第65話 真実の力
翠色の瞳は断崖絶壁の霞がかる山の頂を見据えていた。
どうして、この山だけ鏡に映らないのだろうか?
相変わらず鏡の周りを観察し、何とか脱出の糸口を探しているシキが戻ると目を覚ましたヒロが「なんで助けたの? 俺なんてどうなってもよかったのに」と手の甲を目に当てながら拗ねて横になっていた。
「だって、私を呼んでいたじゃない。助けてって」
「こんな俺を庇って大事な人が死んだんだ。みんな俺の傍のからいなくなるんだ。君だって……いなくなった……し……」
本当は死ぬほど会いたかったにもかかわらず、思うように身体は言うことを利かないし、しかも不甲斐ない姿を晒して彼女に看病されていたことが恥ずかしくて、気持ちと裏腹な態度をとってしまった。
シキはじっとそんな彼の話をただ黙って聞いている。
すると、二人の前にどこからともなく小さな女の子がぼぉっとあらわれた。
ヒロはビックリした顔をして、のそりと立ち上がりその子どもに近寄る。
女の子や周りの情景はホログラム映像のように浮かび上がって見えるため、ヒロが手を翳して女の子に触れようとしても、勿論直接触れることはできなかった。
子どもは六歳位でシキにどことなく似ている。しかし女の子は彼女の銀髪とは違い真っ黒で艶やかな髪色をしていた。
小さな子は本を読んだり、外に出て野原を歩いていたり、食事をしたり。
いつもたった一人で過ごしている。
「この子は何でいつも一人きりなんだ?」
「………これはきっと昔の私。私はリヴァが来るまで一人きりであの塔に閉じ込められていたの。今もあまり変わらないけど。だから私は同じ年頃の知り合いもいないし、あなた達と出会ったのが最初で最後なのよ」
「閉じ込められて、って何で? 今こうしてこの場にいるのに」
シキはその問に答えず、暫くの間、哀しそうにその女の子をずっと目で追っていた。
「それは、助けてって誰かに呼ばれた気がして、身体が勝手に反応したの。居ても立っても居られなくなり、生まれて初めて塔を抜け出してしまった……」
「それって、俺が呼んだのか? 前から気になっていたけど、どうして君はそこまでアルギナに従うんだ?」
ヒロはあの薄暗い塔にずっと閉じ込められていたという衝撃の事実を知って、思わず彼女の肩を掴み、自分の方に振り向かせた。
「私には生まれた時に離れ離れになってしまった、お母様がこの大陸の何処かにいるの。母の行方はアルギナしか知らない。あの人は相手の最も弱い部分を知る術に長けている。万が一、塔から出たらその母を亡き者にするというから、仕方なく従っているの。リヴァもそう。彼はカルオロンから追われ、それを理由にあの塔にいる」
「そんな、理不尽な! 君自身の人生なのに、誰かに制限されるなんてそんなのおかしいよ!!」
「もしそうだとしても、私はその自分の弱さと向き合わなければ真に強くはなれない。私とあなたが持っている力は途轍もなく強力だけど、そんな力に頼らずとも強くあるべきだと思ったの」
二人が持っている力………。
それが何だかまだよくわからないけど、その力に導かれて今こうして二人きりでここにいるのは確かだ。
そして彼女が孤独な中で、もがき続け、それでも必死で強くなろうと生き抜く姿を感じ、ヒロはいかに自分が弱い人間だったのかを思い知った。
彼女は幼い時からたった一人きりで戦ってきた。
それに引き換え自分は、傍からいなくなってしまった人たちのことで悲観的になり、いつまでも引きずって前を向こうともしなかった。
ベガやダリルモアが最後にどんな気持ちであの言葉を託し、自分を命がけで救ってくれたのか考えもしなかったのだ。
すべては俺の為なのに!
(いいか! この力は使うと憎しみしか生まれない、だから絶対に使うな! 自分の真実の力を信じるんだ! 必ず答えはある。希望を見出せ、運命の子!)
俺は悪魔の子なんかじゃ決してない。
俺が持っている真実の力。
その力を信じて、ベガや父さん、母さん達、テルウやカイ、俺をこれまで支えてくれた人達すべてのために生きるべきなのじゃないか?
そして皆や、目の前にいる君にも真実の力を手に入れた、これからの俺の生き様を見せたい!
「君は強いね。だからいつも戦う力を俺に与えてくれるんだ」
ヒロは先ほどとは打って変わり生き生きとした青い瞳で、シキに尊敬の念を込めて言った。
「そんなことないわ。それにあなただっていつも私を笑顔にしてくれるじゃない。あんなに不安だったのに、普段通りのあなたに戻ってくれてとても嬉しいもの」
そう言ってシキはヒロに向かってにっこりと微笑んだ。
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