第162話 謂れなき襲撃
その日は雲一つない快晴であった。
いつもと同じように、塔の書庫にある赤いシェーズロングのソファの上でシキが本を読んでいると、ノックをすることもなくいきなりその扉を開き、大神官アルギナがどかどかっと踏み込んできた。
「さあ姫さま、遂にあなたの力を使う時がやってきました。私と一緒に今から宮殿にきてもらいます」
今までこのような深刻な表情のアルギナを見たことはなかった。
一緒に連れてきた兵士数名も、真っ青な顔をして隣に立っているところを見ると、どうも只事ではないようである。
「わけを話してちょうだい。そうでないと宮殿へは行けないわ」
アルギナはグッとシキの腕を摘まんで、その大きな顔をググっと近づける。
「一緒にくれば、すぐにわかります」
そして物凄い力で有無を言わさず無理矢理連れていこうとしているのだ。
「おい、なんだいきなり!」
リヴァがアルギナの前に立塞がったのだが、平手で胸を突き飛ばすように突いたため、彼は数メートルも後ろに吹っ飛ばされた。
「リヴァ!」
「お前は引っ込んでいろ、色男!!」
予想以上にアルギナが強かったことにシキは驚き、結局引っ張られる形で彼らと一緒に宮殿に向かうこととなった。ここでも、いつも乗ってくる唐車ではなく、黒い馬が塔の外に待っている。
アルギナはシキを前に乗せると、大急ぎで馬を走らせた。
精霊の森を抜けて、城下に入ると様子は一変する。
人々は逃げ惑い、通りは人でごった返していた。アルギナはそんな中を器用に突抜けるが、やはり途中で通行人を轢いてしまう。
しかし、声をかける訳でもなく無言で馬首を巡らせた。
宮殿に着くやいなや、シキの腕を掴み内部の階段を上へ上へと進む。宮殿内でも神官や兵士たちが右往左往するばかりで、彼らを統率する立場のものは誰もいないようであった。
そしてついに最上階の時の塔へと続く入口が見えてきたのだ。
アルギナはシキの頭を押し込めるように思い切り入り口の中に入れてから、自らも狭いドアを何とか潜り抜け、更に上を目指して階段を上った。
最上階の時の塔には時刻を知らせる鐘がついている。
鐘の下には狭いテラスのようになった場所があり、そこから眼下に一望する城塞都市バミルゴの風景を見てシキは思わず絶句する。
「こ、これは………」
バミルゴの迷路のような入り組んだ道を逃げ惑い、大混乱している国民たち。
唯一の出入り口である城壁の門の方からは黒煙もあがっており、兵士たちは列をなして宮殿から出ていくところだった。
「何があったの?」
アルギナは悪夢のような光景を、じっと見つめながら冷たい声で答えた。
「見て、おわかりになりませんか? 我が国は襲撃にあっているのです。ここより東に進んだ小国サーミットの」
「サーミット!? 何故我が国を襲撃する必要があるの?」
「ええ、まことに謂れなき襲撃です。しかしこうなってしまった以上、ただ黙って見ているだけではすぐに攻め滅ぼされてしまうでしょうな」
シキの両手首をアルギナは力一杯掴んで身動きできないようにし、目の前まで顔を近づけてきた。
「この宮殿は結界が張られていない。あの忌まわしい力を使い、この国を守りなさい。さもないと御母上の命がどうなっても知りませんよ。あなたはこうなってしまった責任を負うべきです」
「責任って、何のことよ?」
蛇のようなアルギナの目はその縦に細長い瞳孔をさらに細くさせて、真意を確かめようとしている。
「姫さま、最近誰かにお姿を見られませんでしたか? ………それと、バミルゴの紋章が入った剣もよくよく調べてみたら、一剣紛失しております」
そう言われ、シキは全身が凍り付いたように動けなくなってしまった。
三年前、呼ばれたような気がして塔から逃げ出し、ヒロの元へ辿り着き、鏡の中に吸い込まれる直前、咄嗟にバミルゴ剣を投げ飛ばした。あれから剣は行方不明である。リヴァがあれは王家の紋章が入ったもので、剣術稽古に励んでいることや、紛失したことを神官に知られるわけにはいかないからと、精巧なレプリカとすり替えていたのだ。
そして先日、タイガに身代わりになってもらい、母であるカージャに会いに行った際、過呼吸になってしまい、介抱されているところへ、突然リヴァの昔の知り合いから矢を受けた。
誰かに見られてしまったといえば、その通りである。
「その顔はどうやら、身に覚えがあるようですな。サーミットの奴らは、銀髪の姫であるあなたと、我が国が持つバミルゴ剣を探しているのです」
「わ、わたし?? この襲撃はすべて私の……せいだという……の?」
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