3、想定読者を定める

◎読み手の既存知識に応じて、用語の選択や単語への説明を行うため



 読み手の既存知識に基づいたイメージ形成を心がけるためには、


「読み手の既存知識量を推し量る」


必要があります。具体的には、「想定読者」を思い浮かべることです。

 


 書き手と読み手の「社会属性&文化的経験」が離れるほどに、各自が持つ既存知識の種類や量は異なってきます。


書き手:女子高生

読み手:女子高生

舞台設定:現代日本の高校


 このような作品ならば、書き手と読み手の既存知識はほとんど等しいものと見做して良いでしょう。

 舞台設定の説明も「都内の高校」の一言のみで、ある程度共通したイメージを持つことかできます。


 読み手の既存知識に依存した作品は、書き手と読み手、双方にとって、負担の少ない作品です。

 書き手は、自分の身の回りにあるモノを、普段用いる言葉のとおりに書けばよく、読み手もまた、その内容が慣れ親しんだモノ、言葉であるために、容易に理解できます。


 ところが、読み手となる人々の既存知識は、時間が経つとともに、変容していきます。


 例えば、2000年代に流行った携帯小説は、まさに「書き手も読み手も女子高生、舞台も高校」といった作品が多くありました。

 しかし、その作品の多くは今や説明不足なものとなっています。


 再現すると、こんな感じの台詞のやり取りです。


「てか、ウチのカレシ全然デコメくれないんだけど。メッチャつまんなくない? ありえなくない?」

「チョーありえん。マヂ、ハートくらい付けろってかんじ」




 ……デコメって、私、デパコスの別称かと誤認していたので、おそらく高校生の彼氏さんがホイホイとデパコスなんか贈れんだろうが、と思ってました。


 すなわち、当時の女子高生社会を知らない私(読み手)にとって、作中世界はある種のファンタジー世界なんです。

 当時の携帯小説作家が、再び当時の女子高生の日常を描くとして、その想定読者を現在の10代女子としたのなら、


 スマホではなく、スライド式の携帯。大きなマスコットを提げ、デコメールを送りあう。

 スカートは短く、明るく染めた髪は丁寧に巻いて、ルーズソックスを止めるための靴下糊を常に携行している……


 ここらへんの文化は、読者の既存知識ではないことを前提に、書き進めていく必要があるかと思います。


 一方で、その想定読者を当時女子高生だった人々と定めた場合、デコメールがいかようなものかを改めて説明する必要はありません。


 同じ作家が、同じストーリーを書くとしても、想定読者をどんな人々とするかによって、作品中での用語選択や、単語の説明量を変える必要があるというわけです。



 歴史物、時代小説もまた同じではあるのですが、舞台設定を現実的なものに寄せるほど(ファンタジー要素を抜くほど)、


「作中時代の歴史風俗は、すなわち教養として読者の既存知識であるはずだ」


という著者の思い込みが、文面に現れがちな気がしています。


 想定読者を、同ジャンル同時代作品を多く読んできた人、と定めている場合は問題ないのですが、


「誰にでも読んでいただけます!」


と間口を広く取った作品が、


「京都大番役の任期を終えて、故郷但馬国へと帰った太郎だったが、領地はすでに、惣領たる父が急死したことを秘匿した叔父によって横領されていた。

 命からがら故郷を逃れた太郎は、問注所へと訴えに上がるため、東海道をひとり下った……!」


というような内容で単語への説明なし、となると、


「私、日本史の知識を試されている……?」


と思いながら読むことになります。



 せっかく書いた作品ですから、全ての人々に読んでほしい気持ちはわかります。

 けれども、そのとき想定した「全ての人々」の既存知識の上限値は、本当に作品理解に必要な程度に達するものでしょうか?



 新聞(大衆紙)はその想定読者を、義務教育修了者、すなわち「全ての日本人」と定めています。

 使用される漢字も、義務教育期間に習う常用漢字の他は、ルビを振ったり、ひらがなに直したり(漢字を開く、という)して、読者に期待する既存知識の上限値を超えた表記がなされないようになっています。


 報道は、情報を正確に伝えることを最大の目的としているので、想定読者に応じた語彙選択や表現内容の変更が行われているわけですね。



①読み手の既存知識量を推し量ること(想定読者の設定)


 これを、前回のまとめと統合して、


①伝えたいイメージを明確に想起すること

②読み手の既存知識量を推し量ること(想定読者の設定)

③読み手の既存知識に基づいたイメージ形成を心がけること


この三点を、文章を書くさいに気を付けたいこととして提示しておきます。

 

 難しいことではなく、例えば、幼稚園児へと交通安全を教えるなら、どのような言葉を用いるかと考えてみてください。

 対象者に応じた言葉の選択が、できていることだと思います。

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