第167話 傑士
再び大御簾の間に戻り、リヴァは指示に従い御神体の鎧をシキに装着した。
白く輝く金属鎧は彼女自身の色白の肌とも良くなじみ、またいつの時代に作られたものかは不明だが、比較的背が高い彼女と背丈もほとんど同じで、シキの為の鎧といっても過言ではないだろう。
そして宮殿内をアルギナの元へ向かうと、祈りを捧げている神官たちはその姿を見て思わず息を呑む。
それも其の筈、自分達が年がら年中祈りを捧げている、御神体を身に纏い、この世のものとは思えぬ、美しい女性がいきなり現れたのだ。
この異常な状況下で、神そのものが地上に舞い降りたと、神官たちが口を揃えて言い出すのにそれほど時間はかからなかった。
そしてアルギナが兵士たちと作戦を練っている対策室に着く頃には、後ろから大勢の神官たちが祈りを捧げながら彼女の後に続いたのである。
シキがその部屋に入った途端、居合わせた兵士たちは驚愕したが、後に続く神官たちを見て、皆一斉に膝をついて首を垂れた。
「その鎧は、御神体………。あの力を使い、国を守るようお願いしたはずですが?」
アルギナは、机に広げてあるバミルゴの地図を指し示していた扇を手に取って、冷淡な態度で言った。
「あんなもの、一時凌ぎにしかならないわ。それに力を使い過ぎたらこっちの身が持たないもの。とにかく戦況を知りたいから誰か説明して」
兵士たちは自分たちが守護神と口をきいてもいいものか、判断ができず互いに顔を見合わせた。すると奥の方から、「僭越ながら私が説明いたしましょう」と言って、一人の背の高い兵士が進み出てきた。
その人物はリヴァよりも若干年上か、ほぼ同じ年位の鋭い目つきをした兵士で、昔、アルギナの命を受け、ヒロたちに追っ手を放った張本人だとシキは踏んでいる。そして彼のことを腰巾着のように、いつもアルギナの傍にくっついている男ぐらいにしか思っていなかった。
「サヴァンヒリ! この方は兵達を指揮する隊長であり、高位の神官たちを護衛する任務にも就いておられる傑士です」
「傑士? あなたのことは昔からよく知っているわ。いつもアルギナと一緒にいるところしか見たことないけど」
リヴァがそう言っても、シキは素直に受け取れず、試すような口調で隊長とやらの出方を探った。
「姫さま、お久しゅうございます。あの折は、脱出した彼らに対して、またあなた自身にも数々の御無礼ばかりいたしました。お怒りはごもっとものことでございまして、弁解の余地もございません」
とシキの言葉尻を見事にとらえて、過去の非礼を素直に謝罪した。
傑士というのはまんざら嘘でもないらしく、隊長としての立場上、大神官アルギナに命に従って当然であるにもかかわらず、謙虚な姿勢でシキの意図を汲みとる。リヴァからの信頼も厚く、この男は何かと使えると思った。
「では隊長、戦況を説明してちょうだい」
「はい。先ず、敵は此処から東に進んだサーミット。彼らは我が国が持つ兵器と、……あなた自身を奪い取るのが目的のようです」
「わ、私を奪い取る……。そして敵の数は?」
「銀鉱山で働く鉱夫たちも含まれていると思われますが、凡そ、一万五千程いるのではないかと。また彼らは最新式の投石機を何基も持ち込んでいるらしく、設置している最中のようです」
「兵の数が、一万五千……。バミルゴの神官の数に匹敵するわね。して、我が軍の兵の数は如何ほど?」
「……申し上げにくいことながら、千人にも満たないかもしれません」
と言ってサヴァンヒリは向かい側で話を聞いているアルギナの方にちらっと視線を投げた。
その行動からもサヴァンヒリの言いたいことが容易に分かる。
実際には千人よりも遥かに少ないのであろう。
アルギナは国民の数よりも多い神官たちを一斉に束ねていた。兵士は宮殿を守っているという体裁を保つために置かれ、当然士気も低い。
信仰心と所持している大量の兵器さえあれば、勝つ見込みがあると信じ切っているのだ。
「わかった、わかったわ、隊長。あなたの言いたいことは! つまり今のままでは我々に、勝機はないということね」
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