1-7 悪役令嬢、身バレする。
初めての日本を満喫したレイカは住処である安アパートへと歩いていた。
タンタンと音の響く階段を上ると、自分の部屋の前に一人の男性がドアに寄りかかって立っているのが視界に入った。
その人物はパッと見た感じではスラっとした20代前後のイケメン。それも、どこかで見たような面影がある印象がある。
しかしこの異世界人であるレイカに日本の知り合いは居ないはずだ。
何処で見たのだろう、と記憶を探っていると、レイカが帰ってきたことに気が付いたイケメンが声を掛けてきた。
「おい、何処に行ってたんだよ姉さん! 昨日から何度もずっと電話していたのに、ぜんっぜん連絡返さないんだから! どうせまた電源切れたまんまで寝落ちでもしてたんだろ!?」
「ご、ごきげんよう? メール……? え、えぇ……ごめんなさい?」
そういえば部屋の中にあったバッグの中にスマホと呼ばれる通信道具があったな、と思い出す。だがレイカには生憎とそれを使う習慣もなければ、どういう用途に使うアイテムなのかさえ把握していなかった。
そもそも異世界にそんな便利な道具は無かったし、せいぜいが魔法による軍用の連絡手段しかなかった。まさか民間の日常会話程度に使用するなどという思考回路が無かったのである。
そして目の間に居る男は恐らく、
「まったく、相変わらずいくつになってもズボラなんだから。姉さん、いい加減自分で髪とか切るのもやめてちゃんと美容院に……綺麗に……あれ?」
「ふふふん、どうかしら? 綺麗になったでしょう?」
そう、先程レイカは食事を済ませた後、予約なしで入れる美容院でヘアカットをしてきたのである。
さっきまで亡霊のようにボサボサだった髪型も、今はくびれのつけた色気のあるロングヘアカットになっていた。
彼女自身の気品と相まって大人の魅力に溢れており、レイカの言う“綺麗になった”というのも、あながち自信過剰というほどでもないだろう。
それはカットを担当した美容師もこの変わりようにビックリし、レイカの美貌を大絶賛していたことからも窺える。
美容師からプライベートでの食事に誘われたこともあって、この出来にはレイカも大変ご満悦だった。
だからこそ、この弟クンも綺麗になったお姉様に驚き、諸手を挙げて喜ぶと思っていた――のだが。
「誰だ、お前……姉さんじゃないな……?」
「あら、どうしてそんなことを
レイカもまさか、ひと言交わしただけで玲華ではないと見抜かれるとは思わなかった。
とはいえ身体は玲華のままである。完全に違うというわけでもないし、これをどう説明したらいいのか分からない。そうして悩んでいる内に、龍斗はレイカの肩を掴んで詰め寄ってきた。
「しらばっくれるな! 見た目は確かに姉さんに似ているが、姉さんは冗談でも俺にそんな変な口調で喋ったりなんかしない!」
「ムム……随分と失礼なことを言うのね。それに私は私。レイカよ?」
「うるさい! 姉さんをどうしたんだ!!」
「そんなことを言われたって、私だって知らないわよ……そもそもこうなったのだって私のセイなんかじゃないし、この身体だってあの子から譲り受けたものなのよ?」
自分より身長の高い男に高圧的に責められたことで、流石のレイカも恐怖を感じてしまう。下手に誤魔化したりするよりも、ここは自身が知る限りの事情をありのままに伝えることにした。
異世界というワードから始まるレイカの説明が
「そんな……それが本当だとしたら、姉さんはもう……」
コンクリートの床にガクリと膝をつき、ショックで
そっと近寄り、龍斗の正面から優しく両腕を背中に回す。言葉は交わさず、ただ仄かに優しい石鹸の香りと自分のではない体温をお互いに感じ合う。
レイカは無意識に手を伸ばし、自分と同じふわっとした髪質を手で味わうように撫でた。
「やめろッッ! 姉さんの顔でそんなことをするな! 姉さんと同じ手つきで、俺を慰めようなんてするんじゃねぇ!!」
「……ごめんなさい。でもね、たしかに私の中の記憶にも貴方が存在しているの。貴女のお姉さんは一度亡くなってしまったのかもしれないけれど、私の中で――こうしてちゃんと生きているのよ……」
「そんな……くそぉ。ううっ、姉さん……どうして……」
そのまましばらくの間、この二人はアパートの部屋の前で抱きしめ合っていた。
龍斗ももう抵抗することもなく、レイカに身を任せているようだった。
やがて落ち着いたのか、泣き腫らした顔を腕で
「……それで、レイカさんは今後どうするつもりなんだ? このままここで生活をしていくつもりなの?」
「なに、急に
「……いやだ」
「もう、素直じゃないわね~。どうするもこうも、私はこの身体で生きていくしかないんだもの。日南レイカとして、新たな人生を楽しませてもらうわよ!」
すでに覚悟を決めてあるレイカは、日本での生活を
「でもレイカ……姉さんはお金とか持ってないだろ? お金が無いと生活ができないんだぞ?」
「そんなこと、私だって当然分かってるわよ! だから私、玲華の仕事を引き継ぐわよ!」
サイフの中身が少ないことからも、玲華に蓄えがそんなにないことは理解していたレイカ。それから帰宅するまでに記憶を整理しつつどうするか考えた結果がそれだった。
「はあっ!? そんなこと、本当にできるのか!? こっちの世界に来たばっかりだってのに!?」
「出来るわよ。元王妃候補を舐めないでちょうだい。なんなら龍斗、貴方が私の生活をサポートしなさいよ」
花嫁修業という名のスパルタを幼少の頃からこなしてきたのである。
社畜というものがどれだけ大変なのかはまだ身をもって経験をしていないが、多少のイビリやパワハラなんて百戦錬磨の大臣たちを相手にしてきたレイカなら負けはしない。むしろ正面から叩き潰してやる。
……とはいえ、ある程度の生活の補助やアドバイスは欲しい。だから龍斗が一緒に住んでくれると非常に助かるのだ。
「えええっ!? いやいやいや、俺は大学生だぞ!? 学校だってあるのに!」
「そんなの、この家から通えばいいじゃないの。あぁそうよ、私と一緒に生活すればお金も浮くし労力は減るしで良いこと尽くし! ん? もしかして、これが一石二鳥ってヤツなのね!」
オホホホホ、とわざとらしいお嬢様笑いをする
「いや、たしかに寮暮らしだからどうにかなるし、学校も歩いて通えるけど……マジかよ。この狭いアパートで……二人暮らし!?」
「なによ、なにか文句でもあるっていうの?」
「ひえっ!?」
もはや拒否は許さないといった
もう色々と嫌な予感しかしない、龍斗とレイカの同棲生活がこうして始まるのであった――。
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