二章~閑話~ハンナの出会い

 ハンナは部屋へ戻るとベッドにダイブした。


「やはり覚えていらっしゃいませんでしたわ……幼い時とはいえ、少し位覚えていてくれても良いのに!バルトさんのバカ!」


 バルトの性格上覚えていないとわかっていても、ハンナは淡い期待を抱いていた。


 もし覚えていてくれたら、あの時言えなかったお礼を伝えられたのに……






 私は親の顔を知らない。


 シスターの話では、私はある冬の寒い夜に教会の門に置かれていたらしい。


 いわゆる捨て子だった。


 でもシスターに本当の娘のように大切にされたし、周りに同じような境遇きょうぐうの友達が居たから寂しいと思ったことは一度もなかった。


 それに魔力量が他の子たちよりかなり多く、学校でも常にトップクラスの成績を納めていてたので比較的楽しい毎日を送っていたと思う。




 だけど、そんな日々は長くは続かなかった。




 確か8歳か9歳位だったと思う。

 私はいじめられ始めた。


 理由はくだらない些細なことだった。


 クラスの金持ちな男の子が私に告白してきたので断った次の日、クラスメイト全員私を無視し始めたのだ。



 その男の子がクラスメイトを買収したらしい。


 それでも私は気にしないふりをして生活をしていると、それが気に入らなかったのかだんだんいじめに変化していったのだ。


 本当に何度もぶん殴ってやろうと思った。


 けれど彼の家は教会に多額の寄付をしていることを知っていた私は、シスターに迷惑をかけたくない一心で、我慢することしか出来なかった。


 クラスメイトからの毎日の陰口、教師に見えないところでの嫌がらせ。


 楽しかった日々が嘘のように、毎日が本当に地獄のように変わっていった。




 そんな辛く変わらない日々が続く中、その日はいきなりやってくる。


 その日は、廊下の隅でいじめっ子が私の髪の毛を引っ張って笑っていた。


 私は何も出来ず下を向いているだけで、今にも泣きそうだった事を今でも覚えている。


「なんで髪の毛引っ張ってるの?人の嫌なことをしてはいけないって知らない?」


 ハンナが驚き、顔をあげると知らない男の子がいじめっ子に注意していた。


「お前誰だよ?関係ないだろ?」


「関係ないよ。でも見てて気分悪いからやめてくれないかな?」


「はぁ?この女は親もいない貧しい教会の子だぞ!こんなやつはいじめられて当然なんだよ」


「うーん……まさか言語が通じないとは思わなかった。おい!やめろ!わかる?やめろ!これなら伝わるかな……?」


 男の子が犬に話しかけるようにジェスチャーしながらいじめっ子に注意する。


「このっ……!馬鹿にするな!」


 いじめっ子が男の子を思い切り殴った。


 すると男の子は大量の血を吐き出し、床に手をついた。


「きゃあああぁぁぁ!」


 大量の血を目にして、野次馬が一斉に騒ぎだした。


「嘘だろ……俺そんなに強く叩いてない……」


 いじめっ子が顔を真っ青にして泣きそうになっている。


「こ、こいつ悪魔と契約してる……人間の力じゃない……あっ!?まさか、お前達偽物か!?」


「はぁ!?何を言って……」


「やっぱりそうだ!見てみろ!本当のこいつは外にいるぞ!悪魔に体を乗っ取られておかしくなってる!」


 野次馬も含め、全員窓から外を見ると満面の笑みで全裸で走っているいじめっ子がいた。


「え!?俺?何で!?」


 いじめっ子の顔がみるみる赤くなっていく。


 野次馬からもクスクス笑い声が聞こえ始めた。


「おい!お前ら見るな!」


 いじめっ子が半べそで、もう一人の自分を止めに向かおうとする。


「待てって。次同じことしたら、土人形じゃなくてお前を裸にして走らせるからな?もうやるなよ?」


 男の子がいじめっ子の腕を掴んで小さい声で警告した。


「分かった、分かったから!」


 そう言うと、半泣きでいじめっ子は掴まれている腕を振り払い走っていった。


「これで大丈夫かな…何か事情があるのは分かるけど一人で抱え込まない方がいいよ。どうすることも出来ない問題なんて案外ないもの………ヤバっ……」


「バルト君!あなたまた何かしましたね!」


 先生が騒ぎを聞きつけ、急いでこっちに向かってきた。


「とにかく、先生が来たらちゃんと相談しなよ!またね!」


 男の子は空間魔法を使ってテレポートをした。


 あの子バルト君って言うんだ…………


「まったくあの子は!ハンナさん何があったのですすか?」


 駆けつけた先生が息を切らしながら、ハンナの横にやってきた。


「あの……あの……バルト君は悪くなくて……あの……」


 私は泣きながら全て話した。


 するとその日のうちいじめっ子は親が呼び出され厳重注意、私への謝罪があり、家に帰るとシスターは泣きながら私に謝ってきた。


 シスターは気付けなかった事を悔やんでいたけど、私が気付かれないようにしていたのだから、むしろ私が悪いのに。


 それなのにシスターが悲しんでいる姿を見ると、私は自分の愚かさが情けなくなって、大泣きしながらシスターに謝ったのをよく覚えている。


 そして次の日から元通りとはまでは言わないけど、ある程度普通の学校生活が送れるようになった。


 私はバルト君にお礼を言おうと何回か声をかけようとしたが、なかなか出来ずにいた。


 何故ならバルト君は学校にいる間、常に何かの計算をしたり、何かを考えていたりして話しかけても気付いてくれないからだ。


 放課後を狙って声をかけようとしたこともある。


 けれどバルト君は毎日すぐに帰り、必ず街の黒い壁のお店の周りを彷徨うろついて中を隠れて覗いたり、入っていく人を観察していたりしていた。


 あまりに真剣な顔をしているから声をかけづらくて、3年バルト君を追いかけるだけで過ぎていった。


 そして私は12歳になり、教会本部にある学校へ3年間通う規則のため、学校を離れなくてはいけなくなってしまう。


 最後までバルト君にお礼が言えないまま……





 それでも私は諦めなかった。

 15歳になり自立をする時を目指して。








「ハンナはそのバルトって子の事好き過ぎでしょ。毎日後をつけるってやばいよ?」


「す、好きと言いますか、お礼を一言言いたくて……」


「ふーん、じゃあバルト君の事私が好きになっても良い?」


「駄目です!あの……駄目です……」


「ふふっ、素直になれば良いのに。それに好きじゃなきゃそんなに頑張れないでしょ」


 ララとハンナは学校の庭でお昼を食べながら話していた。


 ララは、教会本部付属の学校で出来た新しい友達でルームメイトだ。


「私、魔法位しか取り柄ないですから……だから15歳になった時にバルトさんの働くところに入れるよう準備しておきたいんです」


「ハンナなら今のレベルでも十分だと思うけどねぇ……本当に心配性なんだから…」


「バルトさんは優秀な方ですから、いくら備えても、備えすぎということはありませんわ」


「はいはい、それより、毎日バルト君が覗いてた店って何の店なの?」


「それが良く分かりませんの。お店の名前は分かるんですが……」


「へぇ……何て名前?」


「サキュサキュナイトみたいな名前でしたわ!ララさんは何のお店か分かります?」


「………まじ? 」


「まじですわ!」


 ララは思わず頭を抱えた。


「ララさん!?どうかしました!?」


「ハンナ……言いにくいんだけどさ……」


 ララがハンナに耳打ちをする。


 ハンナの顔が次第に真っ赤になっていく。


「まさか…そんなお店だったなんて……」


 ハンナが下を向いてショックを受けている。


「は、8歳からってのはちょっと早いけどさ、男なんてみんなそんなもんだよ。あんまり気にしな……」


「私と真逆ではありませんか!!ララさんどうしましょう!私めちゃくちゃ処女です!」


 ララの慰めを遮ってハンナが叫んだ。


「ハンナ!声大きいって!」


 周りからクスクス笑い声が聞こえる。


「関係ありませんわ!バルトさんの趣味がエッチな女性なら私は今日からエロ特化キャラになります!」


「ハンナ頼むから落ち着いて!」


「落ち着けるわけ……」


 周りを見ると庭にいた全生徒がハンナを見ていた。


 それを見たハンナは落ち着きを取り戻し、普通の声に戻った。


「取り乱してすみません…でも、何から始めましょう……私そっちの経験ないです……」


「私達教会のシスター候補なんだから当たり前でしょ。それに別にそれっぽければ良いんじゃない?」


「といいますと?」


「谷間みせたり、足みせたりとか?男なんて単純だからそれくらいで十分じゃない?」


「一理あるかもしれませんわ。参考にさせて頂きます」


「それにまだまだ先の話だし、私も色々応援するからさ!」


「はい!私頑張ります!」


 そして2人は気付くはずもなかった。


 男子禁制の環境で知識も殆どない2人のエロは果てしなくずれていることに。




 そこからハンナは本当に努力をした。


 教会史上最大の魔力強度を持つ防御魔法を覚え、魔法研究所からも入所の依頼がくる程成長したのだ。


 これでバルトがどこを選んでも、同じ希望をすれば一緒に入れると思う。


 そして迎えた卒業式。



「ハンナ、おめでとう!少し寂しくなるけど会えない訳じゃないからね」


「ララもおめでとうございます!ララの夢だったシスター試験にも受かって本当に良かったです」


「ありがと!ハンナもバルト君と同じギルドに入れたんでしょ?しかも同じ家、同じパーティーで」


「はい!ギルドから叶えられる希望は何でも叶えるって言われたので、少しわがままを言ってしまいました」


「ギルドからしたら安いもんでしょ。魔法研究所からの入所も断って、勇者パーティーも断った実力者が入るんだから」


「私の夢は決まってましたから!明日からは夢の二人暮らしですわ」


「はいはい、お幸せに!あと私からのプレゼント!昔の話だから、覚えてないかもしれないけど……」


 そう言うとララは胸元が空いたスリット入りのシスター服をハンナに渡した。


「ありがとうございます!もちろん覚えてますわ!私頑張りますね!」


「うん、これからもサポートするから任せて!」


 二人は笑顔で別れ、ハンナはギルドのある街に向かいだした。


 明日からの夢にまでみたバルトとの再会に胸をふくらませながら。

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