第161話 大義名分

 幻の名剣。

 フィオーの中で、単純に名剣を所蔵品に加えたいという欲求とともに、湧き上がってきたのは、軍事を増強するために手っ取り早い方法が見つかったということだった。

 神官しかいない国の軍事力なんて、たかがしれている。

 アルギナが国交を断絶してまで隠している、財宝であり武器を掠め取ればいいだけだ。


 しかし、既の所でフィオーは思い留まる。

 ペンダリオンは仕事もできるし、提供する情報も正確だ。しかしこの話は今一つ裏付けに欠ける。

 実際、彼も断定的な口調を避けていることから信憑性が乏しい。

 もしも襲撃して、財宝も武器も何も出てこなかったとしたら、………神に対する冒涜だといった非難を浴びることにも繋がりかねない。


 大義名分を持たない襲撃など、下手すると批判の矢面に立たされることとなってしまうのである。


 数え切れないほどの依頼主と対面し、修羅場を潜り抜けてきたペンダリオンの並外れた洞察力は、あれこれ思案をめぐらせているフィオーの全てを見抜いていた。


 そこで一旦、本筋を逸らすことにする。

「そういえば、御正室が亡くなれてからどれほど経ちますかな? 実に完璧な妃であらせられた」


 この時、あれほど会話に無関心だった部屋にいる女たちが一斉にフィオーの方に視線を注ぎ、緊迫した雰囲気が漂い出す。

 とりわけ完璧な妃というわけでもなかったが、彼女のたちの中では別格扱いされているのだろう。

 それは決して手に入れられない正室という座に君臨するものに対する、激しい嫉妬心を燃やし、対抗意識をむき出しにした瞬間だった。


「かれこれ五年だったかな? もう忘れてしまったが」

「………たしか御正室との間に御子はいらっしゃらなかったはず。実はバミルゴには正統な王位継承者である姫君がおひとりおみえになっています。歳は十七、十八くらいでしょう。これがまた、類まれな美貌に恵まれた姫であるとか」

「ほお、美貌!! それに若いな。しかし所詮は、それも推測だろう?」


「いえ、私たちは遠目からでしたが、しかとこの目で見たのでございます。真っ白な肌に、輝く銀髪。それはもうまるで宝石のようだった」


 女たちは澄ました顔をして、フィオーたちの話に聞き耳を立てている。

 そして心火を燃やし、その怒りの矛先をペンダリオンに向けているのがひしひしと伝わってきた。腹の中で余計な事を言いやがって、とでも思っているのであろう。

 自分たちよりも年若く、美しくて、尚且つ社会的地位も申し分ない。

 そのような女性が正室の座に就けば、それこそ新たな火種にしかならないのである。


「銀髪?」


「そうです。見たこともない珍しい銀髪。貴国で生産されている美しい銀のような。あれはまさに国家の至宝といっても過言ではありませんな。………しかし、実に気の毒な境遇の姫君らしいのです」


「何故だ?」

「どうやら彼女は生まれつき塔に幽閉されているとか。アルギナはその姫を国民にも公にしていない」


 つい先程まで思い留まっていたフィオーにはやつと曙光が見えてきた。

 いや、正確には大義名分が見つかったとでもいうべきか。


「何と!? それは見過ごしにできない行為ではないか。我が国で銀は幸運をもたらすものとして珍重しているのに。速やかに至宝を助け出し、妃とすれば国民は熱狂的に迎えるであろうな」


 銀髪の不幸な姫君を救出するという名目を前面に押し出せば、仮にバミルゴ剣があってもなくても大義名分を掲げることができるのである。

 勿論、あればこれに勝るものはない。

 蛮族たちとの戦いに備えればよいのだ。



 サーミットを離れた頃、小高い丘の上でロイがペンダリオンに訊いた。

「計画は上手くいきますかね?」

「あの男は、君主の器ではないが、馬鹿じゃない。喉から手が出るほど、バミルゴが持つとされる兵器が欲しいだろう。それに口ではああ言っているが、相当切羽詰まっていると思う。勢いづいた豪族は、サーミットさえ攻め落とせば、あの一帯を完全に掌握できるからな。いつ襲われても不思議ではない」


 ロイは背中に括り付けてある、大事なバミルゴ剣が緩んできていないかガサゴソ再確認している。

「エプリトの軍神か………。得体の知れない謎多き人物ですね」


「まったくだ。富を生み出す銀には無関心。特権階級をこの世から根絶やしにすることだけにしか興味がないなんて。それと君が心配していたヒロの容体だが、日に日によくなっているようだよ」

「えっ!? だって、もともと鏃には麻酔薬しか塗ってなかったのではないのですか?」


「いや実は興奮しすぎたのか、どうやら毒の方を放ってしまったみたいなんだ。彼には気の毒なことをしてしまった。奇跡的に回復して命拾いしたよ。………それはさておき、フィオーがこれからどう動くか、我々も物見高い野次馬になろうじゃないか」

 ロイは呆れ顔を向けていたが、とりあえず回復に向かっていることに安堵し、二人は馬をバミルゴ方面へと走らせた。

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