1-6 初めてなのに、懐かしい味。

 空腹を満たすため、駅ビルの中にあるレストランフロアにやってきたレイカ。


 ここは和食や中華、洋食といった世界中のグルメが一堂に集められており、どのジャンルも食べたことが無い彼女はショーウインドーに並べられた様々な食品サンプルを子どものように目をキラキラとさせながら眺めていた。


 どの店にしようかと悩みながら、興奮気味にフロアをグルグルと彷徨さまよい歩く元公爵令嬢。



 回転ずしのネタであればカピカピになって廃棄される頃。


 いい加減、何週も回るのにも体力の限界がきたのだろう。このままでは空腹と疲労感で動けなくなりそうだと感じたレイカは、ようやくどの店にするのか決断したようだ。



「よし、まずはこの魚介を食べられる和食にするわよっ!」



 どうやら彼女は刺身や焼き魚といった、海の幸を出す定食屋にしたようだ。

 まずはこの国の代表的な食事スタイルを味わっておきたい、そう考えたのは自然の流れだ。


 レイカが住んでいたファスティア王国の王都は海から非常に遠く、新鮮な海の幸が食べられなかったこともこの店を選んだ要因だ。


 しかも生の魚なんて、国で一番偉い王たちでも滅多に食べることの出来ない、非常に貴重な食材である。それが食べられるとあって、レイカのテンションは爆上がりしていた。



 さっそく案内された席に座ったレイカはメニュー表を見ることも無く、店内を巡回していたウェイトレスを呼んだ。



「よろしいかしら?」

「はい! ご注文ですか?」


「えぇ。この店のシェフのオススメは何かあるかしら?」

「本日のオススメですか? はい、ございますよ! こちらの『特選!日替わり海鮮丼』が一押しのメニューとなっております!」


「ふぅん、料理をサーブする人間までメニューを把握しているなんて随分と教育されているのね。……いいわ、貴女のオススメする『特選!日替わり海鮮丼』とやらをお願い」

「かしこまりました!! 少々お待ちくださいませ~」



 そういって温かいお茶をテーブルに置くと、今度はキッチンへと向かうウェイトレス。キビキビと働く彼女を感心しながら見送った後、店内に視線を移してみる。



 暖かな色のダウンライトや木目調のインテリアが妙に落ち着くデザインになっている。

 このような建築は母国には無かったが、なんとなく懐かしい感情が湧いてくるのは元の身体である玲華れいかの影響か、はたまた別の理由か。


 テーブルの上に置かれたお茶の匂いにかれて、そちらも試してみることにする。

 陶器製のカップの中を覗くと、そこにはポーションの様な若葉色の着色がされている液体がゆらゆらと湯気を上げていた。



「くんくん。……鼻を通る清涼感は別にないわね。これもハーブティーの一種なのかしら? 少し違う感じもするのだけど……ここでは食事前に薬草茶を飲む風習があるのかもしれないわ」



 とはいえ、他の客たちはみな平気な顔をして美味しそうに飲んでいる。

 そして飲み干した者は一様にしてホッとした表情を浮かべている。



 元々の玲華にお茶に関する知識がとぼしかったせいで、変な認識をしてしまっているレイカ。しかしどうやら毒だったり美味しくないわけでもなさそう。それに玲華も頻繁に飲んでいたようだし、ここで飲まないという選択は有り得ない。


 覚悟を決めたレイカはいまだ火傷しそうなほどに熱々なお茶をフーフーと冷ましながら、おそるおそる口を付けてみる。




「にがっ!? ……いけど、不思議と嫌な感じはしないわね。苦みの中にもまろやかさがあるし、後味も悪くないわ。これ、美味しいかも……」



 少し場に慣れてきたので、彼女は周りの客たちをキョロキョロとうかがいつつ、それを真似するようにしてお茶をすすっていく。

 そんなことを繰り返していると、先程のウェイトレスがトレイに注文した食事を載せてやってきた。



「お待たせいたしました。本日の日替わりはマグロとアジ、エビの三種が入った海鮮丼となっております。ご飯とみそ汁はお代わり自由となっておりますので、お気軽にお声かけください」

「ありがとう。うわあぁ……凄く綺麗な色取りね……」


 丼ぶりの上に乗っていたのは赤やピンクといった赤身や、白身の魚と貝類。

 それらが照明に反射して、宝石のようにキラキラと輝いていた。


 ウェイトレスが言っていたネタの他にも、イクラやサーモン、ホタテといった豪華な海鮮が入っているようだ。


 空腹も限界を迎えていた彼女は、さっそくいただくことにする。



 他の客を真似するようにして、添えられていた醤油をクルリ、と軽く回し入れる。



「うぅん、ちょっとこの箸という食器は使いづらいわね……でも美味しいモノを食べるためには早く慣れないとだわ。さて、そぉっと、そぉっと……」



 ――ぱくり。



「……素晴らしいわ」



 ネットリとした魚の甘みに、醤油の塩辛さが絶妙にマッチしており、公爵令嬢の肩書きをもってしても味わったことの無い美食に溺れそうになるレイカ。

 まさか最初の食事から、ここまで美味なものを食べられるとは思っていなかった。初めの期待値が低かった分、余計に美味しく感じているのかもしれない。



 次にレイカが目を付けたのは、この食事が運ばれてきた時から気になっていた――そう、緑色のアレだ。

 からい、という記憶はあったのでえて最初は避けていたワサビという調味料。それを少し箸でまみ、試しにチョイと舌の上に乗せてみた。



「――くううっ!! かっらーい! んんん……でも、たしかに鼻を突き抜けるこの感覚は慣れないとちょっと大変ね。だけど、これはこれで美味しいわ。それにここまで刺激的な食べ物は初めてよ!」



 ワサビのお陰で舌がリセットされたのか、次から次へと違うネタの海鮮を味わっていく。気付けば、わずか数分でどんぶりの中はからになってしまった。



 トレイの上に残るは、野菜の漬け物とみそ汁のみ。

 ちなみに玲華の記憶によると、彼女はコレが特に好きだったらしい。

 貧乏だった玲華は殆ど具無しのみそ汁と、スーパーからタダで貰って来た野菜くずを使った漬け物だったらしいが。



「あぁ……美味しかった。どれもが最高の食事だったわ。それになんだか……心がポカポカと温まった気がする……」



 外国人には生の魚介類を食べる行為や、舌に絡みつく食感や味が合わないといったことは良くある話である。しかしレイカが食べ物に対して好き嫌いが無い性格であったことと、元の身体の相性もあって美味しく食べることが出来たようだ。



 食事の終わったレイカは大満足の笑顔で、会計カウンターに向かう。

 サイフの中は……だいぶ寂しいことになってはいるが、食べなければ働くことも出来ないのだ。つまり、これは必要経費なのである。



「――あとは美容院にも行かなくちゃなのよねぇ……はぁ、こんな調子で大丈夫なのかしら。少しだけ不安になってくるわね」



 節約生活も考慮に入れなくては……と、頭の中では考えながら次は何を食べようかと期待に心を膨らませるレイカなのであった。






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