第10話 飛行機外交
翌日、早めに起きた私は、無線電話で父王に連絡を通った。
「オヤジ、あのプランどうなった?」
『うむ、滞りなく進んでいる。まず、邪魔っけなファン王国がわが国に委譲されて議会も通った。残り四国も我が国に同調して併合される見込みだ。議会が開けたら承認されるだろう。あと数時間だ。特にファン王国は我が国を田舎国家とバカにしていたからな。愉快でたまらん。あとは任せよ』
「よろしく、他の面倒ごとは任せるって約束だからね」
『分かっておる。あと三日もすれば逡巡するだろう』
「じゃあ、よろしく!!」
私は無線電話の電源を切った。
「さて、これでよし」
私は笑みを浮かべ、まだ寝ているリナとパステル、スコーンを起こさないように気をつけて部屋を出て、階下の食堂に行った。
「さて、号外が早いか……朝刊は間に合わないな」
私は食堂でオバチャンが出してくれたコーヒーを飲みながら、その時を待った。
しばらくして、ふらっと立ち寄ってきた男性が身分証明証の束を置いて去っていき、私は全員分確認した。
「別にフィン王国を大きくしたかったわけじゃないけど、父王の首を狙われちゃ黙ってられないよね……」
私はコーヒーを飲み終え再び部屋に戻ると、全員分の身分証明証をこっそり入れ替え、古い身分証明証を魔法で燃やした。
「こればっかりは、ちゃんとしておかないとね。まあ、使う機会は滅多にないだろうけど」
私は苦笑して、自分のベッドに戻った。
もう一度眠って目が覚めると、部屋には誰もいなかった。
「あれ……十二時?」
私は腕時計をみて、頭を掻いた。
「よく寝たんだか寝不足なんだか……。みんなお昼かな」
私はベッドからおり、部屋の扉を開けると大小様々な金だらいが頭に落ちてきた。
「いって……誰よもう」
金だらいを見ると、(パステル)と書かれていた。
「やったな……まあ、いいや」
私は散らばった金だらいを蹴散らし、私は階下に下りた。
食堂は今日は定休日だったが、宿泊客だけは別だった。
みんなが勢揃いして、大皿に盛られたパスタを取り分けた形跡を見ながら、私は苦笑した。
「おはよう、ここのパスタは定休日だけしかでないよ。材料に拘りすぎて、取り寄せるののが大変でね」
「おはようございます。マリーの分はそこに取り分けてあります」
私はテーブルの隅に置かれた自分のパスタを急いで食べ、パステルの頭を引っぱたいた。
「やったな、この!!」
「はい!!」
パステルが笑った。
「暇だよ、これからどうするの?」
パスタのソースをナプキンで拭きながら、スコーンがブー垂れた。
「ちょっと待ってて……」
私は宿の扉を蹴り開け、町の入り口までいくと、街道は大渋滞でこれまでは見なかった車の姿も見えた。
「あーあ、急ぎでやったから、大渋滞だよ」
私は衛星電話を取り出した。
「おい、オヤジ。街道が麻痺してるぞ。全軍投入で交通整理しろ!!」
『分かっとるわい。あと三十九分もすれば全軍が機能する。ちょっと待っとれ!!』
私は衛星電話を切り、しばらく様子を見ていると、様々な色に塗られた街道パトロールのパトカーやら馬やらがやってきて、交通整理を開始した。
「あっ、さすがに早い。これで、もうちょっとで旅が出来るね」
私は笑った。
再び宿に戻ると、私はテーブルに座ってコーヒーを飲んだ。
「ねぇ、ビスコッティ。解剖させて、暇だよぉ!!」
「嫌です。ビシバシしますよ」
スコーンが椅子の上でバタバタしながら、ビスコッティが宥めていた。
「あの、五カ国がくっついて一国になったって本当ですか?」
パステルが近寄ってきて問いかけてきた。
「うん、ホント。もう少しで正版の地図が届くから、ちょっと待ってね。
私が笑みを浮かべると、パステルがニヤッと笑みを浮かべ、背負っていた地図の旧版を私に返した。
「よっと、これは参考資料……」
私はパステルから地図を収めた書簡を傍らに置き、「開けるな危険」というラベルを貼った。
「みんな、街道が珍しく大渋滞だから、暇つぶしに空港でも行く。ちょうど、王家専用機がきているはずだから見物にいこう」
「王族専用機なんてあったんだ。このボロッコイ国に。興味あるな」
パトラが小さく笑みを浮かべた。
「うん、いく!!」
スコーンが笑った。
「それより、戦闘機とかないの。ボロくてもいいから操縦したい!!」
リナが笑った。
「あるよ、今移動中だって。なにせ民間空港だから、規制が厳しくてね。ハリヤーだけどいい?」
「えっ、あのポンコツジェット野郎があるの。乗る!!」
リナが笑った。
「よし、みんないい。もうすぐ、チヌークヘリコプターがバタバタくるはずだから」
私は笑った。
十分後、ズドドドという重低音を響かせながら、町の広場に巨大なチヌークヘリコプターが降りてきた。
「ほら、きたよ。いこう」
私たちは準備を済ませ、宿から外に出た。
小さな町の広場に器用に着陸した、チヌークヘリコプターの機体側面の乗降口から機内に乗り込み、私たちは壁際のシートに座わってベルトを締めた。
エンジン音が響き渡り、ヘリコプターは離陸すると左に急旋回し、さらに右に急旋回した。
ほんの僅かなフライトの後、空港のヘリポートに着陸した。
「ここからは、ちょっとだけバスね。みんな、悪いけど専用機についたらお着替えセットががあるから着替えてね。ちゃんと、スタイリストもいるから」
私は笑った。
「お着替え?」
リナがニヤッと笑った。
「ついでに空のドライブね。危なくないから」
私は笑みを浮かべて。
「えっ、どっかいくの!?」
スコーンが無邪気に笑顔を浮かべた。
「うん、散歩みたいなもんだよ。ところで、歯が微妙に痛いんだけど直せる?」
「うーん、ビスコッティ?」
「無理です。歯は歯科の領域です。誰か歯科医いますか?」
ビスコッティが声を掛けると、パトラがやってきて小さな薬瓶を手渡した。
「痛み止め。ちゃんと歯科医に掛かりなよ」
「それじゃ、終わったらスラーダの所に行こうか。ありがとう」
私は無線電話をとり、番号キーを押した。
『発アレ 着スラーダ BUT675 5000』
『発スラーダ 着アレ BUT750 INT』
私は衛星電話の電源を切り、小さく笑みを浮かべた。
「……さすがに、手早いね。よし」
私は座席から立ち上がり、念のため鞄の中の拳銃を確かめ、腰の後ろに挿した拳銃の残弾数を確認した。
「よし、みんな準備出来たらいくよ!!」
私は笑った。
ヘリポートからバスで駐機場に向かうと、ピカピカに磨かれ垂直尾翼にフィン王国の国章が描かれた大型四発機が静かに駐機されていた。
「これが王室専用機。中古だけど整備とか清掃はしてあるから」
バスはそのまま駐機場を抜け、ターミナルビル入り口に到着した。
「入り口で簡単なセキュリティがあるけど、その赤い身分証を提示すれば大丈夫だから」
私は椅子から立ち上がり、十二人でゾロゾロとバスから降りた。
ターミナルビルに入り、ボーディングブリッジの入り口に立っていた、黒スーツの男性に身分証明証を提示すると、閉じていた自動改札口の扉を開けてくれた。
みんなが無事に通過すると、私たちは王家専用機に乗り込んだ。
機内に入ると、さっそく待機しいてた王城からやってきた侍女たちが挨拶してきた。
「髪の毛整えてスーツに着替えるだけだから、更衣室は後ろだよ」
私は笑って髪型を整えてもらい、後方の更衣室でモスグリーンのパンツスーツに着替え。適当な窓際の座席に座った。
「ここからだと、フラップの動きがよく見えるんだよね。マルチステロッドフラップの動きがビヨンビヨンと……」
私が呟き、アイリーンとパトラが操縦席にいたパイロットを追い出し、そのまま小さな扉を閉めた。
パトラが隣に座り、痛み止めの小瓶をくれた。
「気圧変化で痛むかも知れないから。里の歯科医は優秀だから、安心して」
「ありがと。キュウリ食べる?」
私は鞄の中に入れていた、一本漬けパックをパトラに差し出した。
「ありがとう。しかもこれ、あの便利商店のヤツじゃん」
パトラが器用に封を開け、中の汁を飲んでからバリバリ食べはじめた。
「本当にキュウリ好きだねぇ。私もだけど、歯が……」
私は苦笑した。
「うん、里で治したら私の畑に連れていってあげる。みんなも一緒に塩キュウリ食べよう」
パトラが笑みを浮かべた。
「それいいね。あのやたら長いヤツでしょ。百メートルまでで止まるって聞いたけど、さすがエルフの魔法だね」
「うん、これもう一つない?」
「あるよ。あとで、みんなにワゴンサービスで提供予定だから、離陸まで待ってね」
私は笑った。
コルポジ空港を無事に離陸した王家専用機は順調に高度を上げ、高空で水平飛行に入った。
安定した飛行を続ける王家専用機は、時折成層圏まで発達した雲を貫き、時々旋回しては黒い積乱雲を避け、平和な機内ではキュウリサービスが行われていた。
「みんな、パックはハサミで切ってね。歯で食いちぎると折れるかもしれないくらい固いから」
私は笑った。
しばらく水平飛行を続けた王家専用機は、緩やかに降下しはじめた。
「さて、コロン国際空港が近づいてきたね。みんなはリラックスしてて。機内食とか積み込むから、しばらく駐まるよ」
ポーンと音がなり、禁煙マークとベルト着用サインが点灯した。
飛行機の高度が下がり雲の層を抜けると、天候は小雨だった。
「雨か。あんまりいい感じじゃないね。まあ、書類交換だけだし」
私は空いている隣席で書類を確認して順序よくまとめ、黒いファイルホルダに挟んで綴じた。
その間にも飛行機は降下し、眼下に広がる地上の光景が見えてきた。
やがて、飛行機はコロン国際空港に着陸し、スラストリバーサを一瞬吹いてゴンゴンいう振動と共に、滑走路を走っていった。
滑走路の中程で高速誘導路に捌け、そのまま速度を落としながらターミナルビルに近寄っていった。
飛行機が駐機場に止まり、私はベルトを外してファイルフォルダを持って、機体前部の乗降口に向かった。
待機していた黒服が扉を開け、ボーディングブリッジで待っていた国王の使者とファイルフォルダを交換した。
受け取ったファイルフォルダの表紙にフィン王国の国章が押されている事を確認し、私は握手して席に戻った。
「これでよし。あと、四国。ここで二時間ステイだから、キュウリでも食って少し休むか」
私は飛行機の扉が閉じられた事を確認し、自分の席に戻った。
「さて、一国目終わり。一日で回れって、私のアイディアだけど、こりゃキツいわ」
私は次の国の資料を纏めながら、小さく笑みを浮かべた。
全ての国を回り、秘書箱に四国分のフィン王国国章入りファイルを収めて鍵を掛け、飛行機はフィン国際空港に着陸した。
「みんな、ちょっと演技して。ただ黙って、私の後をついてくればいいから、協力してね」
私は席から立ち上がったみんなに声を掛けた。
「分かったけど、痛くない?」
スコーンが心配そうに声を掛けてきた。
「歯は大丈夫だよ。よし、面倒ごとはさっさと片付けようか」
私たちは一呼吸おき、全部の乗降口に向かった。
六人ずつ横二列に並びタラップを下り始めると、カメラのフラッシュが焚かれ、そのまま静かにタラップを降りて、地上にいたオヤジに秘書箱を預けた。
オヤジが頷いて引き下がっていくと、取材陣も一斉に引き、今度はオヤジに群がった。
「よし、帰るぞ!!」
私たちは隊列を組んだまま、一斉に駐機場を走ると、機体後部にこっそり付けてあったタラップを一気に上り、機内に飛び込むとそのまま更衣室に飛び込んで平服に着替えた。
「よし、ありがとう。これで、新フィン王国が出来たよ。キュウリ食べよ!!」
みなが席につき、飛行機がプッシュバックされると、隣に笑みを浮かべたビスコッティが笑って葡萄酒の瓶を私に差し出し、そのままスコーンの隣に戻り、結界合戦を開始した。
エンジンが甲高い音を立てて飛行機が動き出し、最優先で誘導路を悠々と進みながら滑走路に入ると、一気に加速して離陸していった。
「みんな、スラーダーの里まであと一時間だよ。はぁ、疲れた……」
私は最大までリクライニングしようとして、慌ててやめた。
飛行機はそのまま順調に夜闇の中を飛んでいった。
体感的にはすぐに飛行機は降下に入り、暗闇の森の中にある滑走路に向かった。
カタカタと揺れる機体は、程なくコンという衝撃が走り、スラストリバーサの轟音が響く中を夜闇の中、突き進んだ。
しばらくして、機体は停止しゆっくりと動き出して、ほのかな明かりに照らされた駐機場に入って止まった。
「さてと、スラーダは………忙しいか。パトラに任せよう」
私は座席ベルトを外し、リクライニングを全開にして、そこら中痛い体をそっと伸ばした。
しばらくして、平服のアイリーンとパトラがコックピットから出てきて、笑みを浮かべた。
「よし、全員揃った。里に行こう。パトラ、パステル。頼んだよ!!」
私は笑った。
パトラとパステルの先導の中、夜の森を歩いていくと、普通のイタチが前方を通過していった。
「この道は安全だよ。滑走路作る時に、みんなで切り拓いた場所だから」
明かりの光球が照らす中、パトラの笑い声が聞いた。
一時間ほど進むと、青白い光りに包まれたスラーダの里が見えてきた。
「防御結界か……一瞬だけ頭が痛くなるんだよね」
私は苦笑した。
結界の膜を潜り、里の中に入ると、パトラが私の手を引っ張って、歯科医院の看板が出ている建物に導いた。
「おや、珍しい時簡にきたね。パトラ、また虫歯かい?」
「うん、どっか痛い。ついでに、こっちも痛いらしい!!」
パトラが笑った。
「よし、診てみよう……」
歯科医は呪文を唱え、私とパトラの体が青く光った。
「パトラは歯が抜けて、こっちは歯槽膿漏でちょっと歯が浮いて……」
歯科医が頷きながら、さらに呪文を唱えた。
パチッと光りが飛び散り、私の歯の痛みは治まった。
「相変わらず、いい腕してるね!!」
私は笑った。
「うん、私も直った。キュウリのパックをかみ切ったせいだね」
パトラが笑った。
私は二人分の治療代を支払い、建物の外に出ると、みんなはさすがにヘトへとでへたり込んでいた。
「みんなゴメン。本来ならここでマルシルの家にお泊まりしたいところなんだけど、あんなデカ物置いておいたら迷惑だから、コンポジの町に戻るよ。大丈夫」
「うん、大丈夫だよ。さっき、アイリーンに疲労回復薬飲んでもらったから、もう効くよ」
パトラが笑った。
「ありがとう。よし、頑張って帰ろう。宿に帰れば寝られる!!」
私は笑みを浮かべた。
王家専用機でコンフェデ空港に到着すると、馬屋さんがせっせと世話をしていたくれて駐機場まで連れてきてくれた馬に乗り、私たちはコンポジの町に戻った。
宿に帰ると、みんなヘロヘロで部屋に入り、私は自分のベッドで拳銃の手入れをしてから横になった。
「これぞ、ガンヘッド大隊、ミッション完了せり。だね」
私は苦笑すると、そのまま目を閉じたのだった。
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