全ての始まり
初めに、龍があった。
遠い遠い昔。まだ世界がこの形になるもっと前の事。世界の頂点は龍だった。全ては龍が支配していたのだ。
あらゆる事象の頂点には龍が君臨し、
あらゆる種族の頂点には龍が存在した。
全ては龍の意のままであり、何者も龍には敵わず、何者も龍には逆らおうなどとは思わなかった。
そう、人間以外は。
彼らは常に龍に反抗しようとした。龍が遠いところにいるから飛び道具を発明し、龍が常に地上を見下ろすから地下へと逃れ、ずっと龍への対抗手段を研究し続けていた。
いつか必ず龍の脅威を退け、人間の世界を作り出す事を目標に自らを磨いていたのだ。
そのひたむきな道程を神が見届けたのだろうか?いや、そんな事は無かっただろう。
神というのは常に歴史の強者が生み出す強者にとって都合のいい概念だ。この時、圧倒的強者は龍だった。龍に都合の良い神が人間に目をかけるなどあり得ない。
よって、それは全て偶然だったのだろう。その後の歴史が全く違う方向へ進む、たった一つの偶然だ。
ある時、一匹の龍が死んだ。何故死んだのかは分からない。仲間割れしたのか、はたまた他の要因か、そんな事はもう分からない。今更そこを追及しても意味は無い。
重要なのは死んだという事と、死体が地面に落ちたという事。そしてそれが、人間の手に渡ったという事だ。そこから全ての歯車は、動き出した。
人は龍を解体し、解析し、解剖した。龍の空を飛ぶ力、火を吹く力、その他全ての力を調べに調べ尽くした。
龍の死体が切り刻まれて原型を留めなくなった頃、人間の手には一機の空飛ぶ機械があった。後に「飛行船」と呼ばれるそれは、人間達の最初の反撃の意味をこめてこう名付けられた。
「ハースト」と。
動力源には絶えず動き続けて止まらない龍の心臓、装甲には龍の鱗と地下から掘り出された超硬の鉱物ステルを合わせ、ただ在るだけで空を飛ぶエネルギーを授ける龍の翼を取り付けたそれは、お世辞にも美しいとは言えなかっただろう。
しかし、人々はハーストを見て感涙に咽び、喜びに叫び、これこそが至高の芸術であるかの様に縋り付いた。
そして人間達は龍に戦いを挑んだ。ハーストを駆って空へと舞い上がり、龍の吹く火を研究して生み出した火砲を携え、支配者に牙を剥いた。
龍達はさぞ驚いただろう。自分達の遥か下で惨めに醜く蠢く虫ケラだと思っていた人間がいつの間にか同じ目線に存在しているだけでなく、見慣れぬ筒から自分達と同じ炎を浴びせてきたのだから。
驚き、そして呆れただろう。自分達の力を模倣し、それでもここまで弱いのかと。炎を真似し、鱗を流用し、それでもなお自分達の爪であっさり切り裂けてしまう。下等な人間の被造物は、なお下等だったのだ。
そうか。結局人間は、「弱い」のだ。龍はそう解釈した。それで、終わった。
ハーストはあっさり叩き落とされた。完膚無きまでに叩きのめされ、打ち落とされた。ズタズタになったハーストが落ちてきた時、絶望した人間が幾人も自ら命を絶ったという。
それもそうだろう。人間は生まれたその時から龍に虐げられてきたのだ。龍による戯れの殺戮から逃れて地の底に潜り、食糧を求めて外に出ることすらままならず飢え続ける。
そんな生活から抜け出せるとしたら?どれだけ小さな望みだとしても頼らずにはいられなかった。それが目の前で潰えたのだ。無理も無い。
しかし、落ちたハーストから這い出して来た人は死体にも気付かずに目を輝かせていた。
なぜそんな目をしているのか。
狂気に堕ちたのか。
その目の理由は数秒後に誰にでもわかる形で示された。ハーストのすぐ隣に落ちてきたもう一つの物体で。
きっと人間を侮っていたのだろう。
落ちて来たのは、一匹の龍だった。
初めて、人間の手で、龍を殺したのだ。人々は一転、狂喜乱舞した。
龍が人間の手で殺せることが証明された瞬間、その時命を絶った人の事は忘れられた。仕方ない。その時、龍の殺し方は人の命よりも重要だったのだ。
ボロボロになったハーストと、龍の死体はすぐさま地下へと運び込まれた。ハーストは修理され、龍の爪に対する対策が施された。とある職人が、龍の鱗を熱で溶かしてステルに混ぜると、さらに硬く、強くなる事を発見したのだ。
ハーストが造られた半分以下の時間で、人間達は二隻目の飛行船を作り上げた。ハーストよりも一回り大きいその船は、"二番目の船"という事で、「セクド」と名付けられた。
人間は、再び龍に戦いを仕掛けるために飛び立った。
しかし、また、船は落とされた。だが今度は二匹の龍を道連れにした。
そして今度は四隻の船が飛び立っていった。
それを繰り返し、人間は龍と戦う術を増やしていった。ありとあらゆる人間が知恵を出しあった。船を増やし、装甲を固め、火砲を増やした。龍達が人間の持つ牙の力に気付く頃にはもう手遅れだった。人間は徒党を組み、真っ向から龍に立ち向かうだけの力を揃えていたのだ。
かくて、龍と人間の戦いは始まった。蹂躙されるだけだった矮小な蟻が、圧倒的な力を持つ城を落とす一歩を踏み出したのだ。
この物語に英雄はいない。英雄とは誰の力も無く、真に自分の力のみで偉業を成す者の事だ。そんな者は彼らの紡ぐ世界には存在しない。ここに居るのは、先祖たちの遺志を継ぎ、空飛ぶ船を駆って戦う戦士達のみである。
これは唯の、戦いの記録だ。人と龍との、戦いの記録だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます