第154話 妥当な判断
「あ、あの子は!? 何処にいるんだ!? 川に落ちるまで一緒だったんだ」
「………それは」とユイナが詳細な経緯を嘘偽りなく話そうとしたのだが、カイはユイナの手の上から手を重ね、言葉を遮った。
「俺と、ユイナがお前を岸辺で発見した時は、テルウしかいなかった」
ヒロに寄り添っていたシキのことを隠して、明らかに事実とは異なることをヒロに話しはじめたのだ。
「えっ、じゃああの言葉を掛けてくれたのは、君だったのか?」
「………」
カイが手をぎゅうと握って、無言の圧力をかけてくるため、ユイナは何も答えられず、気まずそうな顔つきで、再び唇を噛み締めることしか出来なかった。
その後、カイとユイナはアラミスを呼びに向かった後、ユイナを部屋まで送り届ける途中、彼女は廊下でカイの腕を思い切り振り解き怒り出す。
「何で、ヒロに本当のことを伝えないの? 二人の味方なんでしょ? あの人が助けたって言えばいいじゃない!」
「伝えられるものなら、伝えたいよ。あれほど会いたがっていた彼女が助けてくれたって。でも俺はあいつとは誰よりも付き合いが長い。もしもそのことを知ったら、あの身体を押して直ぐにでも求婚に向かうだろう。毒は一刻も早く、完全に身体から取り去らないと、一生身体に残り続けるんだ。だから今は治療に専念して貰わないと」
「このままじゃ私一人が悪者だわ!」
「………いや、それなら俺も共犯者だ。でもこれも宰相補佐としての妥当な判断であったと信じるしかない」
カイは無言のまま、ユイナを部屋まで送った。
ユイナも後味の悪い沈黙に包まれている。
彼は別れ際、ユイナの手を放す瞬間、
「言い忘れていたけど、ヒロが思いを寄せているあの子は、世にも珍しい銀髪に雪のような真っ白い肌の持ち主なんだ。………まるで白一色に染まるような。彼女を鈍く光る裸眼で見ていたから気付いた?」
と眼帯の下に隠された秘密に鋭い切り込みを入れてきた。
カイが去り、ユイナは閉まった扉にもたれかかり、そのままへなへなと座り込んでしまう。
(全てが白一色に染まる永遠に続くような世界を見てみたくはないか? その世界が手に入れば、こんなことをする必要もなくなる)
シュウが手に入れようとしていたのは、彼女自身のことだったというのか?
心を閉ざした、真っ白の彼女。
行動を制限されている訳ありな彼女と、幼い頃から繋がっていたシュウ。
そしてそんな彼女に思いを寄せているヒロ。
何が何やらわからなくなって、放心状態となったのにはもう一つ理由がある。
それは、カイにも自分の目に隠された秘密が暴かれそうになったからだ。
永遠にスピガの所有物になるという契約を交わした忌まわしい目。
遂に身元を突き止められる日が近づきつつある。
ユイナはそんな心にぽっかり穴が開いたような感覚に陥りながら、だだ膝を抱えて顔を埋めていた。
それから徹底的に身体から毒を抜くための治療が行われ、ヒロは動かなくなかった身体的基本動作の回復に向けて日々訓練に取り組んでいた。
彼は一日も早く体の動きを完全に元通りにし、タイガの力を借りて再び求婚することを夢見ている。
主にこの任務にあたった、側近であるテルウは毎日のように運動を行なわせ、時にはマッサージをしたり、城の湯殿で温浴療法を取り入れたりと、ヒロ以上に疲労困憊している。
月夜の綺麗な夜の更けた時間に、王族が使用する別棟にあるテルウの寝室の扉を叩く音がした。
兄弟とはいえ、お互いの個人的な事情を尊重し、部屋を訪ねて来るなんて滅多にないことだが、カイが進捗状況を知りたいと訊ねてきたのかと思い、テルウは面倒臭そうに寝室の扉を開けた。
「あんた誰? よく此処まで辿り着けたね。この別棟は王族しか出入りが許されていないはずなのに」
その子は、鼻の辺りにそばかすがある赤毛の女の子で、中肉中背のこれといった特徴のない普通の感じの見知らぬ子だった。
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