第71話 両天秤
アルギナは、鳩が豆鉄砲をくらった様な顔で目の前にいるシキを見つめたまま、苦しんでいるテルウをパッと手放した。
嘘だろ! あのアルギナが素直に従った!
大神官よりも位が高いってあの子は一体何者なんだ!?
カイは手放され、ゲホゲホと咳き込んでいるテルウの元に急いで駆け寄る。
「これはこれは、約束を破り、塔から逃げ出した姫さまではありませんか? こんなところでお目にかかるとは」
そう嫌味っぽく言うと、アルギナの傍にいる兵士たちが一斉に後ずさりし、皆一様に膝をついて首を垂れた。
姫さま、だって? ………そうか、だからアルギナが従うわけだ。
それなら彼女に従者がいるのも納得できる。
カイがテルウの傍でアルギナの言葉をじっと聞いていた時、彼らを探しにきたリヴァが大勢のバミルゴ兵士たちを見つけてシキの元に駆け寄り、庇うようにアルギナの前に立った。
「おい色男? お前がついていながらなんて様だ」
「彼は一切関係ないわ、私が勝手に国外に出たのよ」
「これではお母上の身の上が案じられますなあ?」
「だったら何? 私の大切な人たちに危害を加えたりすれば、このままバミルゴへは戻らないだけよ。アルギナ、あなたは人の一番弱いところに踏み込んでくる。だったら私だって同じように利用させて貰う。あなたの大事な愛しい人に少しでも手が触れたらどうなるか考えた方がいいわ!」
「塔の中で大人しく読書だけしているのかと思いきや、妙な知恵をつけられましたなあ、姫さま? 誰に入れ知恵されたのやら」
そう言って、チラッと冷たい目をしてリヴァの方を見たあと、手持ちの扇を兵士から渡され、すぐに開いてあおぎだした。
しかしそのあおぎ方は通常と違い、猛烈な速さで小刻みにあおぎ、明らかに動揺したような様子を見せているのである。
そしてテルウの顔を見てから、シキの顔を見て、またテルウの顔を見る。
自らの欲望と国家の秘密、両天秤にかけ圧倒的に後者優勢だと判断したのか、
「そこまで言い切るなら彼らに手を出さない代わりに、もう二度と今回のように国外には逃げ出さないと彼らに向かって誓えますか?」
とシキに面と向かって訊いた。
「………………ええ、誓うわ。二度と出ないと」
がっくりと肩を落として、淋しそうに下に視線を向ける。
「今後こんなことに二度とならないよう警備をさらに強めるからな」
リヴァはそんな彼女の感情を察し、すぐに肩に手を当て自分の方に抱き寄せ、アルギナにリヴァは問いかけた。
「立場はあれど、彼女は十五歳の女の子なのに、あの塔に閉じ込めることに何の意味があるのだ?」
しかしアルギナは何を今更とでも言いたそうな顔をして、
「人ではないだろう。少なくともこの国では。お前が傍にいて一番知っているはずだ」
そう言い切ってから、兵士に唐車を持ってくるように指示を出した。
おいヒロ! 彼女、俺たちを庇って二度と国外に出ないって言っているぞ。
こんな大変な時にもかかわらず、どうしてお前は幸せそうな顔してグースカ寝ていられるんだ?
カイのそんな気持ちをものともせず、ヒロはまったく起きる気配を見せない。
それどころかムニャムニャと何か言いながら、口角をあげてニヤついている顔を見せてくると思わず叩き起こしたくもなり、頬をギュウっとつねったが無駄だった。
すぐに真っ黒な唐車が横付けされて、兵士たちは慌ただしく動き周るなか、ツカツカとアルギナがテルウの方に向かって歩いてきた。
「私はまだ完全に諦めたわけじゃないぞ、愛しい子」
そして御羽黒を施した、前歯を見せてニヤリと笑った。
「うえ! 絶対にお前のところにだけは行かないからな、いい加減諦めろ!」
テルウは捨て台詞を吐きながら、アルギナのお歯黒姿に怯えてカイの後ろに隠れた。
アルギナが唐車に乗り込んだ後、
「さあさあ、姫さまバミルゴに帰りますよ。こちらにいらしてください」
と扇で顔を隠して下を向くと、動き回っていた兵士たちは彼女が乗り込むため、踏み台を準備し御簾を上げて待ち構えている。
そして最後にシキはカイの近くに来て、ヒロのことを寂しそうに見つめた。
「カイ、目が覚めたら彼に伝えて。約束のこと覚えていてくれて嬉しかったって。あなたが進むべき道を見つけてくださいってね……」
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