リトス


 


 あぁ…本当の本当に運が悪い。

 いや。運などの所為にするのは自らを甘やかす愚か者のする事だ。これは全て俺の失態だ。

 情報を集め、精査し、完璧に計画を組み上げられなかった俺自身の責任だ。

 思えば考え直すべき場面はあったのだ。


 まず1つ。「例の新造船がちょうど出るからそれに乗っていけ。」と商会の人間から言われた時。

 おかしいと思ったのだ。職業柄、この世界で商会の言葉というのはかなり信用できる。

 なぜなら一度でも嘘をつくと、そいつの信用は地に落ちるからだ。信用の無い商会と取引する阿呆は居ない。いつ裏切られるか分かったものではない。

 そしてその商会を訪ねた時、俺の他には誰も客がいなかった。まずそこで気づくべきだった。あの商会はいつもなら多くの商人で賑わっているはずだったのに。


 そして2つ。あの「ゼドル」は新型の船だった。従来の主流な形状であった丸型の船体、各所に配置された火砲の管理区、中心の操舵室という不恰好な形を一新したのだ。ゼドルの船体は水晶の結晶の様な細長い形。火砲の管制は操舵室と統合し、その操舵室は船前方の甲板のすぐ下に設置する。なんとも美しい形だ。

 しかし良い噂を聞かなかった。曰く、

「火砲が名ばかりの欠陥品である」

「船体は素材を誤魔化している」

「設計自体に無理がある」

上げればきりがない。何故乗ろうと思ったのか。


 つまり、運などでは無い。俺の怠慢だ。「新造船に乗れるだけの商売人」という拍が付くと思って見栄を張った俺が全て悪い。






 ゼドルに乗り込んで、自分にあてがわれた部屋へと向かう。まずそこから俺は普通の船員と違う。

 あいつらは大部屋に押し込められてぎゅうぎゅう詰めにされて寝ることしかできないのに、俺は1人用の部屋で悠々と寝転べる。

 あいつらは中身を無事に保つ為に必死で荷物を抱えるのに、俺は船の倉庫に荷物をしまうことが出来る。まぁ持ち込んだ分はほとんど俺の物ではなく売り物で、私物はまるで無い。

 それでも俺はあいつらとは違う。

 そんな立場に調子に乗っていた。俺の部屋は1人でいられる代わりに動力室と駆動部に近かったというのに、舵の異音に気付くことができなかった。それが始まった時にはもう、遅かったのだ。



 ふと、やけに揺れるなと思った。まぁ新型とはいえ戦闘用に設計された船だ。龍共と戦っていればそんなこともあるだろう。そんな事を考えて眠りについた。そして、その声に叩き起こされた。


「新造船ゼドルに乗る全ての人間に告ぐ。速やかに船の下部に設置された脱出用小型船にのり、この船を脱出せよ。これより、この船は君達を逃すための時間稼ぎに突入する。持てる最低限の荷物を持ち、脱出せよ。」


 起きた瞬間にその声が耳に飛び込み、頭は完全に覚醒した。最初は冗談だと思った。堂々たる新造船だぞ?こんな短時間で落ちる様なことがあっていいものか!

 しかし、扉の外はさっきとはうって変わって騒がしい。

 まさか本当なのか?だとしたらまずい。本当にまずい。俺が持ち込んだ荷物は到底1人が持っていける量ではないのだ。

 流石に飛び起きた。過ぎた事は考えない。今起こっている事象の中で常に最悪の想定をし、その中で最善の行動を取る。反射で出来なければ商売人失格だ。

 扉を蹴破って倉庫に走った。人の流れに逆らう様に必死に走る。走りながら考える。

 荷物の中で何を優先するか?どれを捨て、どれを手に持ち、どれを体にくくり付けるべきだろうか?考えながら走り、ようやく倉庫にたどり着いた。


「…は?」


 思わず声が出てしまった。どうなっているんだ?商会や商船で普段から見ていた倉庫があると思った。整然と並んだ木箱、壁に渡されたロープに括り付けられた布袋たち。それがあると思った。


「おいおい…ふざけてんのか?それともここの船員は悉く阿呆しかいないのか?仮にも上客の荷物をなんでこんなゴミみてぇな積み方してんだよ!」


 まるで投げ込んだかの様な整然のせの字もないバラバラの箱。その隙間に無理やり詰め込まれた袋。これでは中身の捜索どころか開封すらおぼつかない。


「仕方ねぇ…開けるかぁ…。」


 と取り掛かったものも束の間、こんな瓦礫の山の様な状態では例え売り物でもやる気は起きない。


「どうしたもんか………」


「……ー!返事をしてくださーい!」


 男の声がする。これは好都合。


「おい!誰かそこに居んのか?声からして男だな?こっち来て手伝え!」


 来たのはなんだか気弱そうな男だった。しかし働ければそれでいい。さてどこから開けさせようかと考えていると、


「ちょっ…あんた何やってんですか!それ、誰の荷物だと思ってるんですか⁈」


 どういう事だ?こいつはこの荷物が俺のものだという事を知らないのか。0から説明してやりたい所だったが、この船もあまり時間がなさそうな気配がする。説明するにしてもまずは運ぶだけ運ばせなければ。

 と、振り返ってみると黒い箱が目に入ってきた。塩の箱、しかも最上級の物だ。持ち出すのにこれ以上のものは無い!この男にはこれを持って行かせることにした。


「え?く…黒い箱…これの事ですか?」


「あぁそれだそれ!お前それ持てるだけ持って先に船まで戻ってろ!いくつ載せたか忘れんなよー!」


 後は現金だ。白金翼貨は以前引換証にして信頼できる商会に保管してある。今ここに持ち込んだのは金翼貨の袋だけだ。

 しかしそれがなかなか見つからない。流石は信用を失った商会が勧めるだけのことはある。人選がまるでなってない。


「あんた…いや荷物漁ってる場合じゃないんだよ!早く脱出しないといけないんだからそんな物置いて早くついて来い!」


 あ?こいつは何を言っている?もしかして最上級の塩の箱を見たことがないのか?それほどまでに下っ端の人間だったのか。

 流石にムキになって問い詰めようとしたその時、一際大きく船が爆発する。

 このままだと荷物丸ごと俺が死んでしまう。仕方ないのでその男に無理やり箱を持たせ、俺はたった今ようやく見つけた金翼貨を詰めた袋を手にし、船から脱出した。


 ひと息ついて割り当てられた席に行こうとしたら止められた。どうやら荷物が多すぎるらしい。

 反論は出来ないので渋々後ろに行ったらあの男までついてきた。まぁ箱を持たせたのは俺だ。仕方ない。

 隣で何か呟いているのを気にせず寝ようとしたらこいつは塩の箱を開けやがった。本当に何を考えているんだ。最上級の塩の箱を知らない上に、開けたら売り物にならないことも知らないなんて今まで何を見て生きてきたんだ?

 周囲に人がいるのも構わず、塩の大切さについて懇切丁寧に大声で説明してやった。料金も取らずに。

 全く感謝して欲しいものだ。ただでさえ品物がほとんど船の中で駄目になっていくのを指を咥えて見送っているというのに、目の前で金翼貨5枚分が消えたのだ。もう何も見たくない。この船が地上に落ちるまで寝ることにした。


 寝付こうとしたその時、名前を聞かれた。普段なら答えることもしないが、何故だろうか、今回は教えてやろうと思った。


「リトス。リトス・カザだ。」





この世界は広大だ。全ての視点で語るには、この世界の言葉はあまりにも情報量が少ない。よって、これからは、リトスの視点でこの世界を語っていく事にしよう。

彼もまた、龍と人間の戦いに大きな影響を与える者だから。

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