第169話 白の聖帝

 宮殿に集められた国民たちは、この非常時に何が行われるのか気が気ではなく、しんと静まり返っている。

 為す術もなく降伏するのか、はたまた敵を迎え撃つのか。

 いずれにせよ、自分達の命運を握っている、大神官アルギナの真っ黒の巨体が張り出した大きなテラスに立った。


「これより、我が国の守護神シキ様より御言葉を賜る。この局面打開のため、我らの前に神そのものが舞い降りたのであり、そのお姿はまことに白き神の如く聡明であらせられ……」


 これではアルギナの思うつぼである。

 この期に及んで、まだシキを担ぎ上げて神官の力を誇示しようとする。


 自分には様々な感情。哀しみ、苦しみ、憎しみ、愛情、そして嫉妬。

 勿論、失恋すれば身をえぐられるように辛いし、胸も痛む。神なんかではなく、血が通った一人の人間なのに。

 アルギナの思うようにだけはさせてはならぬと、シキは話の途中でテラスに進み、そして遂に、その優美な姿を国民の前に現した。


 しかし思っていた以上に国民の反応は今ひとつである。

 隣同士顔を見合わせて、誰? 誰? 守護神? まだ、若い女だぞ。とヒソヒソ小声で話している。

 アルギナに長年従ったふりをし、恐怖心を植えつけられていた国民に言論の自由は認められておらず、今更、声をあげて世の中を変えて行こうと思っているものなど、誰一人いないのだ。



「私は王家の生き残りである母カージャより生まれ、国の守護神として精霊の森の奥にある塔の中で人知れず育てられた。今、この国は他国からの攻撃を受け危機に瀕している。打ち勝つには我が国が持つ最強の武器で戦うより他はない。私は母に代わり、君主として命の限り戦い、この国を守り、民を守ることを誓おう。そこで民意を問う? 志を同じくするか、否か? 志を同じくするものはここで声をあげよ!!」



 その声は澄み切った少しだけ低いハスキーボイスで、覚悟をもって発言していることがひしひしと感じられる。

 また演説中に横槍を入れられたアルギナは、人質にとっていた母であるカージャのことにシキが触れたことに驚き、うーんと唸ってから、ふらついた足取りでそのままどこかへ行ってしまった。



 これは一体どういうことだ?

 行方不明だった王家のカージャ殿の御息女とな?

 しかも、翠色の瞳に色白の肌。見たこともない銀髪。

 そしてどことなくカージャ殿の面影を宿しておられるような。



 アルギナに恐怖で支配される以前、力を増した神官たちは王家の生き残りであるカージャを塔に追いやり、その後、排除されたとも、殺されたとも真しやかに噂されていた。

 密かに姫を産み、これまで公にされずにひっそりと塔の中で育てられていたという。

 王家に対して深い尊敬の念を抱いていた国民たちの憤りは、今の今まで徹底的に秘匿していたアルギナたち神官に当然向けられる。



「わ、私はこんな老い耄れですが、共に姫さまと戦いまする。私はまだお若かったカージャ様をはじめ、王族の方々に大変世話になった元宮廷庭師です。あなた様は辛かった境遇を耐え忍び、それでもこの国の為に命を懸けて戦おうと、私たちの前に鎧姿で現れたのです。今こそ声をあげてこのバミルゴため、未来を変えるべきなのではないでしょうか?」

 一人の背の低い痩せた老人がおずおずと、神官の顔色を伺いながら切り出した。


 するとその声に、まるで夢からさめたように次から次へと声をあげる者たちが出始めた。

 祈ることしか出来ない神官たちは当てにならないと、姫や兵士と共に戦うという者も現れる。

 それは男性だけでなく、女性や、老人、年若い少年少女たち。

 中にはこれまでの不遇な彼女の生い立ちを哀れみ、声をあげて泣いたものまでいたのである。


 その時、強い西日が射し込んできて、宮殿のテラスに立つシキの色白な顔と銀髪、御神体である白い鎧を神々しく輝かせた。するとその光景をみた国民の一人が大きな声で叫んだ。


「し、白の聖帝だ!! シキ姫は我らの前に現れた聖帝である!」

「そうだ、白の聖帝だ!」


 こうなることを誰が予測したであろうか。

 国民が一斉に白の聖帝と、同じ言葉を大声で連呼し続けたのだ。



 聖帝とは。

 この国に伝わる、神聖な力を持つとされる聖人。

 危機的状況下で、国民のすがるような気持ちは、神聖なものとして崇められる真っ白に輝く姿と、王家の生き残りであった姫の出現が相乗効果をおこし、尊称として、この時より彼女のことをこう呼ぶようになったのである。



 こうして、国民たちの士気は一揆に上がる。


 バミルゴは宗教国家として長年戦には縁のない国であり、兵力も著しく低い。

 シキがどれほどの統率力を発揮するかわからないが、極限に追い詰められたとき、国民たちの士気高揚をいつまで維持できるかが、勝敗の鍵だと思いながらリヴァはその様子を冷静に受けとめていた。

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