第70話 進むべき道

 四方八方から聞こえてくる小鳥たちのさえずりでシキは目を覚ました。

 ゆっくりと薄目を開けると、二人は木が生い茂る森の中で抱き合い横になっていた。


 暖かな陽光が木々の間から降り注ぎ、眠っているヒロの顔を照らし、手を伸ばしてシキがそのヒロの唇に触れる。

 熱い口づけを交わしたことや、身体を寄せ合って眠り、そして一緒にパシャレモに行こうと言ってくれたことが頭の中を駆け巡り、胸がじんわりと熱くなってくる。

 もうこれで過酷な運命に縛られることなく、自由を手に入れ何処にだって羽ばたいていける。


 そう思っていた矢先、遠くから人影がこちらに向かってきたため、急いで腰に巻き付けてあった外套を纏い、思わず顔を隠し小さくなって蹲った。


「あっ、いたいた! ほらこっちでやっぱり合っていただろう?」

「お前の勘、相変わらず動物並みだな。なんだ、ヒロはまた寝ているのか?」

 聞き覚えのある声、向かってきたのは何とカイとテルウだった。


「カイ? テルウ?」

 外套を纏い、顔を隠したシキは二人を見て、少しだけその翠色の瞳を覗かせる。

 そしてそんな二人も彼女がヒロと同じように、赤い目をしてヒロと戦っていたことを思い出し、一瞬だけ驚いた表情を見せたのだが、その瞳が元の翠色に戻っていたため、すぐに安心したような表情に変わった。


「驚いたよ。二人とも真っ赤な目をして、急に地面に吸い込まれるのだもの。でもすぐ見つかってよかった。背の高い君の従者も間もなくこちらに向かってくると思うよ」

「すぐ?」

「ああ、吸い込まれてから一刻も経っていない」


「……嘘、一刻って」


 驚いたことに、あんなに長い時間を二人きりで過ごしていたのに、カイの話から推測すると鏡の中では時を刻むスピードが元の世界とは全く違っていたのだ。

 シキが驚いた顔をして見つめているカイとテルウの背後で、ガサゴソと何かが一斉に動き出した。

 すると木の間からスゥっと大きな手が伸びて、誰かがテルウの口を塞ぐ。


「私の神に対する祈りが通じたのか? 五年経っても見間違えるものか、あの愛しい子が腕の中にいるぞ」


 後ろから忍び寄った大きな手はテルウを凄い力で抱きしめた。

「あっお前……ア、アルギナ!?」


 テルウの身体をアルギナの巨体は軽々と抱き上げ、その大きな口を頭に愛おしそうにくっつけ、そして、次は耳に軽く口を当てる。

「背も高くなって、五年前よりも、さらにいい男になっているではないか! あの時はよくも出し抜いて恥をかかしてくれたものだ。しかしもう二度と離すものか。このままバミルゴに連れて帰るからな」

 嬉しさのあまり、興奮したアルギナは真後ろからテルウを羽交い締めにし、抱きしめているこの瞬間を満喫していた。


「はっ、放せ! カイ助けて………、耳が食べられる………」

「嫌がっているだろう、放せ! アルギナ!」

 アルギナは二人の話には全く聞く耳を持たず、目配せすると彼らの周りをすぐに大勢のバミルゴ兵士たちが取り囲む。


 何とか隙を見つけ、逃げ出そうと足をジタバタさせているが、凄い力でさらに力を加えて抱きしめるアルギナからテルウは逃れることが出来ない。


 身動きが全く取れずに、やがてテルウは締め付けられ苦しそうに虚ろな表情になっていく。

「言うことを素直に従わせるため、そこにいる兄二人も連れていけ!」


 シキは外套を纏い小さく蹲っていた。そして彼らのやり取りを黙って聞いている。


 アルギナが兵士と一緒にいる。間違いない! 私を探しに来たのだ。

 そして彼らをバミルゴへ強制的に連行しようとしている。

 連れていかれたら最後。以後彼らと会えるどころか、彼らを切り札に、私はさらに弱い所を握られ、テルウはアルギナの傍で扇をあおがされて、私たちは身動きがとれなくなってしまう。

 ヒロとカイだって、バミルゴに着いた途端、用済みとして命を奪われることにもなりかねない。

 どうしたらいいの? どうしたら彼らを救える?


 彼女はひたすら外套で顔を隠しながら、ヒロに言われた言葉を頭の中で繰り返す。


(あの時の約束覚えている? 必ず探し出すって。必ず迎えに行くって! 俺と一緒にパシャレモに行こう、シキ!)


 …………それにヒロの夢だって。

 彼を庇って亡くなってしまった、賞金稼ぎの女性。

 その女性から出生の秘密を聞かされ、本当の自分を見つけるため亡国パシャレモに向かおうとしているヒロ。

 その彼の進むべき道を私欲のために閉ざすわけにはいかない!


 そして唇をぐっと嚙みしめて、

「……彼を放しなさい、アルギナ」

 と外套のフードを脱いでアルギナの前に立ちはだかった。

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