二章~閑話~リリィの期待

 リリィは部屋に戻り自分の体を鏡で見た。


 我ながら人間に上手く変化へんげできていると思う。


 変化へんげといっても翼と尻尾を隠して、お腹の紋章を消しているだけだが。


「バルトは私の魅了チャームが何故か効かない…特殊な防御魔法を張ってるわけじゃないのに……本当に不思議だわ」


 リリィは楽しそうに笑うとベッドに仰向けに寝転んだ。


「バルト、あなたといれば私の求める世界がみれそうね」


 そう、リリィはサキュバスだ。








 私は一族の中でも、古くから代々サキュバスの王女に仕える名家に生まれた。


 そして生まれながらに、私には父親がいなかった。


 なぜならサキュバスは単独で妊娠が出来るからだ。


 それはサキュバスである以上必要不可欠で、独自の生態系といえる。


 つまりサキュバスは、見た目は人に近くてもまったく別の生き物なのだ。






 よく勘違いされるが、サキュバスは人間から精を吸いとらなくても生きていける。


 普通に食事から栄養はとれるし、別にエロい事をしなくても問題はない。


 では何故サキュバスは人間と交わろうとするのか。


 それは魔力の自己回復ができないからだ。


 サキュバスは魔力を体のなかで作ることができず、何らかのエネルギーを吸収し、体の中で魔力に変換しなくてはいけない体だった。







 そこでサキュバスは、人の三大欲求である性欲に目を付ける。


 欲望は凄まじいエネルギーを秘めているため、効率よく吸収するのに適しているからだ。


 魔力は戦うためにも、生活するためにもなくてはならない。


 サキュバスは生まれもった美貌を武器に、人間と様々な協力関係を作り繁栄を続けてきた。


 サキュバス風俗がそれの代表例と言えるだろう。






 ちなみに、サキュバスには栄養をとる意味の食事しょくじと魔力を作るための色事しょくじがある。


 多くのサキュバスは風俗店で働きながら効率よく色事しょくじをしてお金を稼ぎ、魔力が回復したら旅に出たり、魔法の研究をしたりと自由な生き方をしていた。


 だからサキュバスの生き方は他の種族から羨ましがられることが多く、その美しさも相まって人気の種族として知られている。









 ここだけの話サキュバス自身エロい事が大好きだからしていると言うのは、私達サキュバスだけが知る真実だ。











「ママ、今日もあの子覗きに来てるよ?」


「おや、本当だ。毎日飽きずに良く来るよ」


 リリィは店番の真似事をしながら店の奥にいる母親に話しかけた。


「まだリリィと同じ8歳くらいなのにねぇ……あれは相当な変態だよ」


「変態君、目がキラキラしてるよ?」


「私も長いことこの商売してるけど、あんなまっすぐな目でこの店にくるやつはみたことないね」


 母親は笑いながら店に出てきた。


「あー!ママ出てきたから、変態君逃げちゃった!」


「別に取って食ったりしないよ……リリィ奥に夕飯作っといたから食べちゃいな」


「うん!あっ、ママまたおばあちゃんに変身してる!私それ嫌い!」


「そのままの格好で出たら、なめられるから仕方ないのさ」


「ママ本当は可愛いのに……」


「リリィが可愛いって言ってくれたらそれで十分だよ。冷めないうちに食べておいで」


「はーい!」


 リリィは店の奥へと入っていった。


「それにしても変な男の子だよ…店全体に邪悪なやつは理性を失う結界を張ってるのに、ちっとも効いてない…ありゃ根っからの善人なんだろうね……」


 母親はタバコに火を着けた。


「あんなやつがいるなら、まだこの国も捨てたもんじゃないかもね……そろそろ店を開けようか」


 そう言うとネオンの看板に魔法で灯りをつけた。


【サキュサキュナイト】


 そう、何を隠そうバルトが子供の頃から通いつめたあの店だった。





「リリィ、それでどうするか決めたのかい?」


「うーん……別にやりたいことない……」


色事しょくじも興味無し、何に対してもやる気なし、あんた本当に私の子供なのか疑いたくなるよ」


「興味ない訳じゃないけど、なんかつまらない……」


「はぁ……リリィ、あんたも明日で12歳だ。

 サキュバスは長生きとは言え、そろそろ自分の自立する道を決めな。

 この国じゃサキュバスでも15歳になったら何かしらやらなきゃいけないんだよ」


「ママのお店で働くわ…やりたいことないし……」


「うちの店は、そんな気持ちでやれる程甘くないよ。毎日何十人って入店希望にくる人気店なんだ。あんたみたいなのは、お断りだね」


「えぇ……めんどくさいわ……」


「まったく……あの素直で可愛かった頃はどこにいったんだい。あんた頭はいいんだから、ちゃんと考えな!気分転換に街でも歩いてくるんだね」


 そう言うと、リリィの母親はリリィを店から追い出した。


「はぁ……本当めんどくさいわね……」


 リリィは不満そうに街を歩きだした。


 そしていつも通り街を抜け出し、森の中に入りリリィは切り株に座った。



 やることがないときはいつもここに来る。









 リリィは生まれながらに天才だった。


 5歳で学校を卒業し、サキュバスの固有スキルである魅了チャームも7歳で会得した。


 魅了チャームは相手に強制的に好意をもたせ、思いのまま操るスキルで、本来かかるはずのない同族にまで魅了チャームをかけられる程の強さだった。


 しかもリリィがかけようとしなくても、異性なら触れただけでもかかってしまう。


 そんな才能に恵まれた人生にも関わらず、リリィは幼いときから自分の人生に飽きていた。


 起きる事象全てが、予想の範囲の出来事。


 リリィの目には世界が、何回も読み直した絵本のように写っていた。


 このままダラダラと続く日々に何の意味があるのだろうか。


 リリィはため息をついた。


「ここが課外授業のダンジョン?」


「そうだ。今からどっちが早くゴール出来るか勝負する。準備はいいか?」


「準備なんかしなくても、あんたに負ける訳ないでしょ!それよりクリスはどこよ!」


「クリスは後から来る。とりあえずダンジョンの前まで移動しよう」


 声の方を見ると、赤毛の女の子と男の子が話していた。


 あれ?あの男の子どこかで見た気が……気のせいかしら?


 リリィは気になって後をつけ始めた。






 リリィの前を歩いていた2人は、ダンジョンの前に到着する。


「このダンジョン?ずいぶん小さいじゃない」


「練習ダンジョンだからね。先に入っていいよ」


「いわれなくても入るわよ!それよりクリスは…ちょっと!中に入ったら入口が閉まっていくわよ!?」


「そりゃそうだろ。普通の上級ダンジョンだし」


「はぁ!?あんた練習ダンジョンっていったじゃない!ふざけるなぁぁぁぁぁ!」


 赤毛の女の子が大声で叫んでいる。


「はいはい…これに懲りたら人の事や家族はバカにするなよ?生きて出られたらだけどね」


「ちょっと!?助けなさいよ!ねぇ!?」


「お疲れ!また来世で!」


「絶対に許さないから、覚えておけぇぇぇ!」


 赤毛の女の子の断末魔だんまつまを最後にダンジョンは閉まった。


「んじゃ帰るとしますか!」


 男の子はすっきりした顔で帰ろうとしていた。


「あの子大丈夫なの?」


 帰ろうとする男の子にリリィは思わず声を掛けてしまった。


「うぉ!ビックリしたー」


 男の子がビックリした様子でのけ反る。


「大丈夫、大丈夫!あれ上級の謎解き系ダンジョンで一部屋しかない上に魔獣もでない。おまけに3時間たっても謎が解けないと強制的に出される仕組みだし」


「ずいぶん詳しいのね」


「俺冒険者になると思うから、高額ダンジョンは頭に入ってるんだ。さすがに他国のお姫様を危ない所に閉じ込めないよ」


「そうなのね……でもそもそもお姫様を閉じ込めた時点でまずいと思うけど」


「そうそう、はじめからまず……え?」


「ん?」


 男の子の顔がみるみる青ざめていく。


「……やっぱりまずいかな?」


「かなりね」


 男の子は白目を向いて倒れた。





 リリィは仕方なく膝枕をしていると、しばらくして男の子が目を覚ました。


「俺……膝枕の中が気になるので覗いて良いですか?」


 男の子がすかさず聞いてきた。


 しまった……私に近付いたせいで魅了チャームにかかってしまった。


 リリィは深いため息をつく。


「さ、さすがにこの冗談は気持ち悪すぎた?ごめんね……」


 男の子は普通に立ち上がり、気まずそうにしている。




 あれ?魅了チャームは?





「やってしまった事は仕方ないから、とりあえず帰って母さんに謝る事にするよ。膝枕ご馳走さま!」


 そう言うと男の子は帰ろうとした。


「あなた、名前は?」


 リリィは慌てて聞いた。



「バルトだけど?騒ぎになる前に謝りたいから、またね!」


 そう言うと、バルトは帰ってしまった。





 リリィには理解出来なかった。


 魅了チャームが効かない人間なんて存在すると思ってなかったのだ。


 そして生まれて初めて予想が外れ、やりたいことを見つけた瞬間だった。


 バルトといれば私のつまらない人生が、喜劇きげきをみているような人生になるかもしれない。


 リリィは急いで家に帰った。



「ママ!私冒険者になるわ!確か、色事しょくじじゃなくても、魔物や魔獣を倒せばエネルギーは吸収できたはずよね?」


「帰って来ていきなりなんだい。確かに出来るけどかなり効率が悪いからおすすめはしないよ」


「効率が悪くてもいいわ!色事しょくじをする時間がもったいないの!冒険者ならエネルギーも吸収しながら、バルトの側にずっといれるし」


「バルト?よく分からないが、とりあえずやりたいことが見つかったなら良かった。頑張りな」







 リリィはそれから効率よく敵を倒せるようにするため、遠距離攻撃や効果魔法を3年で完璧に習得した。


 そしてバルトの入るギルドに魅了チャームを駆使して、自分の要求を全て通した上で無事入ることが出来た。


 これで明日からバルトと一緒にいれる。


 明日から読んだことのないページがたくさん見れると思うと、楽しみで仕方ない。


「そう言えば、バルトとの色事しょくじなら楽しそうだから一度してみたいわ」


 リリィは人間に変化へんげしてギルドに向かった。

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