたすら焼くだけだ。

 美味くなるかどうかは分からない。酷い味になることも覚悟していたのだが、


「…中々美味そうな匂い……。」


軽く焦げ目が付くまで焼き上げる。その頃にはもう、口の中から唾液が噴き出さんばかりの素晴らしい香りが漂っていた。


「ふふっ…ふふふふふっ……」


 気持ちの悪い笑みが溢れているのに自分でも気付かないほどの出来栄えだ。


「さて…食うか……」


大口開けて頬張る。


「はふふっ熱っ…熱っつ……」


これは。


「……美味ぇ……」


 素晴らしい。やたらと甘い酒が干し肉の刺激と草の辛さを中和し、の旨味の後に辛さ、甘みが寄せてくるという複雑なコクを生み出している。まぁつまり一言で言えば、


「最高…」



[………ィィィィィィィ…]


「ん?」


 食べるのに夢中で気付かなかったが、異音がする。

 自然界では決して鳴る事は無いであろう不快な甲高い音。この音を俺は何度も聞いたことがある。

 龍自身ではなく、人の手によって歪に起動した羽根は何故かこんな音を立てるようになるのだ。どうしてかは分からない。

 しかし、この音が高く鳴れば鳴るほど速く飛ぶ船になるのだとか。そしてこれだけの情報が示す事は。


「助けがようやく来てくれたか!」


 何処かの船がゼドルの煙を見つけてくれたという事だ。しかもこの音の高さ、中々良い船だ。

 ゼドルの側に戻り、船が到着するのを待つ。あれだけ良い羽根を使っているのだからおそらく戦闘船か金持ちが特製に作った商船だ。

 そういう類の船なら普通の貨物船には積まれていない巻き上げ式の金属梯子があるはず。


「あれが無いと地上から大きな荷物が積めないんだよなぁ。俺の塩を一部取り敢えずそこで売り払って……」


 その売り上げで近場の拠点まで乗せてもらう。この辺ならばただ塩を売るだけでも十分に儲けが出る。幾らになるかと頭の中で計算すると、それだけで耳の奥で金の鳴る音がしてきそうだ。


「後はこっちで何を仕入れるかだが…」


[…aaaaaaaaaaaaa!]


「……え?」


 耳を疑う。今この時に一番聞きたくない音が聞こえた気がした。


「おい嘘だろ…?まさかとは思うがあいつ戻ってきたのか?」


 ついさっき俺を食おうとしていたあの龍がもしや戻ってきたのかと。そんなことになったら俺と俺の荷物はどうなる。


「いや待て。あの船が戦闘船なら倒してくれるかもしれない。」


 まだゼドルのそばで様子を見る。


[ギィィィィィィィィィィィィィィ]


 その上を船が通り過ぎて行った。塩の箱が飛んでいるかのような四角いシルエット。商船だ。


「あ、これ駄目だな。」


 諦めよう。あの船は間違いなく落ちる。いくら上等な船といえど、たかが商船が龍に勝てるはずはない。

「あーもう…このまま売り物抱えて野垂れ死にかよ!」


苛立ち紛れに地面を蹴りつけた。その痛みで少し頭が回ったのだろうか。ふと気付いた。


「待てよ?商船なら生き残り助ければこっちにも利益があるのか?」


 同じ脱出船に乗っていた奴らを俺は見捨てた。それは俺自身に利益が無いからだ。だが商船となると話は変わってくる。

 商船に乗っている連中は商人だ。船に乗る商人は、よっぽどの大物でない限りは商会に所属している。


「落ちたところを助ければ商会にも恩が売れるな。」


 商会への恩はそっくりそのままこっちの利益に結びつく。大物なら尚更だ。ならば助けない手はあるまい。


「そうと決まれば話は早いな!恩売って塩も売って良いこと尽くめじゃないかさあ行こう!」


 まだ逃げ切れるという可能性が残っているにも関わらず、失礼にも救出の準備を始める事にした。


「さて、と。」


 準備といっても特にやることは無い。落ちた船の所で全てを見届けるだけだ。なので落ちるまでは暇である。


 だからこれからについて少し、思いを巡らす事にした。


 あの船は相当に良い船だった。いつかは自分の船を持ちたいと思っている俺だが、今のままではとても手は出せない。何故なら、


「船って一隻買うだけで高いんだよなぁ…。」


 そう、高いのだ。たった一隻でも、船のスペースではなく、船自体を買うとなるととんでもなく金がかかる。


「材料から自分で調達出来ればまだ安いんだがなぁ…」


 船は基本的に、地下にある「港」と呼ばれる場所で作られる。船が欲しい人々はそこに行き、自分の使いたい用途にあった船を選んで買うのが普通だ。

 つまり既にできた船を買う場合、港側で買った材料費、港側で選んだ職人達の給料、その他利益諸々が船の費用として持っていかれるのだ。

 しかし材料を自分で選んで手に入れ、職人達を雇って港に行けば、船ごと買うよりも安くあがるうえに細かい部分まで自分好みに仕上げられる。俺はそれを狙っている。


「その為に使える手札は増やしておかないとな…」


 商会への恩、職人への人脈、良質な鉱石を得られる坑道。必要な物をあげるとキリがない。そんな未来を考えていると気が滅入りそうだ。


「けど、ここからだ。まずはこの商会を足掛かりに出来る。」


全ては俺の為。俺が自分の船に乗って、龍を殺し尽くす力を得る為だ。


 船が落ちた爆発音と共に、俺は決意を新たにした。

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