第166話 眞の姿
大御簾の間
城であれば、謁見室にあたるのであろうか。
大広間の上段には一面に黒い御簾がかけられている。
昔、ヒロがはじめてアルギナに謁見した部屋であるが、シキはリヴァをここに連れてきた。
彼女は御簾を高く上げ、神官たちが御神体と呼んでいる、神が宿るとされている物の前まで進んだ。
「こ、これは!?」
リヴァが驚くのも無理はない。
そこにあったのは全身を覆うことができる真っ白に輝く光のような金属鎧だった。
「これこそが、宗教国家バミルゴの神官たち、そして国民が崇め奉る神の正体よ」
しかし、ここでリヴァは素朴な疑問を持つ。
「えっ、でも守護神はあなた自身なのですよね?」
「そうよ」
「これは鎧ですが」
「簡単に言えば、私の方が生きたレプリカになるのかしら? 大陸では白いものを神聖視することもあるでしょう?」
神聖視。
大陸の中心部に位置する雪をかぶったデルタトロス山脈になぞらえて、一部の人々は白いものを神聖視する。真っ白な大狼であるササが白き神と呼ばれる所以である。
「ええ。だからあなたはこの国の信仰の対象だった」
「神官たちには都合が良かったの。王家の生き残りだった母から私が生まれ、たまたまこの髪色だったから、神官たちは王家の血筋である私を神格化することで、自分たちの力を誇示しようとしたの。そしてすべての始まりは、あの力を持つ私が生み出した炎で大火事になりかけるという、まったくの偶発事故からだった。バミルゴの眞の姿はこの御神体の下に隠されているわ。リヴァ、御神体を横にどけてちょうだい」
リヴァは御神体だという鎧が乗っている台座を横にずらした。
するとその台座と同じ大きさの扉がある。両開きの重い扉を開けると、中は階段状になっていた。
「考えましたね。御神体に手を触れるものは恐らくいないだろうから、この扉が発見されることはないのですね」
「ええ、その通り。特にこの国の人は信心深く、アルギナに恐怖心を植え付けられ、神を畏怖の対象としているから余計にね。じゃ降りるわよ」
二人はその階段を下へ向かって降りていく。思っていた以上に長い階段を降り切った先にある隠し部屋に入った途端、リヴァは驚嘆の声を発した。
「な、何ですか、これは!?」
隠し部屋には、夥しい数の剣、盾、弓矢、鎧。戦で必要な兵器が所狭しと並べられていたのである。
その規模は相当なもので、あの軍事大国カルオロンの武器庫にも勝るとも劣らないだろう。
「これを、アルギナは隠し持っていた訳ですか?」
「我が宗教国家が、何故、他国より狙われるのか? それは、この兵器のことが知る人ぞ知る存在となっていたからなの。大昔から神官たちは修行の一環として鍛冶を行なっていた。兵士たちが日々使う刀を細々と作っていた訳だけど、ある日、私が生み出す炎で火床を起こすと、世界一強度が高くて、切れ味鋭い名剣を製造できることがわかったの。でも刀の神は女性で、鍛冶場に女性が入ると激しく嫉妬してしまうから、月が見えない新月の真夜中に私は宮殿に連れていかれていたのよ」
新月の真夜中。
湯殿で清められた体に、真っ白の正礼装を纏い、花びらが幾重にも重なった煌びやかな簪をさし、シキは神官たちが引く唐車に乗って幽閉されている塔から宮殿へと向かう。
神官たちが祈りを捧げ、刀の神に見えないようにそっとシキが神気を注ぐと火床の燠火が真っ赤になって燃え出す。
鍛冶匠となった神官たちは、繰り返し、繰り返し鍛錬を行うことで世界一強靭な剣を製造するのである。
そうしてできた剣は、持つものを魅了する天下に名高い幻の名剣となって、戦に携わるものたちで密かに知れ渡り、誰もが喉から手が出るほど欲しいと願うようになったのだ。
「だから生き神であり、尚且つこのような兵器をも生み出すことができるあなたを他国に奪われまいと一切の国交を絶って塔に幽閉し、この国の秘密としたのですね。カージャ殿を人質にとって。私は新月の真夜中に宮殿に向かうのは神官たちがあなたに祈りを捧げるためだと思い込んでいました」
「本当に馬鹿げているわよね。使うと憎しみと哀しみしか生まないあの力から作り出した兵器をこんなに沢山揃えたって、この国じゃ誰も使いこなせないし、兵器を持っているだけじゃ国は守れない。それどころか、他国から狙われるだけなのに。でも三年前、私が置き忘れてきた紋章入りの剣を手に入れたものがいて、バミルゴ剣と私の存在が明るみに出てしまったことがこの襲撃の原因なの。こうなってしまった以上、この兵器を使わざるを得なくなる場合も生じうる。私は民の前に立って是非を問うわ」
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