地上
目が覚めた。どうも寝ていたのは一瞬の様で、体の節々にまだ痛みが走る。全く新型船などと抜かすなら、脱出船に据えた座席の座り心地も新型にしてくれれば良かったのに。
「…ま、今更言っても意味は無し、と…」
ぐるりと周りを見渡す。隣の男はまだ寝ている。他の人間は不安そうに外を見ている。
この船はまだゆっくり落ち続け、上の方では金属の軋む甲高い音が時折響く以外は、あのやたらと図体の大きな忌々しい蜥蜴野郎の咆哮しかしない。
「はぁ…地下の坑道に出る蜥蜴程度ならまだ可愛げもあるんだがなぁ…旨いし…」
つい愚痴を吐いてからすぐに反省した。商売人たる者常に冷静でなければならない。飄々と余裕のある様にしていなければ舐められる。
これも全て荷物がだめになったせいだ。そう思うことにして金を数えることにした。これは落ち着くのだ。
金はそれさえあればなんでも出来る「力」。それを自分だけでここまで手に入れたという結果を再確認する。
ゼドルから持ち出した袋を取り出して金翼貨を数えた。何枚あるかはもう分かっている。96枚、単純計算で後4枚あれば白金翼貨に換えられる量だ。
浮かびそうになった笑みを抑える。隣の男がようやく起きたのだ。袋の口をを閉じ、気になっていた事を聞いてみることにした。
「おい、この船はいつになったら地上に降りるんだ?」
「あー…結構風に流されてるから分からないですね。あの船から離れたのがどれくらいの高さだったのかも分からないし…。でももう近いとは思います…っゔおぉっ?!」
と、上から、ゼドルのあったはずの方向から一際大きな爆発音が轟いた。離れた船ににも衝撃が伝わってくるほどの爆発。つまり、そういうことだろう。
たった今、ゼドルは動力源であった心臓を破壊されたのだ。
「まずい…。」
「まずいって?何が不味いんだよ?船長が命懸けで俺たちを守ってくれたってのに何が不味いんだよ?」
「それが問題なんだよ。今まではゼドルが龍どもの注意を引きつけてくれていたんだ。それが無くなったらどうなると思う?次は何処に注意が向くか、流石のお前でも分かるだろ。」
男はようやく気付いた様で目を見開いた。
そういえばこいつの名前はなんと言うのだろう。まぁ知らなくても問題はない。どうせすぐに別れることになる。
「で?どうするんだ?なんか手、無いのかよ?」
「いや…。俺はゼドルの事しか学んでこなかったから…この船に何が積んであるのか分からないんだ…。」
呆れた。これでも船員か…。こんななら俺の方がよっぽど役に立つのではないかと、思っていたらちょうど救いの手が降りてきた。
「おいローガス!見張り台と滑空翼出すの手伝え!」
ゼドルにいた他の船員だろうか、この船の設備を知っているらしい男が彼に声をかけた。後どうやら、この男はローガスという名前の様だ。
「え?この船の事は分からないんですが…俺でも出来ますか?」
「少しでも人手がいるんだよ!指示は出すからそれの通りにやってくれ。」
その船員はローガスを連れて行ってしまった。これ幸いと体を伸ばし、できる限り体を休めようと試みる。これでようやく寝られる…。
「………うおっ⁈」
また揺れたと思ったらすぐに船の揺れはおさまり、滑る様な落ち方に変わった。どうやら、滑空翼とやらを開いたらしい。これならちゃんと寝られる…。
「っだあぁ⁈」
かなり大きな音がして船が傾いだ。これではおちおち寝ていられない。
「おーい。えっと…リトスさん!何とか地上に着いたぞ!龍も追ってくる気配はないみたいだ。」
「あぁ?なら俺は寝るぞ!まだ休めてねぇんだからな!」
一方的に宣言して今度こそ目を閉じる。今度こそ眠れるといいが…。
[guaaaaaaaaa!]
「うわぁぁぁぁぁッ…やめ…助けてくれぇぇぇぇぇ!」
今度は何だ。
「だっ…誰かぁ!あぁ痛い痛い助け………ガっ……」
龍か。という事は今のは間抜けが1人喰われたという事だろう。
「と、いう事は…人間の匂いが染み付いてるここも危険だな…。」
安眠はまだまだ遠い様だ…。
「よっ…と…。」
いつの間にか船は傾いて、出るのがやっとの状態になっていた。これでは塩も金も運び出せない。
「………仕方ないか……いやでも…。」
金翼貨5枚を抜き出して持っていくことにした。これだけでもしばらくの間はまともな生活ができる。
「……いや…これも持っていくか。」
ローガスに運ばせた塩の箱。それを2つとも持っていくことにした。いざというときには自分で消費すればいい。
「しかし…あいつらどっちに行ったんだ?」
船の周りには鬱蒼とした森が広がっていた。特に足跡があるというわけでもなく、目印らしきものも無い。周りにはもちろん誰もいない。
合流に関しては完全に手詰まりだろう。
となると、今すべき事は。
「ここからできる限り動かねぇ事か。」
もう一度船に戻る。中に入り込み、その場を凌ぐのに役に立ちそうなものを探す事にした。
しかしだ。
「………………。」
何も無かった。本当に何も無かった。服も、刃物も、最低限の荷物すらも無い。他の船員達は本当に何も持たずに出てきた様だ。さてどうするか…。
「取り敢えずはゼドルが落ちた場所を探さないとな。煙も上がってるだろうし、それ見て他の船が助けに来たりもするだろ。」
この状況、考えていることをいちいち声に出さなければやってられない。飄々としていかねばならないとはいえ、気が滅入ることもあるのだ。そして後は、
「………何処に落ちたんだ…?」
煙を頼りに探すにしても、この森では見通しが悪すぎて分からない。
「…登るか…。龍どもに見つからないといいけど…。」
奴ら、あんな小さい目をしているくせにやたらと目がいいのだ。しかし、登らねばゼドルの場所は分からない。分からなければ救助も望めない。
極限の二者択一。どうする?どうするのが都合がいい?どうするのが、一番俺にとって利益がある?
「……登るか。」
やらずに死ぬよりはやって死んだ方が良い。利益とは臆病な者から奪われていくものだ。
と、意気込んで登ろうとしてみたは良いものの、
「…高ぇ………。」
商売人として持てるものは何でも持っておかねばならない。当然の事だ。しかし木登りの能力はいらないと思う。こんなものは商売のタネにはならないと思うのだ。
登って
登って
滑り落ちて
登って
もう一回滑り落ちて地面に尻を打ち付けて
登って
登って
登って
登って
「………ああああ!着いたぁ!」
天に向かって拳を突き上げる。特に意味は無い。
「さて…と。俺の救いのゼドルさんは何処に落ちたのかなー?」
辺りを見渡す。
「あ。」
見つけた。そして、見つかった。
ゼドルは案外近くに落ちていた。脱出用船のすぐ北。丁度見えなかっただけの様だ。
そして。
[guruuuuuuuu…?]
さっき、小さい目と言ったのは訂正する。龍の目は金翼貨よりも、俺の顔よりも大きかった。
「綺麗な目だなぁ……。」
咄嗟に木から飛び降りる中で、図らずも俺はそんなことを思っていた。こんな造形の宝石は、もしかしたら高値で売れるかもしれない。扱ってみたいものだ。まぁ、生きていたらの話だが。
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