第82話 何の変哲もない王冠

その小さな炎は真っ暗闇の中、すぐに数メートルにまで膨れ上がり、襲ってきた狼たちは突然出現した炎に怯えて一斉に後ろへ下がる。

そして下がった彼らの中から、一匹の真っ白な大狼が姿を現してゆっくりとヒロの方へ近づいてきた。


「ササ?」

黒い狼のたちの中にあって、ひときわ神々しく白い輝きを放つ大狼。


「これ以上、無用な争いは必要ない。ついてこい、母上がお待ちだ」

大狼は黒狼と違い、人と同じように言葉を発し、問いかけるヒロのことをジロジロと観察する様に琥珀色の大きな目で見つめていた。


これだけの黒狼たちを蹴散らすぐらいなのだから、さぞや優れた人物なのかと思いきや、至って普通の青年だったことにタイガは少々拍子抜けしていた。

しかも、ササに会うことができると聞いて緊張しているのか、先程から遺言めいた言葉を並べ、明らかに挙動不審になっている。

乳兄弟ではあるが、取り立てて言うほどの人物ではないな。

そう思っている時、遅れてカイやテルウが到着した。


「お前たちも一緒についてこい」

そう話す、タイガの後を付いていくことになり、三人は馬に跨り、さらに高い丘の上まで登っていった。


「……カイ、あいつ口きいたぞ?」

「しっ、静かにしろ! テルウ。もうすぐ白き神に御目通りが叶うんだ。ここで彼の機嫌を損ねるな!」


しかし実際には、そう。そこな! 気になるよな、やっぱ!

言葉を話す大狼に、その母親はあの白き神だという。

突っ込みどころ満載で、カイはもう大いに好奇心をそそられ、顔がどうしてもにやにやしてしまい、今にも吹き出しそうになっていた。

しかも大狼はついて来いと言わんばかりに威張った様子で、つーんと顎を突き上げて前を歩いている姿なんて、滑稽極まりないではないか。


やがて、針のように尖った岩まで辿りついた時、その奥から案内してきた大狼よりさらに一回り大きい圧倒的な存在感を放つ、一匹の真っ白な大狼がヒロたちの目の前に現れた。


「……母上だ。粗相が無いようにしろよ」


それで、まず驚いたのは、ヒロは初めてシキを見たとき、ササじゃないかと彼女に尋ねたが、あの時の憶測は当たらずとも遠からずだったことだ。

ササを一目見て、その気品ある佇まいや白い容姿がやはりどことなくシキに似ていたのだ。


「あの、俺が本物の王太子かどうか、あなたなら審判できると言われて。

……うっ、ち、近い」

歩いてササのそばに寄っていくと、彼女は更に超至近距離でその琥珀色の瞳をヒロに近づける。

目の前にある口は、ヒロの頭位ならすぐにでもぱくりと喰い付くことが出来そうなほど大きかった。しかも、口からは長く鋭い牙が並んでおり、その顎を彼女はゆっくりがばっと開けた。


今まさに、本物の王太子かどうかの審判が下されようとしている。



「あの力、……封印は解かれたのか?」

「封印って?」

「十七年前、虫の息だったお前をここへ連れてきたダリルモアは宿敵だった私に乳を飲ませろと懇願し、自らの右腕と引き換えに、私はお前に乳を飲ませた。

だからそこにいる我が息子タイガとお前は乳兄弟というわけだ。

そして私はあの力を本当に必要になるまで使わないよう封印をし、加護を授けた」


その言葉を聞いたテルウは、

「はあ? ヒロが狼の乳を飲んでいたって?」

と大声を出して、飛び上がるほど驚いた。

あんなおっかない………いや、凛々しいお姿である森の女王の乳を赤子のヒロが飲んでいるという、何とも言えない生々しい野性的なイメージが頭の中を駆け回り、つい声が出てしまったのだ。


「そこ! 何か問題でも?」

そんな大声を突然出したテルウの方にギロリとササは目を剥くと、

「いいえ、何も問題ありません。すいません、大声出して」

と事を荒立て彼女に一口で食べられないよう、すぐにビシッと姿勢を正した。


「俺に乳を飲ますのと引き換えって、だから父さんは右腕を失っていたのか?」

「……しかしダリルモアは後悔していなかった。もう必要ないものだと言って。

彼が数え切れない程の命を奪った右腕と引き換えに、お前に乳をあげたこと。なぜそこまでする必要があったのかじっくり考えるとよい。

そしてその答えが見つかった時、かつて大陸一の剣士と呼ばれ、西の皇帝を暗殺したダリルモアの本心が理解できるだろう」


「ベガが言っていた伝説の騎士は父さんだったというのか? しかも、あの西の皇帝を暗殺した!」


ササがヒロに告げたのは、全く知らなかった養父ダリルモアの別の顔だった。

いつも暖かい眼差しで彼らを見つめ導いてくれていた父が、大陸一の剣士であり、はたまた暗殺者であるという。

ベガの話では暗殺後、剣士は行方不明だったと言っていた。

ヒロだけでなく、カイたちもただ黙って二人の話に耳を傾けていた。


「ヒロ。十七年前、お前の足環と引き換えに、あの王の腹心はこの王冠を私に預けた。

いつか本物の王太子が訪れ、本物であったならば彼に渡してほしいと」


そういってササは宝石など一切ついておらず、何の変哲もない王冠をヒロに授けた。

その王冠は金がくすんだような色をしており、何時の間にかヒロは頭に王冠を戴いていた。

急にずっしりとした重みを感じたため、彼が手を頭に当てると王冠に触れカツンと金属音が鳴る。


「それが国の君主であるという証。

そしてあの力の封印が解けたということは、この大陸が大きく動き始めたということだ。

お前たちが何を見極め、何処に向かうのか、それにより未来は大きく変わる。

もしもこの母に助言を求めたければ、その王冠を再び被り森に入れば、狼の追跡なくここまで難なく辿り着ける。

さあ行くがよいコドモタチ…………」


二匹の親子の大狼の姿は、ハッと気が付いた時には完全に跡形も無く消えていた。



お前たち? 俺とシキのこと?

コドモタチ?

俺はまだ子どもか?

ササから見て子どもだと言ったのだろうか?

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