第160話 幻の名剣
バミルゴより東に進んだ小国サーミット。
豊かな山々に囲まれたこの国の主な産業は銀生産である。
国中に点在する銀鉱山で採掘される銀を大陸で売りさばくだけではなく、遥か海の向こうへ運び、貿易の促進を図ろうとしている。
しかし、すんなりことが進まない懸念材料を抱えていたのだ。
「それで、蛮族たちはどれ位、勢力を拡大しているんだ?」
この国の君主フィオーは実に傲岸不遜な態度の男であった。
年の頃は三十近く。顎髭をたくわえた筋肉質のがっしりした体格をしている。
そもそも彼はどう見ても、君主としての力量もなければ度量もなかった。
其れも其のはず、脇腹の子として生を受け、王位とは縁遠い存在である。何不自由無く大陸中を遊び歩いていた頃、生物学上の父である前君主がある日突然死去した。
しかし、次の後継者が誰も見つからなかったのである。
国を挙げて掘って、掘って、掘りまくれの体制下で、健康被害は深刻であり水銀の中毒などによって多くの鉱夫が命を落とした。
それで策を講じればよかったものの、目先の利益を優先し、十分な調査も行われなかった。
水銀は強い毒性をもつ。
水銀の溶け込んだ水が飲み水を汚染し、サーミットは大陸の中でも圧倒的に平均寿命が短い国の一つであった。
それは君主の一族も例外ではない。
後継者として大陸中探し回った結果、唯一生き残っていたのが、妾腹の息子であるフィオーだった。
彼にとっては勿怪の幸いで、晴れて君主となり、その散財ぶりにいっそう拍車がかかる。
どうせ短い人生なのだから謳歌しようというわけだ。
特に彼は珍しい品には目が無かった。
大陸から集められた希少品で謁見室中埋め尽くされ、それは彼の周りを囲んでいる女たちも同様であった。
これがまた無類の女好きで、側室だか、妾だかわからない女たちの中には、肌の色が違うものも数名いる。
遥か遠い異国から海を越えてきた女たち。
目の前の彼女たちは政治的な話にはまったく興味を示しておらず、話を終えて早く帰れという全員からの突き刺さる視線を感じるのが、ペンダリオンはたまらなく愉快だった。
「こちらの想定以上の速さで領地を拡大しております。最早、この一帯は貴国サーミットを残して彼等に占領されてしまいました」
「それでは早急に軍事増強を図らねばならぬな。また金が要るではないか」
深い溜め息をつくフィオーには、ペンダリオンの隣に座っているロイが大事そうに抱えている、大きな包みに目が留まった。
「それは何だ?」
「とても珍しい品が手に入ったので、貴殿にお見せしようと持って参りました。ぜひ御覧になってください」
そう言って、ロイから包みを受け取り、勿体つけながらゆっくりと覆っている布の中から一本の剣を取り出す。
「剣か?」
「これは、幻と呼ばれた名剣、バミルゴ剣にございます」
この時、明らかにフィオーの目の色が変わった。
別に彼は目利きでも何でもない。真贋を見分けることも出来るわけがない。
ただ単に、その幻という言葉につられたのである。
「おお、これがかの有名な幻の名剣か!」
「仰る通りでございます。世界中で最も鋼の強度が高く、最も切れる剣として、我が物にする機会を誰もが狙っております」
価値などまるで分っていないフィオーがバミルゴ剣に素手で触れようとしたため、ペンダリオンはにっこりと笑いながら、剣を覆い隠すようにすぐさま布を被せた。
水分や皮脂は錆の原因となるため名剣を素手で触るのは御法度なのだ。
「これが、あの神官しかいない宗教国家にあるというのか?」
「ええ、恐らく。というのも御承知のようにバミルゴは国交を断絶しているため、中々情報が入ってこないのが実情です」
「正直に答えろ、バミルゴの軍事力はいかほどか?」
こればかりはあくまで推測の域を出ない。
唯一バミルゴから脱出したヒロ達の話によれば、国民よりも神官の占める割合のほうが高く、兵士たちは宮殿に僅かいるだけで、ほんの飾り物に過ぎなかったらしい。
「あくまでも推測ですが、国民の半数以上が神官かと」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます