二章~閑話~クリスの作戦

 クリスはお風呂に入りながら自分の体を見て、深いため息をついた。


「相変わらずまったく成長の兆しが見えないんだけど……特に胸……」


 昔は全然気にしたことなかったんだけどなぁ……

 

 胸なんて重いだけだし、ないなら別にそれで良いと思っていた。


 けど、今は違う。バルトの趣味を予想すると多分胸が大きい子の方が好きだ。


 だったら僕は少しでも好みに近づきたい。


 好きな人へのアピールポイントは多い方が良いに決まってるんだから。


「まぁ……男の子のふりしていた方が近付くチャンス多いし、逆に今は幼児体型を上手く利用させてもーらお!」


 クリスは気持ちを切り替え、頭を洗い始めた。


 そう、クリスは正真正銘女の子だ。






 クリスは召喚士として代々有名なマリオネット家の本家に生まれた。


 マリオネット家は優秀な召喚士を排出することで様々な依頼をこなし、王族や貴族にさえ大きな影響力を持っている一族だ。


 しかも国外にも一族は広がっており、国際的にもかなり有名な一族としてその影響力は計り知れないとさえ言われている。


 そしてクリスも例外ではなく、幼い頃から才能を発揮した。


 マリオネット家最年少で使い魔を召喚し、しかもその使い魔の種族は歴代の使い魔でも5本の指に入る強さだったのだ。


 父も母もとても喜んでくれたが、全てが上手くいくはずもなくクリスには手放しでは喜べない理由があった。


 クリスには5歳離れた姉のエリスがいる。


 エリスも一般的に見ればかなり優秀だし、両親もクリスだけを贔屓ひいきせず分けへだてなく育ててくれた。


 けれど世間の反応は違った。


 目立つクリスにばかりに取り巻きが集まり、そしてエリスは次第しだいにクリスから離れていった。




 ゆっくりだけど、確実に姉妹としての関係が少しずつ壊れていったのを今でも覚えている。


 僕はエリス姉さんが大好きだった。あまり口数が多い方ではないが、いつも優しくて美味しいお菓子を僕に作ってくれる自慢の姉。


 だから僕は周りに集まってくる人間が心から憎かった。自分の利益のために集まってくるだけの奴らのせいで何でこんな思いをしなければならないのか。


 こいつらさえいなければ、僕とエリス姉さんはずっと仲良くいれたのに。


 今思えば、僕が人との関わりを極端に避けだしたのはこの頃からだったと思う。


 そして関係を修復することが出来ないまま、エリスは国外のギルドへ行ってしまった。



 クリスはどうすることも出来なかったとはいえ、ひどく落ち込んだ。


 そして召喚の練習もしなくなり、毎日適当に本を読んだり、昼寝をしたりと自堕落じだらくな生活をおくるようになっていった。




 そしてそういう時に限ってめんどくさい事が起きる。





 クリスのクラスに1人他国からの留学生が来た。


 留学生は貴族らしく、みるからに傲慢ごうまんそうな赤毛の女の子だった。


 そして同じ召喚士の家系で留学してくるとすぐ、クリスに絡んできた。


「見るからに弱そうね!本当に使い魔召喚出来るの?噂じゃかなりの落ちこぼれらしいじゃない!」


 めんどくさい……ただでさえエリス姉さんの件で全くやる気がでないのに。


 クリスは何も答えず窓の方を見る。


「何にも言い返せないの?あんた男の癖に情けないわね」


 男?……少しイラっとしたが無視を続ける。


 確かに召喚に集中したいから髪は短くしているし、体も小さい上に全然凹凸ないから間違われても仕方ないけど…


「本当噂通りつまらない奴ね。確かあんたの姉の……エリスとか言うやつ?大したことないクズで、中途半端なギルドに入ったんでしょ?」


 ……今この女エリス姉さんをクズって言った?


 クリスは留学生を氷のような冷たい目で睨み付け、すぐさま親指を切って召喚を始めようとした。


 ……あれ?ポッケに入れていた折り畳みナイフがなくなっている。


「お前さ…人の事弱いってバカにするなら、まず自分がどれだけ強いか証明してからにしろよ。お前が強いなんて誰も知らないぞ」


 クリスの横にいつの間にか1人の男の子が立っていた。

 確か名前はバルトだった気がする。


 クラスで唯一僕に近付いてこなかったから印象に残っていた。


「あんた誰?関係ないでしょ」


 留学生がバルトを睨み付ける。


「関係あるよ、俺こいつの親友だもん。親友がバカにされたら黙ってるわけにはいかないだろ。お前、もし弱かったらこいつに謝れよ」


 バルトはクリスを親指で指した。


 この男の子は何を言ってるんだ?一度も話したことないじゃないか。


 クリスは意味が分からず、ポカンとした。


「ふーん。じゃあ私が強いことを証明すれば良いのね?どうすればいいのよ」


「そうだな……放課後の課外授業は練習ダンジョンの探索だ。そこでどちらが早くゴールにつけるか勝負しよう。それでいいか?」


「良いわよ!実力の差を見せつけてあげる!」


 そう言うと留学生は自分の席に戻っていった。


「君、僕と親友だったの?」


「俺は親友だと思ってるけど?えーっと……マリオ君?」


 クリスの机にあった宿題の紙を覗き込んでバルトが答えた。


 クリスとマリオネットの一部が隠れてマリオに見えたんだろう。


 マリオって……


「ふっ……ははは!君面白いね」


 クリスは思わず笑ってしまった。


 自分の事をここまで知らずに近付いてきた人間は見たことがない。


 しかも同じクラスにいるのに、何の悪気もなく性別まで間違えてくる。


 本当に変わったやつだと思った。


「君はバルト君だよね?何で課外授業があるなんて嘘をついたの?」


「少し考えがあってね。あの感じだからクラスの奴らも話しかけづらくて、俺が彼女に嘘をついてる事はバレないだろ」


「考えって、何かする気?」


「少しお灸を据えるだけだよ。あの感じでいつまでも君に絡まれたら、毎回止めるのめんどくさいからね」


「別に放っておけば良いだろ?僕は絡まれても大丈……」


「俺は君を止めるのがめんどくさいって言ったんだよ?マリオ君」


 クリスの言葉をバルトが遮った。


「クラスの奴らの反応を見る限り、君めちゃくちゃ強いだろ?君に留学生が絡んだ瞬間、クラスメイト全員が君の後ろに避難したんだ」


「へぇー……それで?」


「巻き添えになりたくないから、移動したことは明白だろ?つまり攻撃がこない方に移動したってことになる。攻撃は弱い方が通らない。ここまで説明すれば十分だろ?」


「……君は良く見てるんだね」


「そうでもないよ。ただ理不尽なバカが嫌いなだけだ。

 大きな声では言えないけどさ……あの留学生、実際は隣国のお姫様らしいんだよ。

 国際問題からの戦争なんてまっぴらごめんだ。俺の夢が遠ざかる」


 どこでその情報をつかんできたのか分からないが、バルトはクリスに耳打ちした。


「あとこれは余計なお世話かもしれないけど、このお姉さんからもらったナイフ素敵だね」


 バルトはそう言うと、クリスの机に折り畳みナイフを置いて席に戻った。


 このナイフはエリス姉さんが家を出た次の日に、両親からもらったものだった。


 てっきり落ち込む私に両親がプレゼントしたものだとばかり思っていた。


 そう言えば、あれから一度も召喚してないから使ったことなかったな……


 クリスはバルトの言葉が気になり、ナイフを開いてみた。





 ーーエリスより愛を込めてーー






 ナイフの刃に魔法で使う術式文字で刻まれていた。


 クリスは思わず泣き出しそうになり、バレないように寝たふりをした。


 エリス姉さんは自分を嫌ってなどなかったのだ。


 それが分かっただけでも、クリスは本当に救われた。







 そのあとは怒涛の展開だった。


 バルトが留学生を上級ダンジョンに騙して閉じ込め、あわや国際問題になりかけたのだ。


 クリスが父に一部始終を話し動いてもらえなかったら、本当に戦争になっていたと思う。


 国際問題にしたくないとか言っておきながら、この有り様だ。


 そのマヌケな様子が気に入り、クリスはいつの間にかバルトの事を好きになっていた。


 そしてエリスとも無事和解できた。


 ナイフのお礼を魔道具の通信機で言うと


「もう、我慢できない……来年帰る!クリス愛してる!」


 と、一言で通信を切られた。


  よく分からないけど、とりあえず仲直り出来たから良かったと思う。




 そして僕はそのあとすぐに、スキルアップのため国外へ留学することになる。


 バルトとそれまでの間たまに話したりしたのに、最後まで女の子と気付かれなかったのは、普通に傷ついたけど……


 そして気付けば3年が過ぎていた。


 15歳になり、留学も無事に終え帰って来ると様々なオファーが毎日のように来た。


 有名ギルド、騎士団、勇者パーティー、研究所などなど。


 相当な数のオファーがあったが、僕はすでにどこに行くか決めていた。


 バルト君と同じところに行く。

 それだけは何があっても譲れない。


 それに僕は留学した国で、バルトを落とす必殺技を思い付いたのだ。


 それは男のふり作戦だ。


 幸か不幸か僕の体は3年たっても殆ど成長してくれなかった。

 だったら逆にそれを使わせてもらおうじゃないか。


 男だと思わせればバルト君に警戒されず近付けるし、お風呂にさえ一緒に入れれば既成事実を作るチャンスだ。


 僕はすぐさまバルト君が入るギルドを調べあげ、自分も同じギルドへ入った。


 条件を出す前にギルドから何でも要望を言ってほしいと言われたから、僕とバルト君が常に一緒にいれるようにしてくれと頼んだ。







 ギルド初日の朝。


 クリスは鏡を見て自分の姿を確認する。


 前にクラスの男の子達が、危険な香りがする女の子に惹かれると言っていたのを思い出して急いで用意したのだ。


 フリフリの黒い怪しいドレス。


 意味はないが眼帯でミステリアス感も出ていると思う。


 髪も女の子感を出すために頑張って伸ばした。


 男の子感がありすぎても、既成事実チャンスの時に引かれてしまっては意味がない。


 後は男の子だと思って油断させれば完成である。


「バルト君、君が知らない僕との再会を楽しみにしてるよ」


 クリスはクスッと笑って部屋を出た。

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