第158話 操り人形
「それで、手籠めにしたのか?」
この手の話が三度の飯より好きなスピガが、身を乗り出して聞いた。
「いや、最終的に何といったと思う? そこで婚姻を了承するならまだしも、あの女は自分の命と引き換えにシュウとユイナの助命を乞い、深々と頭を垂れたんだ。傲慢で、俺を散々罵った性悪女が、我が子である二人の命だけは奪わないでくれと涙を流してな!!」
これはもうシュウの逆鱗に触れてしまうだろう。
こうなると何が起きるのかジェシーアンとスピガですら予想がつかない。
悲しいかな、誰よりも愛情に飢えているシュウが母の強い愛情に触れ、これと対照的にジェシーアンの背筋を冷たいものがさあと通り過ぎた時のことである。
ガッチャーン、ガッチャーン!!
アイリックを繋いでいた鎖が、手首の辺りから粉々になって破壊され、どうしたものか拘束が解かれたのである。
「…………お前はつくづく、能無しだな。俺が忌まわしい記憶しかないこの塔へ来ることに何も疑問を持たないのか? そう。この部屋だった。皇帝の嫡子でありながら、真面な食事にもありつけず、惨めな思いをし、お前が送り込む刺客の影に怯え、途轍もない死の恐怖と戦っていた」
シュウが何か呟いていても、拘束が解かれたアイリックは部屋中をきょろきょろ見回し、何とか脱出する術はないものかとあれこれ考えていた。
左に進めば扉がある。しかし外には赤の将校が控えているだろうから、すぐに取り押さえられてしまう。
そして繋がれていた場所の真正面にシュウと将軍が立っている。あの女は滅法強いから何があっても関わりたくない。
となると、目に入るのは右側の端っこで祝盃をあげている術師だ。
椅子に座り、ちびちびと酒のようなものを飲んでおり、その上には小さな小窓が付いている。
本来なら、子どもであっても出入りするのは難しい。しかし長年の拷問の末、骨と皮になってしまったこの身体なら脱出できるかもしれない。
ましてや相手はひょろっと背が高い、ほろ酔い気分の術師ただ一人。
次の瞬間、アイリックは持てる全ての力を振り絞って右側へと走り出し、スピガの頭に向かって強烈な頭突きを入れた。
彼がひるんだ隙に思いきり頭を引っ張って椅子から引きずり下ろす。
そして椅子によじ登って、小窓から逃げようとしている。
シュウの母を手に掛け、幼いシュウとユイナに刺客を放った彼をとっ捕まえてやろうと、ジェシーアンが腰の剣を抜こうとしたのだが、シュウはそれを阻止し、アイリックに向かってこう言った。
「…………操り人形は、どのようにして生み出されたと思う、従伯父殿? 長い年月かけて少しずつ、少しずつ洗脳し、ついに最強の兵士たちを作り上げたんだ。どんなに酷い状況でも不平不満を一切口にせず、たとえ相手が心から愛すべき人であっても一切躊躇うことなく確実に任務をこなす」
「うっつ!?」
アイリックは小窓から首だけ突き出した状態で、次は肩を押し込もうとしていた。
まるで金縛りにでもあっているかのように動くのを急に止め、椅子から引きずり下ろされ、頭を抱えて床に寝そべるスピガの上に、ドスンという音とともにそのまま落ちた。
「おいっ!? お前、術師の中で上位者である俺の上に落ちてくるとはいい度胸じゃないか? 早くそこをどけ!」
大の大人が上に乗っかり、スピガはじたばた暴れるが、アイリックは動く気配すらしない。
「俺は気が短いから、父のように洗脳なんて時間がかかることはしない。この塔に足を運んだ本当の理由は、一度試してみたいことがあったからだ。自分の力が充分通用するのかどうか」
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