第168話 不屈の精神力

「そのようなことはございませんよ、姫さま。守護神であるあなた様がいる限り、この城塞都市は都市全体が御加護によって守られております」


 この期に及んで何を言い出すのかと思ったら、アルギナは大真面目な顔でそのようなことを言うのである。

 この場にいる、リヴァそしてサヴァンヒリも同じことを考えていることだろう。


 これは、一種の警告だとシキには受け取れた。

 何かあれば守護神である自分にすべての罪を押っ被せてアルギナは責任を免れることだって出来るのだ。

 それと同時に、アルギナが根っからの聖職者で、戦いという行為そのものがすでに神の教えに反する行為であると、まざまざと見せつけられたような気がした。

 しかし、今は一刻を争う有事の際である。そのような悠長なことを言っていられないのだ。


「最新式の投石機ということは、ある程度の飛距離がありそうね。唯一の出入り口である扉の構造は、隊長?」

「あれは、我が国の技術の粋を結集した鉄の扉で厚さは数十センチあります。ちょっとやそっとでは破られません」

「それなら、数日間は耐え得りそう。それまでに、有効な戦略を立てないと。あとは出入口以外の壁を破られないようにするにはどうするかね……」


 シキは机に広げられたバミルゴの地図を丹念に見ている。

 そして自らの白い手であちこち計測してから、上を向いて考えて、また計測して、上を向く。

 その度にサヴァンヒリはどういうことかとリヴァに説明を求めるような顔をしてくるので、アルギナの前で言いたくはなかったが、仕方なくリヴァは種明かしをすることにした。


「彼女の頭の中には塔の書庫の情報がギッシリと詰め込まれているのです。兵法は勿論、生命科学や、心理学。地質学、薬学、医学、建築学、気象学。それから超常現象に色恋」


「ちょっと!? 最後の二つは関係ないでしょう!」


 二人のやり取りを見ていたサヴァンヒリは、只々驚くばかりであった。

 いつ塔へ行っても寝転んで本を読んでいた印象しかなかったが、将帥として身に付けるべき知識を既に習得済みであり且つ、女王としての風格も漂っている。

 気の毒な姫君だと常々思っていたが、もしかしたら本当に神がかった何かを持ち合わせているのでは、と思った途端に口から言葉が噴き出していた。


「もしや姫さま、この襲撃に打ち勝つ策を何かお持ちなのではないですか?」


 彼女はすぐには返事をしなかった。

「所詮、机上の空論かもしれない。私は生まれてからずっと塔に閉じ込められていたから、知識しか持ち合わせていない。敵の状況を知り、我が国の状況も十分に把握しないと勝ち目はないのに」

 そして、前にいるアルギナに向かい冷たい視線を送った。


 しかしすぐに気持ちを切り替えて、「でも、この戦略に勝機ありと信じて、私は皆の前に立ちます! このまま何もしないで死んでいくのだけは御免だわ。そのために掛け替えのないものを手放したのだもの」といかにも女王らしく腹を据えていた。


 アルギナは思わず手に持っていた扇を床にポロっと落としてしまう。

 守護神が人前で喋るなど言語道断だと断固として譲らなかったが、サヴァンヒリがうまいこと説き伏せ、シキは夕刻までに国民の前に立って君主として演説をすることになった。

 サヴァンヒリには残っている兵士たちを手配し、全国民を宮殿に集めるように。そしてアルギナには全神官たちを、演説の間傍にいるよう、シキは指示を出した。


 粛々とその時が近づくにつれ思い出されるのは、ヒロと過ごした、束の間の幸せだった日々のことであった。もう何もかも忘れてしまおうと心に決めたのに、今の今になって、より色濃く鮮明に思い出されるのである。


「大丈夫ですか? 随分、無理をなさっているようですが?」


 今、此処でリヴァに優しい言葉何てかけられたら、ぼろぼろに泣き崩れてしまいそうだ。シキは不屈の精神力で、心に固く蓋をして、「大丈夫よ。私の決意は揺らがないわ。この国の君主として生きる覚悟はできています」と言った時だった。


「姫さま、お時間となりました。宮殿前の石畳の広場に国民が集まっております」


 サヴァンヒリが頭を垂れてシキを迎えにきた。サヴァンヒリとリヴァの間に挟まれながら、民衆の前で演説するテラスへと向かう。そしてその後には、国民より遥かに多い大勢の神官たちが付き従っていた。

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