第165話 仰せのままに
「それはどういうことかわかっていますか? 君主として軍を指揮し、他国にも攻入ることもある。パシャレモの王太子ヒロとも敵対関係になって戦うかもしれないんだ。それでもいいのか?」
あり得ないことだが、感情的になったリヴァはシキに対して敬語を使わない言葉で話していた。それだけに彼の言葉が主従関係を超えた強い信頼関係に基づく言葉であるといえるだろう。
「それでも、この国や国民を見捨てることはできない。きっとこれが全てを捧げ、国の為に生きるという私の宿命なのよ」
シキは半分笑ったような顔をしてぽろぽろと涙を流した。
今までにどれほどの涙を流したことか。
惚れた男には、親密関係にある女性の存在が明らかになってしまった。
尚且つ、国で一番尊い身分であるにもかかわらず、存在すらひた隠しにされ、彼女に自由も何も与えなかったくせに、都合の良い時だけあの力を使い国家を守れという。
国家やアルギナ、それ以外のすべてに対する憤りは、すぐに激しい憎悪感となって彼の心を煮えたぎらせる。
しかし彼を納得させてしまうほど、シキの決心は揺るがない。
この御方の心はすでに決まっている。
女王として一生を国に捧げる覚悟というべきか。
その崇高な精神と彼女自身が備え持つ、気高い魂がリヴァをも唸らせる堂々たる貫禄を見せていたのだ。
「………女王陛下の仰せのままに。私は従者としてこの命が尽きるまであなたに忠誠を誓います」
リヴァは昔、彼女にしたのと同じように改めて、忠誠心を表すために片膝をついて頭を垂れた。
サーミットの伝令兵はフィオーの天幕に入ることに、どうも二の足を踏んでしまう。
あの二人がお楽しみ中だったりしようものなら、フィオーに切り捨てられることだって十分考えられるし、あの暴君なら仕兼ねない。
しかしここで戦況を伝えなければ、任務を怠ったとそれはそれで後で制裁を受けることもあるだろう。
じっと聞き耳をたててみると奥から奇妙な音がした。
ジャキーン! ジャキーン!
鋭い金属音が規則正しく聞こえてくる。
自らを奮い立たせて、兵士が天幕を開けると、フィオーはいびきをかいて寝ていた。
いびきではないあの奇妙な音が止み、フィオーが連れ込んでいる女は椅子に座りながら、手の上に大判のナプキンを置いている。
そして入って来た兵士の方に目を向ける訳でもなく、瞬きひとつしなかった。
まるで仮面のような血の気のない顔が、余りにも不気味で、兵士は手や体の震えが止まらない。
するとようやく寝ていたフィオーが起き上がり、「何だ、伝令兵か。お前いつからそこにいた? 早く要件を言え!」と寝ぼけ眼で聞いてきた。
渡りに船とばかりに、早く任務を終え、不気味な女から離れようと「ようやく、霧が晴れました」と大慌てで伝えた。
「本当か? 女が言った通りではないか。ここで陣容を立て直し、一気に攻め込むぞ。こうしてはおれん。軍の様子を一度見に行くから、伝令兵はここでこの女を見張っておれ」
「は!? み、見張る? 私がですか?」
「この女は切り札だから、逃げられるわけにはいかんのだ。逃がしたらどうなるかわかっているな?」
そう言い残してフィオーは天幕を出て行った。
ジャキーン! ジャキーン!
再び奇妙な音が響きはじめた。
女と二人きりになった伝令兵は生きた心地もなく、女の方から聞こえてくる奇妙な音を聞いていた。
やがてその音が止まり、ちらっと女の方を見ると冷たい金属のような視線を伝令兵に注いでいる。そしてにやりと笑い、手の上に置いてあった大判のナプキンを取った瞬間、伝令兵は激しい恐怖の叫びを上げた。
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