第9話 森林散策

 翌朝、明け方まで降っていた雨が上がると、私たちは部屋の扉に鍵を掛け、空港に向かってゆっくり馬を走らせた。

「さっきもいったけど、今日はスラーダの里で増えすぎたゴブリンの間引きだからね。気合いれ過ぎないように、頑張ろう」

 私はトークボタンを押して、みんなに声を掛けた。

『……究極、究極』

 なにを間違ったか、スコーンの声がインカムに飛び込んできた。

「スコーン、トークボタンを押しっぱなしにしないでね。他が聞こえないから」

 私は笑った。

 程なく空港に着くと、私たちはそのまま馬ごと待機していたフィン王国海兵隊のチヌークヘリコプターに乗った。

 私たち十二に名に加え、馴染みの馬屋のクランペット&アリサに加え、海兵隊員二十名を乗せたチヌークヘリコプターは、予定通りの時刻にコルポジ空港を離陸した。

「ねぇ、ヒント教えて!!」

 機内両サイドにある壁際の固い椅子から立ち上がり、スコーンが私の目の前の床に座って問いかけてきた。

「パトラ、もう忌名を明かしてもいいでしょ。いつまでもカバーネームじゃよそよそしくて嫌でしょ?」

 私は隣のパトラを小突いた。

「………うん、誰も呪縛かけたりしないよね。エルフが多いから」

 パトラが俯き加減にため息を吐いた。

「するなら、今すぐやってるよ。パトラか、いい名だね」

 アイリーンが笑った。

「………………そう、よかった。みんなお願いね」

 パトラが小さく頷いた。

「妙に語呂が悪いと思っていたら、ラパトとじゃなくてパトラだったんだ。よろしく!!」

 スコーンが笑った。

「……うん、面倒だからいいや。みんな、これからはパトラと呼んでね!!」

 パトラが笑みを浮かべた。

「はい、これでスッキリした。私はパトラって呼んでたから、やりにくくてね。コイツとは旧友に入るのかなって感じだったから」

 私が笑った時、機体が大きく旋回して、床に座っていたスコーンがコロコロ転がっていった。

「あーあー……ちゃんと座ってなきゃダメだよ。ちなみに、ヒントは『究極ってなに?』だよ」

「イテテ、やっぱり究極……研究する」

 スコーンが匍匐前進で床を進んでいくと、機体がまた大きく旋回して、転がっていったスコーンがアイリーンに激突した。

「……結局、究極、究極」

 結局、適当な空き席に座ってベルトを締め、スコーンはノートを開いた。

「あ、あの、手当しましょうか?」

 シルフィがそっと声を掛けた。

「うん、痛そうな音がしたから……」

 アメリアは呪文を唱えた。

 機内全体が青い光を放ち、エンジンの回転音が高くなった。

「……あれ、強すぎた。

 コックピットから聞こえるアラームの中、アメリアが頭を掻いた。

「えっ、機械にも効くんですか?」

 シルフィが目を丸くした。

「うん、実家の畑にあったポンプをよく直していたから。呪文間違えちゃった。でも、これでこの機体と乗員全ての怪我が治ったはずだよ」

 アメリアが笑った。

 コックピットからのアラームが消え、ヘリコプターは順調に飛行していった。


 約二十分のフライトを終え、スラーダの里の広場に着陸すると、私たちは馬を機内に残してヘリコプターから降りた。

 先に同乗していたフィン王国海兵隊員が森に散っていき、私は衛星電話のディスプレイを確認した。

「よし、予定より五分早いね。夕方までには片付けないと」

 私は無言でパステルにコピーした地図を渡し、軽く肩を叩いた。

「……えっと、こちらですね。分かりました」

 パステルが、私が渡した森の地図を抜粋したものに、色々書き込みを始めた。

「あっ、そこは行かない方がいいよ」

 それを一緒にみていたパトラが、パステルに指摘した。

「分かった。森の南西部には近寄らない方がいいんだね……」

「うん、たまに他の里の偵察隊が潜んでいる事もあるんだ。あと、アメリアとシルフィ、神聖魔法が使えるのはどっちだっけ?」

 パトラが笑みを浮かべた。

「はい、私です。どうかしましたか?」

 シルフィが笑みを浮かべた。

「うん、森に入る前に魔除けをお願いしたいんだけど。私もエルフ式は出来るから、一緒にやっておこう」

「分かりました、では……」

 シルフィとパトラの呪文が唱和し、魔力光が弾けた。

「これでいいよ。ありがとう」

「いえいえ」

 パトラとシルフィが笑みを浮かべた。

「森か……火炎系はダメだね。水系あまり自信ないんだよね……」

 リナが唸るようにいった。

「そんなに気負わなくて大丈夫。この辺りは、せいぜいはぐれゴブリンしか出ないから、魔法より蹴り倒した方が早いよ。

 パトラが笑った。

「なに、そんなの退治に呼ばれたの?」

 スコーンが不満そうにいった。

「違うよ。動物好きでしょ。野暮な戦闘は野郎どもに任せて、森林散策にしけ込もうって算段だから」

 私は笑った。

「そうなの、マグロ……じゃなかった、キリンとかいる!?」

「それはいないかな。鹿とかイノシシとか、まあ、そんな感じ。嫌?」

「鹿は見たことないな。楽しみ!!」

 スコーンが笑った。

「パステルの準備が出来たらいこう。念のため、各自武装を確認して。こら、アイリーン。いきなりナイフ二本抜いて構えない!!」

 私は拳銃のマガジンを抜いて残弾をチェックし、アサルトライフルのマガジンをセットした。

「あっ、マグロで思い出したけど、たまに浮遊マグロって変なのがいるのは気をつけて。大きな水球に包まれてて光ってるからすぐ分かると思うけど、手出ししない限りはウロウロしてるだけ。手出ししたら、時速二百五十キロ以上で突っ込んで自爆をするから、堪ったもんじゃないよ。私は一度痛い目をみた」

 パトラが苦笑した。

「ああ、噂のあれね。みたことないけど、どんな変な物体なのか見てみたい気がする」

 私は笑った。


 パステルとアイリーンの先導で森の中に入った私たちは、灌木を掻き分けて中に進んでいった。

 みんなに配ったビノクラで、スコーンが真剣な様子で森の中を進んだ。

「この様子じゃ肉眼の方が早いと思うよ。そもそも、これじゃ観察どころじゃないでしょ。気合い入れすぎだよ」

 私はスコーンの肩を叩いた。

「うん、木しかみえない。まだ、使い方が……」

 私はスコーンが差し出したビノクラをみて、暗視モードに入っていたスイッチを切った。「倍率はあまり弄らない方がいいよ。わけわからなくなるから。ちょうどいいところを自分で調整したら、基本的には動かさない。いいかな?」

「分かった。えっと……」

 ビノクラを弄り始めたスコーンに笑みを送り、私たちは森の奥に進んでいった。

 灌木帯を抜けると、静かで薄暗い森が広がっていた。

「……ゴブ」

 いきなり五体のゴブリンが出現し、隣にいたアイリーンがナイフすら抜かずに突っ込み、一体に派手な蹴りをお見舞いして吹き飛ばし、残り四体をあっさり投げ飛ばした。

「はい、お疲れ。さて、くらくなったね」

 私は最低限の光量に抑えた光球を一つ作った。

「……あっ、呪文間違えた」

 私が呟くと同時に、スコーンとビスコッティが光球の観察を始め、ビスコッティが慎重に聴診器を光球に当てた。

「………拍動ありません。ご臨終です」

 ビスコッティが両手を合わせた。

「ねぇ、これ切っても平気そうだよ。メスを……」

 スコーンが手を触れると、光球が五色に分割して光った。

「うぎょ、なんだこれ!?」

 スコーンが楽しそうに光球の切断を始め、リナがそっと触れるとピンク色に変わった。

「なんだこれ、私が分からん」

 私は苦笑した。

「これ、浄化した方がいいですよ。このまま放置すると『魔』を呼ぶかも知れません。

 アメリアが苦笑した。

「まあ、しばらく遊ぼう。私はみているよ」

 私は苦笑した。

「うぎょ、切ったらまだら模様。なんだこれ?」

「師匠、その真ん中の……」

「なんだろ、これ。蹴飛ばしてみようかな」

 パトラが笑った。

 やがて、バラバラになった光球が周囲に散らかり、みんなが遊び飽きると、私はキャンセルの呪文を唱えた。

 しかし、光球は消えず。バラバラになった破片が一つの光球になり、アイリーンがパンチをぶち込むと、普通の光球となって低光量でフヨフヨ漂った。

「直したよ!!」

 アイリーンが笑った。

「ナイス、『ハウンド・ドッグ』」

 私は笑った。

「久々に聞いたよ。あんまり好きじゃないけど、愛着があるコードネームだからね」

 アイリーンが笑った。

「よし、直ったしいこうか。森は広いよ」

 私は笑った。


 しばらく進むと、動物の気配がして私はハンドシグナルで実を低くするように指示を出した。

 木立の間に大きな鹿が立っていて、本来なら雄鹿の角に当たる部分が派手にピカピカ光っていた。

「……ピエゾ管オオジカです。光っているということは、発情期ですね」

 パトラが小声でいった。

 しばらく見ているうちに、点滅していた光りが直光になり、別の頭に光りを点した鹿が体をぶつけ合って、争いごとを始めた。

「あっ、喧嘩……」

 スコーンが小声で呟いた。

「喧嘩は喧嘩だけど、縄張り争いだから必要な事なんだよ。あれ、目立つから乱獲されちゃって、数が減っちゃったからラッキーだよ」

 パトラが笑みを浮かべた。

「あれ、持って帰りたいね。冗談だけど」

 リナが小さく笑った。

「あれは『魔』ではありません。変ですが、変ですね」

「はい、健全な生物です。問題ありません」

 アメリアとシルフィが小声で笑った。

 体をぶつけ合っていた二頭が、しばらくして同時に離れていった。

「引き分けだね。珍しい」

 パトラが笑った。

「……あんまり喧嘩は好きじゃないけど、必要なんだ」

 スコーンが呟いた。

「よし、いこうか。また変なのがいるかもしれないよ」

 私は笑った。


 数時間森を進んでいくと、巨大な水球に包まれたマグロが突然木立の間から三体出現した。

「あっ、浮遊マグロ。気をつけて!!」

 私は拳銃抜いて、大事を取った。

「あれが、浮遊マグロだよ。音は聞こえないけど、強い光は出さないで。それだけで、反応して突っ込んでくる可能性があるから」

 パトラも拳銃を抜いてハーフコックでスライドを止めた。

「……やっちゃう?」

 アイリーンが小さく呟いた。

「ダメ、一体ならともかく三体もいたら、被害が大きいから」

 私はアイリーンを制し、呪文を唱えた。

 放たれた氷の矢が三体の水球を凍り付かせ。フワフワ浮いていた浮遊マグロの動きが止まった。

「今のうちに移動。三十分はもつはずだから」

 私たちは、速やかにその場を離れた。

「……倒しちゃったの?」

 スコーンが小さな息を吐いた。

「違うよ、いわば麻痺させただけ。氷が溶ければ、あとは勝手にフヨフヨしはじめるから。あれは、倒しちゃダメ。『魔』に限りなく近いけど、魔物じゃないし、もう百匹いるかどうかっていわれてるからね。もし倒しちゃったら、スラーダにゲンコツ食らうよ」

 私は笑った。

「そっか、ならよかった。むやみに攻撃魔法は使うべきじゃないからね」

 スコーンが小さく息を吐いて、微かな笑みを浮かべた。

「さて、まだ時間あるし、もう少し散策しようか。……あっ、はぐれゴブリン!!」

 こうして、私たちは森の散策を続けた。


「なにこの、ネオン管バカタレイモイノシシって、体にわざわざ緑色で『我関せず』とかピカピカ表示させちゃって!!」

 スコーンが大はしゃぎで、スケッチや自分で撮った動画を見ながら笑った。

「よし、もう日が傾く時間だし、そろそろ森をでようか。堪能出来た?」

「うん、楽しかった!!」

 スコーンが笑った。

「みんなもいいね。これ以上進んじゃうと、暗くなっちゃうから」

 みんなが頷き、私たちはパステルとアイリーンを先頭にして、森から灌木帯を抜け、里の広場に駐機中のチヌークヘリコプターに乗り込んだ。

 エンジンが始動し、機体が上昇を始めると、コルポジ空港に向けて飛行を開始した。

「着く頃には夕飯だね。今日は、確かサービスデーだったような……」

 私はくらくなる機窓の景色を見ながら、小さく笑みを浮かべた。


 夜のコルポジ空港に到着すると、私たちは馬で町へと向かっていった。

 暗くなった街道を少し走り町の中に入ると、私たちは奥にある宿に向かった。

 馬を入り口で留め中に入ると、食堂からいいに匂いが漂っていて、ほぼ満席の状態だったが、オバチャンが気を回してしっかり人数分のテーブルを確保していた。

「おかえり、いつものでいいかい?」

「うん、それが狙いだから。みんな、安心して。ちょっと美味しいハンバーグだから」

 私は笑った。

 全員がテーブルにつき、しばらくして小ぶりのハンバーグが運ばれてきた。

「では、頂きます!!」

 私は声を掛け、みんながハンバーグを食べはじめた。

「うん、美味い……」

 私は合間にパンを挟みながら、デミグラスソースたっぷりのハンバーグを平らげた。

「オバチャン、お酒!!」

「あいよ」

 オバチャンがみんなの空いた食器を片付け、グラスを並べると葡萄酒をサーブしはじめた。

「ありがと、じゃあみんな飲むよ!!」

 私は笑った。


 部屋に戻ると、真っ先にパトラが飛び込んできた。

「ねぇ、なんで本名明かしちゃったの。呪縛食らったら……」

「あのね、もう対策してるでしょ。自分がエルフだって事忘れてないよね」

 私が苦笑すると、パトラはハッとした顔になった。

「そういえばそうだった。でも、他にもあれこれやっておかないと!!」

 パトラが部屋から飛び出ていった。

「呪縛ねぇ……エルフの因習も困ったもんだ。ほとんど形骸化していて、役に立たないって調べてあるんだけどな」

 私は苦笑したのだった。

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