第8話 炭酸泉
私たちを乗せた輸送機は、フィン王国南東部の中核都市のコンファラに新設されたコンファラ国際空港に向かって飛行していた。
私は席を覆うようなカバーの窓を開け、あえてそうしているカセットテープをウォークマンで聞きながら、マルシルとパラトが運んでくれたお酒を飲んでいた。
輸送機は順調に進み、島を発って約六時間後に緩やかに降下を始めた。
程なくトンという衝撃と共に滑走路に着陸した機体は、一気に減速すると誘導路に入って駐機場に入った。
「さて、着いたよ。お疲れさま」
私はみんなに声を掛け、輸送機の後部に留めてあった自分の馬に前から近づいて軽く首を撫で、手綱を引いて機内から出た。
「長旅お疲れさま!!」
私は下りて来たみんなに声を掛けた。
「まだ北部はダメっぽいから、どこにいこうか。パステル、どこかオススメの場所がある?」
「はい、確かに北部はダメですね。南東部……」
パステルが使い込んだ地図帳を拡げた。
「そうですねぇ……。この調子だと平野部しかだめでしょうし、なんだかんだでゆっくり浸かれなかった温泉で、ゆっくりするというのはいかがですか。近くに無料の共同浴場があります。何度かいった事がありますが、露天でいい場所ですよ」
パステルが笑みを浮かべた。
「そうだね。ゆっくりしてから、ショボいけど動物園いく?」
私は笑みを浮かべた。
「動物園あるの!? いく!!」
スコーンが笑った。
「よし、その共同浴場は寄った事がないけど、どのくらいかかる?」
「はい。雪もないですし、一時間くらいですね」
パステルが頷いた。
「じゃあ、みんなこれでいい?」
「あの、安全ですよね?」
シルフィが問いかけてきた。
「公営の浴場だから衛兵も一人いるし、大丈夫だと思うよ」
私が答えると、シルフィが笑みを浮かべた。
「分かりました。安心しました」
シルフィが軽く頷いた。
「温泉かぁ、そういえばゆっくり入ってなかったな」
ラトパが笑った。
「あたしもだよ。ナーガと昆布だかワカメだかをひたすら採っただけだし!!」
リナとナーガが笑った。
「よし。それじゃ、先にこっちにきているはずのアイリーンを待っていこうか」
私が笑うと、マンドラが鞄を開けて、ゴソゴソやり始めた。
「マンドラ、男女別。水着はいらないよ」
「あっ、そうなの。私にとっては珍しいから、先に教えてよ」
マンドラが鞄を閉じ、小さく苦笑した。
先に到着していたアイリーンと合流し、私たちは空港から出ると、隊列を組んで街道を走った。
比較的温暖なこの地域はそれなりに栄えているので、村や町は比較的多かった。
「……どうしようかな。人数も増えたし、どこか拠点を作りたいな。コルポジならいいか。通行税も取らないし、知っている宿もあるし」
私はトークボタンを押した。
「パステル、二つ先のコルポジで一度止まって。みんな、宿が欲しいだろうし」
『分かりました。コルポジですね』
私たちの隊列は、街道を南に向かって進んだ。
途中の村の前を掛け抜け、中規模の街に並ぶ入街審査の列を見送り、私たちはコルポジを目指した。
およそ三十分後、素朴な柵で覆われた大きめの村という町に到着すると、パステルを先頭に、馬ををゆっくり歩かせてから止まった。
私はトークボタンを押し、パステルに先頭を変わるようにお願いした。
「まずは宿を確保しよう。ついてきて」
私は隊列の先頭に立って、ゆっくり馬を歩かせた。
町の外れにやや大きめの宿があり、『火吹きドラゴン亭』という看板が下がった宿の前で止まった。
「ここだよ。何回か泊まったけど、悪くないよ。一階はささやかな食堂兼酒場になってるし」
私は馬から下りた。
「みんな、ここでよければ貸し切っちゃうよ。旅する人が珍しいし、たまに商隊が休憩で泊まるくらいだから、オバチャンも喜ぶよ」
私は笑った。
「はい、いいと思います。見たところ、いい宿のようですし、町も平穏でいい感じです!!」
パステルが笑みを浮かべた。
「じゃあ、いこうか」
私は先に宿に入り、カウンターで新聞を読んでいたオバチャンに声を掛けた。
「おや、久しぶり。宿泊かい?」
「うん、それなんだけど、十二人いるから可能なら貸し切り出来る?」
私は笑みを浮かべた。
「うん、そうだね。このところ宿泊のお客さんはいないし、こっちとしてはありがたいから構わないよ。月十万クローネでいいかい?」
「割安だね、いいよ。これ」
私は料金を支払い、四部屋分の鍵を受け取った。
「よし、確保できたか」
私は宿の外に出ると、適当に部屋の鍵を配った。
「全部屋貸し切ったから、どの部屋でもいいよ。まあ、家みたいなもんだね。もう一ヶ月分は支払ったから、あとは割り勘ね!!」
私は笑った。
改めて店内に入ると、宿のカウンターを抜けた先は大きすぎず小さすぎずという感じの、食堂になっていた。
ちょうどお昼の時間なので、テーブルはそこそこ埋まっていた。
「まずは部屋を見ようか」
私はカウンターの脇にある少し狭い階段を上り、手にしていた鍵の一部屋の扉を開けた。
中はベッドが四つ置かれ、決して広いとはいえないが、素朴な感じの内装に整えられていた。
「あと三部屋使いたい放題だから、適当に余計な荷物を置いてみたり、まあ、ぶっ壊さない程度に、好きに使おうか」
私は扉を開けたついでに中に入り、杖とライフルを壁に立てかけて身軽になった。
「他の部屋もこんな感じ?」
スコーンが鍵を手にして笑った。
「同じだよ。ちょっとベッドが硬いかも知れないけど、そこは慣れてね」
私は笑った。
「じゃあ、みにいこう」
スコーンは隣の部屋の鍵を開け、パステルとマンドラ、ラパトがそれぞれ鍵を開け、私に纏めて鍵を預けてくれた。
「さてと、荷物を片付けて落ち着いたら、ついでに下でご飯にしようか」
私は笑った。
階下の食堂に行くと、お昼のピークも過ぎて客はほとんどいなかった。
「ちょうどいい頃合いだね。十五時まではランチの時間だから、メニューは少ないけど安いよ」
私たちは四つのテーブルに分散して座り、同じ席にはパラト、マルシル、ナーガが座った。
「はいよ」
しばらくすると、大皿に盛られたポトフが運ばれてきた。
実はこの食堂、ランチの時間はポトフしかメニューがなく、あとはサイドで適当にいくつか小鉢が付く程度だった。
「ここは、通称『ポトフ野郎』っていわれるくらい、ポトフが美味しいお店なんだよ。ディナーは、もっとメニューが増えているからね」
私は小さく笑みを浮かべた。
「そうなんだ。ディナーって何時から?」
ソーセージを囓りながら、ラパトが問いかけてきた。
「十五時でいったん閉じて、十七時に開くよ」
「そうなんだ、これ美味しい……」
ラパトが満足そうな笑みを浮かべた。
「初めてみる料理ですね。頂きます」
ナーガが小皿に取り分けて、ポトフを食べはじめた。
「いい匂いですね。人参はちょっと苦手ですが、このマンドラコラは美味しそうです」
マルシルがマンドラゴラを囓りながら、笑みを浮かべた。
「オバチャン、ガーリックライス十二人前!!」
「あいよ、そういうだろうと思って、もう作ってるよ」
オバチャンが順次テーブルにお皿を配り始め、ガーリックとバターのいい香りが鼻をついた。
「これが、ここの裏名物。オバチャンと顔見知り以上じゃないと出してくれないんだよ」
私はスプーンをガーリックライスの皿に差しこんだ。
「これ美味い、もっと食う!!」
パトラが私の皿を奪い取り、ガツガツ食べはじめた。
「どう、気に入った?」
私は笑った。
昼食を終えると、私たちは宿の外に出た。
「パステル、共同浴場の場所は大丈夫。ここから二十分も掛からないけど……」
「はい、任せて下さい!!」
パステルが笑みを浮かべた。
「よし、じゃあいこうか」
私たちは馬に跨がると、パステルを先頭に町から出て街道を走り始めた。
希にいる徒歩の旅人の集団を追い越し、街道状で喧嘩していたゴブリンを宥めたり、重戦車の列とすれ違ったり、街道は相変わらず平和だった。
しばらくいくと、パステルが速度を落とし、馬を歩かせるような感じで、街道に面した共同浴場に到着した。
敷地内に入ると、建物入り口で警備している衛兵二人がこちらに軽く一礼した。
「さて、料金は払っておくよ。先にいってって」
みんなが中に入ると、私は守衛の一人から封筒を受け取った。
「あれ、またなんかったの……」
私は衛星電話の電源を入れた。
しばらく待つと、ディスプレイに文字情報が表示された。
「……ったく、最近のバカどもは。お風呂入って戦闘か」
私は苦笑して、十二人分の料金十二クローネを払って中に入った。
女風呂の脱衣所に入ると、みんなが服を脱いでいた。
「マグロ!! マグロを探す!!」
「マグロはいません。天然泉なので、温水生のメダカはいるかもしれません」
スコーンとビスコッティの声が聞こえ、パステルがゴーグルを頭につけていた。
「泳ぎます!!」
「まあ、泳いじゃいけないって規則はないし、他に誰にもいないみたいだからいいけど、誰かきたらやめなよ」
パステルが笑って、ナーガが苦笑した。
「みんな楽しそうだね。この後荒事があるけど、いいかな?」
私は笑みを浮かべた。
「荒事?」
リナが目の端を上げた。
「うん、雑魚っぽい盗賊団が、よりによって魔力反転爆弾を盗んじゃったらしくてね。取り返してこいって依頼がね」
私は封筒をかざした。
「そ、それは大変です。お風呂に入ってる場合では……」
アメリアが慌てたような声を上げた。
「まあ、いいじゃん。至急だったら赤い封筒でしょ。ガセネタの可能性が高いし、お風呂入ってゆっくりしよう」
私は服を脱ぐついでに、衛星電話をみた。
「……回収完了。残党処理は任せたっか」
私は苦笑した。
私たちは浴室に入り、私は洗い場でざっと体を洗うと、適当に髪の毛を洗って、気持ち程度にトリートメントして、浴槽に浸かった。
ピリピリと微かに肌に刺激がある天然ガス泉が心地よく、私は大きく伸びをした。
「……ま、マグロが」
小さな網を持ったスコーンが、浴槽を見て残念そうに呟いた。
「師匠、マグロがダメならメダカです!!」
ビスコッティが、立ち尽くしていたスコーンを連れていった。
「天然ガス泉ですか。いいですね」
アメリアが笑って浴槽に浸かった。
ナーガとシルフィが、メダカを狙っているスコーンたちに近寄っていった。
「はい。いきます!!」
パステルが浴槽に入り、ゴーグルを一回お湯に潜らせてから装着し、優雅に平泳ぎをはじめた。
「みんな楽しんでるね!!」
リナが湯船に入ってきた。
「うん、平和でいいね」
私は笑った。
「それで、この後の荒事なんだけど、決め技的攻撃魔法使える?」
私が問いかけると、リナが唸った。
「なんかぶっ壊すだけなら、いくつかあるけど一つお勧めの技はあるよ」
リナが笑みを浮かべた。
「それでいいよ。アジトの建物をぶっ飛ばせばいいだけだから、殲滅しろって依頼じゃないからね」
「分かった。建物かなんかをぶっ壊せばいいんだね。久々に腕が鳴るなぁ」
リナが笑みを浮かべた。
「みんな、ちょっと依頼を片付けてくる。大人数でいくと目立っちゃうから、パステルとリナとあと一人いるかな?」
「うん、いく!!」
スコーンが、マンドラに網を渡して声を上げた。
「よし、じゃあいこうか。一時間後に急ぎで出られるようにしておいて!!」
私は笑った。
「はい、分かりました。いってらっしゃい」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「任せたよ。それじゃいこうか!!」
私はパステル、リナ、スコーンを連れて外に出た。
「えっと、パステル。この座標なんだけど、場所は分かる?」
私は鞄の中にしまっていた軍用の地図と、盗賊団のアジトを示すポイントをメモした紙を渡した。
「えっと……」
パステルが地図を見て、手渡した黒いマーカーで二重丸をつけた。
「……いける?」
「……はい」
パステルが頷いた。
私は小さく息を吐き、笑みを浮かべた。
「今回はリナの攻撃魔法でぶっ飛ばすから、スコーンはバックアップね。アジトの場所までは一丸で進み、あとは撃つだけ。みんな、よろしく」
温泉施設の前で打ち合わせを終え、私たちは馬に跨がった。
衛兵二人に軽く一礼し、私たちは街道に出た。
しばらく進んで、街道から草原に入り込むと、敵アジトに向かって一気に進んで行った パステルをやや前に出し、私がその後に続き、リナとスコーンが後方に続いていった。『間もなくです』
インカムにパステルの声が入ってきた。
ほぼ同時にパステルは馬の速度を落とし、一丸となったまま草原のただ中にある廃止されて間もない空軍基地が遠景出来る場所に出た。
念のためビノクラで確認すると、痛んだ基地の建物の外をウロウロする粗野な服装の輩が見えた。
「間違いないね。住み着いて、間もないか。食料なんかが外に放り出されてる。狙うなら今だね」
呟きながら格納庫を見ると、建物に特に痛みのようなものはなく、シャッターは固く閉ざされていた。
「……無事かな。よし」
私はリナをみた。
「遠いけけど、あのボロい方の建物を狙える?」
私はビノクラで、基地を観察していたリナに聞いた。
「……そうだねぇ。狙えるよ。やる?」
「やって!!」
リナが呪文を唱えた。
放たれた赤い熱線が痛んだ基地の建物を根こそぎ吹き飛ばし、巻き込まれなかった輩が慌てて馬で逃げていくのが見えた。
「よし」
私は拳銃を抜いて、空に向かって一発撃った。
派手な音が響いた。
「……あとは頼んだ。芋ジャージオジサン」
私は独りごち、連続する発砲音が聞こえた。
「最後の一発だけ、ドガーンって気合い入りすぎだよ」
私は苦笑して、手元のクリップボードの紙に最後の一行だけ『D』と掻き込んだ。
「……無線封鎖解除。芋ジャージオジサンたち、格納庫をお願い」
『分かった、やってみよう……』
私は笑みを浮かべ、小さく息を吐いた。
「よし、お疲れ様。浴場前に戻るよ!!」
私は笑った。
私たち四人は、草原を駆け抜けて街道に戻り、公共浴場の前に戻った。
「どうでしたか?」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「問題ないよ。無事に終わった。後片付けは、芋ジャージオジサンたちに任せてあるよ」
そろそろ夕方という頃、私は笑った。
「師匠、待っている間に小川で見つけたメダカです」
「えっ、メダカ!!」
スコーンがビスコッティが差し出した、小さな水槽を受け取り満面の笑みを浮かべた。
「さて、今日のところは宿に帰ろうか。あっ、忘れてた」
私は衛星電話のディスプレイを見て、小さく笑みを浮かべて電源を切った。
公共浴場の前を発った私たちは、街道をコルポジの町に向かって走っていった。
街道パトロールの二人組と敬礼を交わしてすれ違い、ゴブリンの大軍が街道を横断していくのを待ち、町に着いた頃には夜になっていた。
宿の部屋に帰ると、私は勝手に自分の部屋ときめた201号室のベッドに座り、拳銃の手入れを始めた。
「ねぇ、メダカってなに食べたら喜ぶのかな。知っていたら教えて!!」
部屋に入ってきたスコーンが笑った。
「そんなの気持ちだよ。雑食性だからなんでも食べるけど、少しずつね」
私は笑った。
「下の食堂なんだけど、今日は一時間遅れでディナータイムだって!!」
続いて入ってきたラパトが笑った。
「ふぅ、いいお湯だったねぇ」
人数分のビールの缶を抱え、アイリーンが入ってきた。
「そうだね。私は満足だよ」
私が笑うとアイリーンが缶ビールを一つ、私に寄越してからスコーンとラパトに手渡した。
「それじゃ、乾杯!!」
私は缶のプルトップを開け、四人で缶を掲げた。
「よし、スコーン。究極の攻撃魔法とは?」
私はスコーンに笑みを浮かべた。
「うぎょ!? え、えっと……究極。究極」
スコーンは悩みながら、そのまま空きベッドに飛び込んで布団に潜ってしまった。
「……答えは。『ない』なんだけどね」
私は小声で呟き、ビールをあおったのだった。
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