第157話 戦場へと続く道

 色とりどりに撚られた紐で結ばれたポニーテールの根元をぐっと引っ張り、シュウはギリギリとジェシーアンの黒髪を自分の手に巻き付けて、見たくない現実を前に顔を背けている彼女を無理矢理そちらに連れて行った。


「目を反らすな、将軍!! 運命を共にするんだろ? 俺たちがこれから進む道はこんなものじゃない。死屍累々とした戦場へと続く道だ」


 シュウがそう言っても、ジェシーアンは腰が引けてしまい、恐怖から思わずギュッと固く目をつぶり、彼の腕にしがみ付いていた。


 男の腕は鎖で石の壁に繋がれ、髪も髭も伸び放題で痩せ細りぴくりとも動かなかった。

 ダズリンドにいた刺客のギョロとした黄色の目ではなく、もしゃもしゃになった髪から、暗い情念がこもり、血が滲むような充血した目でこちらを覗いているのだ。

 生身の人間が放つ怨念みたいなものを、部屋中に撒き散らしているのが、ジェシーアンは精神的にとても耐えられない。

 それはかつて、自分の見た目ばかり気にしていた、ヒュウシャーの遠縁である宰相アイリックの変わり果てた惨憺たる姿だった。


「ついに、下賤な術師が消し去った記憶を取り戻すことに成功した。三年もかかってしまったが。なあスピガ?」


 相変わらず露骨に嫌味を言う奴だと思いながら、スピガは端っこの方で一人祝盃をあげ成功に酔いしれている。


「それで、そいつが術師に消し去らせた国家機密とは何だったんだ?」

「俺の父、ヒュウシャーが秘密裡に行おうとしていた計画だ。表向きはこの大陸すべてを支配するために最強の軍隊を作るというものだが」


 この時、鎖で繋がれてぴくりとも動かないアイリックが反応し、じゃらじゃらと鎖を握り動かし始める。


「何か言いたそうにしているぞ、シュウ。口を噤む術を解いてやれよ」


 そうスピガに言われて、シュウがほんの少し眉を動かしただけで、アイリックは息を吹き返したように、ぜいぜい呼吸をし始めてから、更に壁から鎖を引っこ抜こうとした。


「……………本当は違うだろ、……………シュウ。ヒュウシャーは自らの欲望のため禁忌に手を出した。………感情に左右されず自らの思い通りに動く兵士、………操り人形を生産することに乗り出したのだ。最終的に計画は途中で失敗し暗殺されたがな。……ククク、こうして見ているとお前らは揃いも揃って、よく似ている大馬鹿者親子だ」

 アイリックは血走った両眼を見開いて、二人に対する恨み辛みを述べ立てる。


 ヒュウシャーが成功したのは、運良く資金力のある女を見つけたからだとか、シュウが事業で成功したのも、そこにいる怪しい術師の魔術の力を借りたからだとか、有る事無い事喚き散らす。


「あの状態から、よくもまあペラペラと喋り続けられるなあ? 喧しいから黙らせろよ」


 そうスピガが言っても、シュウはただ黙って聞いていた。

 シュウが黙っている時は、実は危険信号が点滅していることだと、ジェシーアンは思っていたが、そうと気付かずにアイリックは、とうとうシュウたちの母親について言及し始めたのである。


 アイリックと彼らの母とは反りが合わなかったと言われている。

 元々、彼女がアイリックを毛嫌いしており、傲慢な態度を取り脳なしだと罵り続けているあいだにヒュウシャーが暗殺されてしまった。

 皇帝の后にして、容姿端麗な彼女は城で絶大な影響力を持っていた。

 当然のことながら皇帝亡きあと、アイリックにとっては何かと目障りな存在だ。


 そこで、この男は彼女の実家が持つ莫大な資金力をあてに、シュウと生まれたばかりのユイナ共々、面倒をみることを約束し婚姻を強行しようとした。

 后であっても夫と死別した場合のみ、再婚が認められることに目を付けたのである。

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