脱出
「誰か残っていませんかー!いたら返事をして下さーーい!誰かーー!」
1人残っているはずの誰かを探してローガスは船の中を探し回ったが、その声は虚しく反響するばかり。
しかし、いないなどという事はあり得ない。この船に乗っている人数の管理はローガスに一任されていた。その記憶が正しければこの船が飛び立ってから、乗っている人に死者は1人たりとも出ていない。
(これも船長の素晴らしい采配のおかげだ……船長…)
「いやいや駄目だ!自分の役目を果たさなければ船長に会わせる顔がない!泣いてる場合じゃないぞローガス…」
ともすれば船長の事を思い浮かべてしまう自分をわざと声に出して追い払い、彼は最後の1人を探すためにまた走り出した。
船室、客室、動力室まで走り回り、倉庫のあたりに差し掛かった時だ。
「誰かー!返事をして下さーー…い?なんで倉庫が開いてるんだ?」
この緊急事態で皆はほとんど何も持たずに船から脱出としている。
それなのに何故倉庫が開いているのか。困惑しながらも倉庫の中を見ようとしたローガスに突然鋭い声が飛んできた。
「おい!誰かそこに居んのか?声からして男だな?こっち来て手伝え!」
慌てて倉庫の中に駆け込んだローガスの目に映ったのは若い男が1人、倉庫中の袋をひっくり返して中の物を引っ張り出している光景だった。
「ちょっ…あんた何やってんですか!それ、誰の荷物だと思ってるんですか⁈」
「あぁ?これ全部俺の積み込んだ荷物だよ。」
「えっ?でもこの量は…」
困惑するローガス。ゼドルは戦闘用として造られたので、倉庫の大きさはそれほどでもない。
しかしそれでも半分以上の範囲を占領する程の荷物を個人が持ち込むとは考えづらかったのだ。
「ガタガタ抜かしてる暇があったら手伝えや!ほら、そこの黒い箱開けて中身こっちに寄越せ!」
「え?く…黒い箱…これの事ですか?」
「あぁそれだそれ!お前それ持てるだけ持って先に船まで戻ってろ!いくつ載せたか忘れんなよー!」
矢継ぎ早にローガスに指示を飛ばし、男はあれでもないこれでもないと呟き、いや叫びながら今度は大きな箱の中を漁っている。
その言葉はほとんど聞き取れないが、ローガスはなんとか
「船員の奴等滅茶苦茶な積み方しやがって龍より先に俺が殺してやろうか」
とだけ、聞き取ることができた。
「あんた…いや荷物漁ってる場合じゃないんだよ!早く脱出しないといけないんだからそんな物置いてついて来い!」
この緊急事態をどこ吹く風で荷物を漁るという意味の分からない行動、それに禁忌である船の中での殺人を匂わせる発言にローガスは呆然としていたが、ようやく正気に戻って脱出を促した。
しかし、男はそれが気に入らなかったのかローガスに食ってかかる。
「こんな物?てめぇこんな物って言ったなそれがどれだけの価値持ってるかも知らずに?たかが下っ端の船員がよくそんなこと言えるなぁ⁈いいか?お前が持ってるそれはな、箱一つでお前何人分にもなる価値があるんだよ!それをお前は…」
男の声を遮る様に爆発音が轟き、船は大きく揺れた。
「ッッ…‼︎この船もう持たねぇか!仕方ねぇ…これだけでも持っていく!お前!その箱2つ絶対落とすんじゃねぇぞ!ほら先導しろ!俺は道が分からん!」
「あ…あぁ!こっちだ!」
相変わらずガクガク揺れ続ける船をものともせずに、人1人の胴体ほどもある大袋を担いだ男はローガスに先導させて脱出用船へと走っていった。
「おいローガス!お前何してやがった!もう他は行っちまったってのに!」
「すみません!でももう行けます!最後の1人も連れてきましたから!」
他の脱出用船は既に出てしまったが、ローガスの乗る船だけは残ってくれていた。
大荷物を抱えた2人が何とか滑り込み、脱出用船は一際大きく揺れたゼドルから離脱していった。
「……行ったか。ならもう少し暴れてやりたいところだが…そろそろ限界かな…。」
口にした途端、限界と言われた不満をこぼすかの様に船は揺れる。
「はっはっは。悪い悪い…なら、最期まで付き合ってもらうぞ?…私の可愛い部下達に目を向けるにはまだ早いことを、教えてやらねばなぁ!」
ローガスたちを載せた船は風を受け、少しずつ傾ぎながらも地上へと降りていく。
「船長………。」
「しみったれた顔してんじゃねぇよ。箱の中身まで湿気ったらどうしてくれるんだ。」
船の中から、今頃ゼドルがいるであろう方向を向くローガスに男が言う。大量に持ち込んだ荷物のせいで、本来は離れた席だったのが最後尾に2人とも押し込められてしまったのだ。
「そもそも何なんですか?この箱小さいくせにやけに重いし…何入ってるんです?」
「あ?開けんなよ……って言ったそばから何開けてんだお前ぇ!」
「な…これ、塩?何でこんなに?」
箱の中にあった、いや、詰め込まれていたのは大量の塩だった。しかも、真っ白でかなり質が良い。
「お前…今お前が駄目にしたそれが一つでいくらするか知ってるか?」
「え?分からんが…また閉めれば良い話じゃないのか?」
「そうか知らないか。じゃあ教えてやる。金翼貨(きんよくか)5枚分だよ!あとな、それは塗り跡自体が一種の封なんだよ。開けた時点で商品にはならねぇんだよ!」
「そんなにするのか!それは…すまなかった…。」
「あぁ……もういい。どうせほとんどあの船の中で燃えてるんだから今さら一箱程度は誤差か…。」
ため息をついて男は目を閉じた。そのまま寝息をたて始める。
「こんな状況でよく寝られるな…。あんた一体何者なんだよ…。はぁ…。」
ローガスをため息をついて目を閉じようとした。眠りに落ちようとしたその時、男が言った。
「何者か、か?俺はリトス。リトス・カザだ。」
※翼貨について
ハーストが飛んだ時に節目として導入された貨幣制度。鉄、銀、金、白金と分かれ、銀は鉄100枚分、金は銀100枚分、白金は金100枚分。
成人男性の月給が大体銀一枚。飯一食で基本鉄1枚。ひと月屋根のある場所に住むのに基本鉄20枚。しかし、船に乗ると長時間家には帰れず、死の危険もあるため、ひと月換算で銀7枚程度の稼ぎになる。
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