第83話 本物の王太子

 ササが言った通り、王冠を戴いたヒロは狼たちの執拗な追跡を受けることなく、山脈をすんなり抜け出ることができた。

 しかし、彼らの脳裏には違う一面を持つ養父ダリルモアの事が頭から離れない。


 ベガは西の皇帝を暗殺した大陸一の剣士なる人物はその名に《ダ》の文字が含まれると語っていた。

 そしてその人物は、暗殺後ずっと行方不明であったと。

 当たり前だ。自分たちと一緒にずっと山脈の山奥に潜伏していたのだから。

 しかし、あの父がひそかに隠れ続けることを良しとするだろうか?

 何事に対しても真摯に向き合い、誠実な人柄であったあの父が……。



 山脈から下山しアラミスの質素な家に到着したのだが、中は家具も一切なく既にもぬけの殻になっていた。

 仕方なく、再び城に向かった三人を出迎えたのは、腰に剣を下げて騎士のように立っているアラミスの姿だった。


「彼女、……ベガは人生を賭けて赤子を探すと言っていた。そしてついに本物の王太子を見つけ出したのですね。実を言うと、私は初めて会った時から気づいていました。あなたはミッカ様にとてもよく似ておいでだ。その髪も、瞳の色も。そして時折見せる優しい眼差しや仕草は陛下にどことなく似ている。だからササの元に審判に行かせたのです」

 王冠を被った、ヒロを見てアラミスはしみじみと言った。


「彼女がいなかったら、俺は本当の自分を知らないままだった。俺を庇って亡くなってしまった彼女の為にも、この滅亡した国を再び建て直したい」

 そう言うヒロのことを、そのまま暫らく黙ったまま見ていた彼はようやく踏ん切りがつき、少しだけ腰を屈め、お辞儀するような体制になりながら上目遣いにヒロを見上げた。


「その前にあなたは真実を知らなくてはならない。十七年前何があったのか。どうしてこの国が滅亡してしまったのか。そしてそれと同時に絶望を知ることになるでしょう。それでもよろしゅうございますか?」


 ヒロに迷いなんて微塵もなかった。

 国を建て直し、アルギナに対抗できる力を得てから、シキを迎えに行くのだ。それがどんなに辛い道のりだって一向に構わなかった。


「ああ構わない。どんな絶望だって受け入れる覚悟だ」


 アラミスはそのまま深々と頭を下げてお辞儀をし、

「ではこちらに……」と城内を歩き出した。

 相変わらず物が散乱する城内をガサッ、ガサッと物を踏みつけながら四人は歩き進み、アラミスはあの夜会服を纏ったミッカの肖像画の前で立ち止まった。


「……こちらが、あなたの御生母ミッカ様です」

「やっぱりそうだったんだ。でもどうしてこの母上は、どことなく哀しそうな表情をしているのだろう?」

 アラミスは肖像画を眺めながら絵に手を添え、そして眺めたまま昔を懐かしむように語り出した。


「仰る通り、ミッカ様が此処に嫁いできたことは、ご本人にとって必ずしも幸せだったとは言えないかもしれません。


 …………初めてミッカ様にお会いしたのは彼女が十歳かそこら、私が国王陛下にお仕えした頃のことです。くるくると顔が変わる笑顔の可愛らしいお嬢様でした。何年か過ぎ、お身体の弱かった前王妃が子を成さぬまま亡くなってしまい、一族の威信を賭けて送り込まれてきたのが当時、十八歳になったばかりのミッカ様でした。彼女が選ばれたのは一族の中でただ若かったという、それだけの理由でしかありませんでした」


 彼は時折とても苦しそうな顔をして、グッと拳を握り締める場面が何回もあった。

 その度にミッカに対して何かしら特別な感情を抱いていたのではないかとヒロたちに憶測が生まれる。

 そして、この肖像画を眺めているのがとても辛くなったのか、再び城内に音を響かせ歩き出した。


「親子程歳の離れた陛下のところへ後妻として嫁ぎ、彼女に課せられた使命はただ一つ。正統な後継者のいないこの国のお世継ぎを産むことだけでした……。深いご寵愛を受けていたわけでもない彼女は次第に笑顔を失い、どんどん別の事にのめり込んでいくことになります」

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