第66話 女の匂い

 その強く美しく輝いている姿を見て、ヒロは自分がどうしようもなく彼女に惹かれていることに気がついた。

 意識が朦朧としながらも、ハスキーな声で唄が聞こえてきて、労るように水を飲ませてくれ、ひょっとしたらこれは幻ではなく現実なのではないのかと、途中から気付きはじめていたのだ。


 その容姿も、声も、温もりも全てに心奪われていた。

 もう五年前のただ苦しく好きという気持ちではなく、ずっと傍にいて共にありたいと願ってしまう。常に自分の傍にいてくれたらどんなに心強いだろう。


 しかし自分たちの関係って何だ?


 恋人って訳でもないし、五年前、何かと戦っている彼女を救い出したくて、ただ迎えに行くから待っていてって言っただけだし。


「………す、す、す」


 本当は好きって言いたかったのに、口が勝手動いて、思わず出た言葉は

「………すまん!」だった。


 あーっつ、あー。口がつい勝手に。本当こういうのは向いていない!


「何よ、その上から目線な言い方。さあ眠くなってきたからもう寝ましょう。ここは時間の感覚が狂っていてすぐに眠くなるの」


 彼女はそんなヒロの胸の内を知る由もなく、眠そうに手を口に当て、くるりと後ろを振り返り、ヒロが寝ていた所まで行き一枚しかない外套に包まっている。

 完全に告白する機会を失ったヒロは、彼女の思わぬ行動に目が点になった。


「ちょ、ちょっと待って。寝ましょうって、今までどうしていたの? まさか……」


「ここに来てからはずっと外套に包まって一緒に寝ていたわよ。それにあなた、赤い眼をして力を使い過ぎたからか、ずっと調子が悪くて、寒い寒いって震えていたし」


「そつ、そんなの無理だよ! 俺たち幾つになったと思っているの?」


「あらどうしたの? 昔は一緒に野原でお昼寝したじゃない」


 一つしかない外套で一緒に寝ることに、ヒロはボボボボっと真っ赤な顔して戸惑っている。


「それに、あれから五年間どうしていたか教えて欲しいから、やっぱり隣にきて」


 こっち、こっちと手で合図しながらも眠そうな目が妙に色っぽく見えて、心とは裏腹に身体が勝手に動き出し、結局言葉に甘えて隣に寝転んでしまった。


 それから五年間の出来事、情報屋の事、カルオロンの事、タバンガイ茸の事、術師の事、そしてベガと出会った事、いろいろな事を話して聞かせた。

 シキはとても興味を掻き立てられるのか、ヒロの方に近づきもっともっと話してとその翠色の瞳を顔にぐぐっと近づけてくる。

 それがたまらなく嬉しくて話が止まらなくなってしまった。


「パシャレモ? 訊いたことのない国だわ……」


「大陸の東にあった亡国なんだって。俺を庇って亡くなってしまった彼女のためにもその国にいって本当の自分を見つけてみようと思うんだ」


 横を見たらもう彼女は目を閉じて寝ていた。


 その美しい寝顔をまじまじと見ていると、こんなに綺麗だったっけと胸がドキドキし、目が釘付けになってしまう。

 もともと綺麗な子だとは思っていたがあれから五年経ち、背もぐんと高くなり、顔付きも十五歳とは思えず、また唇が赤くて大人っぽい。

 身体も出るとこは出て、出なくていいところは引っ込み、メリハリがある。

 そして彼女からは今までに嗅いだことない何ともいい香りが漂ってくる。

 使用している石鹸の匂い? でもこれは香料でもない。

 それに引き換え自分は?


 まずい! まずい!

 最後に湯殿に入ったのはいつだっけ? ベガと宿屋で食事をした日?

 いや、あの日は食後テルウの腹の調子が悪くなり薬草を調合していたから入っていない。

 その前ってまさか南に来る前? あれからずっと貴族の調査をしていたぞ。


 そんな絶望的な気分の時に、

「もう怒らないで、先生」とシキが寝ぼけてヒロの腕に急に抱きついてきた。


(………先生って誰?)


 可能性があるのはあの長身の従者一人だけだけど。

 ふーん、君はあの従者にはそんなふうに甘えた声を出して腕に抱きつくんだ。


 ふーん、ふーん、ふーん、そうなんだ。

 悔しいな。俺だって君に触れたいし、その柔らかそうな唇にだって触れてみたい。

 もっともっと近づきたいと思っているのに。

 とにかく、今のままでは情けない姿しか晒していない。

 次に彼女が目を覚ましてからは、男らしいところを見せて汚名返上しなくては。


 そんな嫉妬心のようなもやもやした想いを抱いていたら、あれほど睡眠を取っていたにもかかわらず、また強烈な睡魔が襲ってきて、腕に抱きつかれたまま彼女の横でヒロは熟睡してしまった。

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