第4話 深淵回帰/アビサルシフト

 ボッコボコにした。

 身体能力フィジカルで私のほうが圧倒的に勝っているので当然である。

 私の尻の下で伸びている栄庵が呻く。


「クソ、なんで勝てねえんだ、ずっと調子は最高のハズなのによォ」

「能力をろくに使いこなせてない程度の相手に私が負けるはずがないだろ。仮にも他称魔王だぞ」


 【反才能ディスギフト】は強力な能力だ。

 才能や努力といった変化を拒絶し、経験値だけを絶対視する性質上どれだけ怠けようが所有する技能が劣化しない。

 そのうえ、あらゆる修練を別の技能に変換可能だ。

 極論庭で素振りしているだけでウィザード級ハッカーになれる。


 ひたすらスライムだけを300年倒し続ければ誰だって世界最強になれる、そういう能力なのだ。


 だがこの栄庵はバカである。

 元々、強いやつが強い、というトートロジーめいた価値観を持つバカである。

 修行や訓練で身につけた身体能力でない以上、それを磨くという発想に至らない。

 それと同じように、経験値を振り分けることに気がついていない。

 ただ能力を得て、常に絶好調の状態になったと自覚があるだけだ。


 最も、能力を自覚しても技能に経験値を振り分けるとは思えないが。

 栄庵は当たり前に強いことを証明したいだけで、強くなりたいわけではないのだ。


「風切じーさんから何も学べてない」


 スパルタでサディストで信用出来ないジジイだったが、求道者としての在り方は本物だった。

 最強であることに拘らず、最強を目指そうとするその性根を学べていれば私にも手をかけられただろう。

 だが変わらなかったので私に負けた。

 ただそれだけだ。


「綺譚のダンナ、強い……っていうか、化け物ですな。アレはなになわけ?」

「アレ? ……ああ、〈深淵回帰アビサルシフト〉のことか」


 【反神命ディスオーダー】は人間の魂とでも呼ぶべき部分に科せられた存在を規定する枷を外す。

 その結果、知覚能力の向上、身体的な強度の増加、知能指数の微増といった様々な恩恵を得る。

 だがそれらは本質ではない。

 魂に施された枷から解放された余波でしかない。


 神命とでも呼ぶべき絶対命令から解放された魂が、能力を開花させる。

 それこそが【反神命ディスオーダー】の本質なのだ。

 能力はその絶対命令を破却した結果得られるものなのである。


 で、だ。

 その枷を外すという性質を、魂ではなく肉体にへと行使するとどうなるか。

 人を人たらしめる形を破却して得られるものはなにか。


 生命の起源へと遡行する力である。


 人としての形が崩れより原初の生物の力を引き出すようになる。

 還るべき原初の形がなんなのか私にもわからないが、それが既存の生物進化に則ったものでないのは間違いない。


 結果得られるのは、怪物のような姿にへと変貌する〈深淵回帰アビサルシフト〉だ。

 敵の能力に適した形を引き出すことにより、私は最強であると断言しよう。


「だから……栄庵、お前が4人に分身したり、拳から放つ振動波で離れたテーブルを粉砕したり、歩法で瞬間移動したりしても私には届かないんだよ!」

「見てて思ったけど人間業じゃないよねそれ!?」







■■■■■

能力者名:皆崎 綺譚

能力応用:人の形という枷を外すことで神話生物にへと回帰する〈深淵回帰アビサルシフト

主な用途:怪我(虫歯、ささくれ、深爪など)を見つけたときに部分的に変化して治療する

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