第170話 裏目
パシャレモの薬草園に併設されている薬局では本日も朝から大忙しである。
何名かの働き手がせわしなく薬局内を動き回っていた。
以前は人手不足だったこの薬局も、城に集められた未婚の男女たちによってそれも解消され、今や大陸中から注文が殺到し薬草が飛ぶように売れているのだ。
カイはそのような薬局の様子を誇らしげに見つめ、相変わらず在庫確認を手伝っていた。
するとそこへ黒いマントを纏った数人の男たちが入ってきた。男たちは頑丈なブーツを履き、皆でお揃いのビロードのベレー帽を被っている。
彼らは大陸中を移動しながら商売をする遍歴商人であり、その土地の有名な生産品を購入し、別の土地で売り捌くことを生業にしている。従って、いつも大量に薬草を購入してくれる大得意様だ。
カイは顔馴染みである遍歴商人の男の元へ行き、礼儀正しく挨拶を交わす。彼にとって、大陸中を動き回る遍歴商人は、顧客でありながら、貴重な情報を得ることができる相手でもある。
「最近はどちらにいらしていたのですか?」
「南地方だ」
「そうなのですね。あちらで何か目立った動きはありましたか?」
男は手に入れた情報を誰かに話したくて仕方ないようで、薬局にいる他の客に聞こえない程度の小さな声でカイにここだけの話だと言った。
「……実は、また戦が始まったみたいなんだ。あんたも此処で商売するだけじゃなく、南に行って薬草を売り捌いたほうがいい。戦に医薬品は必需品だろ?」
「戦ですか?」
「それがまったく意味不明なんだ。あんな神官しかいない国を攻撃したって、国益になるとはとても思えないのだが」
バサッ、バサッという音がして、カイは手に持っていた書類を一つ残らず真下に落としてしまった。
「い、今、何と仰いました?」
「ええっと……」
「どこが攻撃されたと?」
カイはいつの間にか、男の両肩を掴み怖いくらいの真顔で覗きこんでいる。
「バ、バミルゴだ! 宗教国家バミルゴが、銀鉱山で有名なサーミットの襲撃を受けているんだ。君主フィオーは神をも恐れぬ暴君で、な、何でも囚われの身である姫君を血眼になって探しているらしい!」
薬局で働く者たちがカイの只ならぬ様子に気付き、心配そうな様子で、落としてしまった書類を搔き集めてくれている。
「残念ながら、も、もう決着はついているんじゃないかな。神官しかいないバミルゴの兵力は著しく低いから」
何だって!? 襲撃されている? しかも決着がついたかもしれないって。
決着が着いたらあの子はどうなってしまうんだ??
毒を一刻も早く抜くため、治療に専念して貰おうと、シキがヒロを助けたことをあえて伏せていたのに。
それが裏目に出てしまったというのか!?
男が慰めるように言っても、カイは頭の中が完全に真っ白になり、無言のまま重い足取りで城へと戻った。
「では殿下、次は膝関節の屈曲と伸展を繰り返す運動を五十回していただきます。テルウは補助をしながら回数を数えてください。ユイナさんは是非とも殿下に声掛けを」
「五、五十回って、アラミスもずいぶん酷なこと言うなあ。今のヒロには五回だって体力的に厳しいだろ?」
「いいんだ、テルウ! 俺は一日も早く、体を元通りにしたいんだ!!」
そう言って、ヒロはプルプルと太腿を震わせながら、テルウに介助してもらい屈曲している。
「声掛けって、何を言えばいいのよ?」
「殿下頑張ってください、と励ましの言葉だけで充分です。最近は殿下もユイナさんには心を開いておられるようですから」
アラミスがこそっと囁いても、ユイナにはどこをどう見たらその答えに行き着くのか理解できない。
そもそも彼には求婚するつもりでいる思い人がいて、その思い人は兄とも繋がっている可能性があり、奇妙な三角関係に発展しているかもしれないというのに。
……それに、あれほど呑気な性格だったヒロが思うように動かせない身体を一日も早く元通りにしようと、必死になって訓練に耐えているのは、少なからず自分にも責任があるという罪悪感にさいなまれて仕方がないのである。
「ヒロ、頑張って! 早く身体を以前のように戻して」
そして、自分のせいで傷付いたまま祖国に戻ってしまった彼女に再び求婚しないとね。
そのようなことを思いながら、ユイナはアラミスの狙い通り、励ましの言葉をかけており、ぱあっとアラミスの顔が明るくなった時だった。
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