第153話 穢れなき心

 そんな中、ユイナはヒロの寝室で一人看病にあたっている。

 これはもしも目が覚めた時、目の前にユイナがいれば、普段よりも過剰に反応し特別な存在だと思ってしまう効果を期待してアラミスが仕組んだことである。

 それが効果的かどうかは置いといて、ユイナは一度試してみたいことがあって二人きりになれるこの機会を好機と捉えていた。


 あの時、彼女の硬く閉ざされた心の中を覗こうとした時、同じようにヒロの心の中も覗けるような気がしたのだ。

 前回同様に眼帯を外し、鈍く光る目を寝ているヒロの方に向け、神経を研ぎ澄ませる。


「こ、これは!?」


 彼の心は、晴れ渡る清々しい空のように澄んでいた。

 一点の曇りもない穢れなき心。

 聞こえはいいが、一国の王太子として求められる資質としてはどうだろうか。そして最終的にユイナが導き出した答えはこうだ。


「彼の頭の中は、結局好きな人のことしか考えていないのね」



「そうだよ……、本当に困ったものだ」


 何をいまさら、という顔をしながら、カイは看病をしているユイナの元へお茶を運んできた。

 いつも絶好のタイミングで現れるのは、わざとやっているのではないだろうか。そう思いながらユイナは大慌てで眼帯を付け直す。

 彼はテーブルの上にお茶を置き、こぽこぽとカップにお茶を注いだ。


「珍しいね、眼帯を外すなんて。裸眼だと何か特別なものが見えるのか? 君がここに座って看病しているのは、宰相に命じられた義務? それとも特別な女性としての権利?」


「そんな好奇心だけの質問に答えるつもりはないわ」

「確かにそうだね。そんなのどっちだって構わないけど、俺は君の願い事を叶えるため、あの場に連れていった。もう気づいていると思うけど、あの場に居た彼女のことを、ヒロは初めてあった時から好きだったんだ。」

「それなら、あの人が甘いお菓子が好きな子だったのね……」


 カイはカップをユイナに手渡すと、彼女は優雅な所作でカップからお茶を口に運んだ。


「そして今回、ヒロは求婚するつもりで城を飛び出した。彼女は君と同じように秘密を抱えている子で、自由も制限されている。本気でヒロを好きならともかく、何か、窮地に立たされて、あの子の前で親密な関係があるようなふりを装ったのであれば、少なくとも君の軽はずみな行動が、ヒロの命を救ったあの子を傷付けたのは事実だ!!」


 こんな風に、皇帝の妹の地位にある自分に、頭ごなしに叱り付けてくる人をシュウ以外でユイナは知らない。

 いつも優しくて、手助けしてくれるカイが本気で怒っていることに対して率直に驚いたのと、良心の呵責に責められたユイナは黙って下を向いて唇を噛み締めていた。

 そして、特殊な能力があるわけでもないのに、どうしてこの人にはいつも心の中を見透かされてしまうのだろうか、と不思議に思うのだった。



 ヒロに思い人がいたことに傷ついているからか、それともふりを装ったことが図星だったからか?


 どちらとも取れる憂いに沈むユイナを見て、すぐにカイは言い過ぎてしまったと、ハッとしたような顔をして、「ユイナ、ごめん! 君にも思い悩む事情があるのに、ついいつもの癖で思ったことをずばずば言ってしまった。昔からあの二人の味方になると誓っていたから」と慌てて謝った。



「う………ん」

 するとカイとユイナの気まずい雰囲気を打ち破るかのように、突然かすかな唸り声が聞こえてきたのだ。


「ヒロ!」

「ヒロ! おい、大丈夫か?」


 問いかけに対して、彼は急に悪夢から覚めるように、かっと目を大きく見開く。

 そして体の至る所を診察するカイの袖を引っ張り、

「カイ!! 俺の身体、どうしたんだ? 鉛みたいに重くて動かないぞ!」と不安そうな顔になって見上げてきた。


「鏃に毒が塗られていたから、まだ毒が抜けきっていないんだ。でも良かった。川に落ちてからずっとお前は意識不明で眠ったままだったんだぞ」


 ヒロの頭の中は酷く混乱し、何処までが夢で、何処までが現実なのか入り混じっている。

 少しずつその記憶を辿り、時間を巻き戻すと。


 城を飛び出し、シキの実母が見つかり、ササに知恵を授けて貰い、その息子タイガと共に山脈を下山した。

 タイガが彼女の身代わりとなり、従者がシキを連れてきて、二人で母親と再会し、その母から婚姻の許しを得て、ついに婚姻の申し込みをしようとして………飛んできた矢から彼女を庇って、川に落ちた。


 夢現でシキが目の前に現れて、口移しで神気を与えて貰い。


(私の命にかえても絶対助けるから!!)

 誰かが絶えず声を掛けて励ましてくれた。

 あれはシキの声だったのだろうか? 夢なのか、それとも別の誰か?

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