第62話 真後ろ
夕飯を作るいい匂いが漂ってくる。
少し焦げたようなこの匂いは大好物の焼いた猪か、それとも今日沢山釣れた魚かな?
真っ赤な夕日が見えなくなってきたから、もうすぐ日が暮れる。
でも母さんが呼びに来るまでは、まだまだ遊べるんだ。
テルウがまた、すぐにばれるズルをやらかした。
それでカイにこっぴどく叱られ、ジェシーアンがジオをおぶって二人のやり取りを笑って見ている。
っはは。ジェシーアンがメチャクチャ小っちゃい。四歳位かな?
しばらく父さんが薬草を売りに集落に行っているから、今日は早めの夕食になりそうだ。
だからさっさと遊びの決着をつけないと。
みんなで輪になって真後ろに誰がいるのか、俺が目を瞑って当てるんだ。
ジェシーアンはすぐわかる。どたどたと足音を立てて歩くから。
テルウはわざとらしくそろりそろりと歩く。じゃあカイか?
でもこれは明らかに違うけど……。
「ヒロの真後ろにいるのだーれーだ?」子どもたちの一斉の問いかけに対し、
「カイだろ」そう言って瞑っている目を開けた。
あれ? ジェシーアンがニヤついてこっちを見ている。
俺がいつも間違えてよく負けるからだ。
またあなた間違えたわよ、進歩しない人ねえと言いたそうな顔して。
でも何故だろう? カイとテルウも目の前にいる。
じゃあ俺の真後ろに今いるのは誰だ?
誰か確実にいる。だってこんなに気配を感じるもの。
ヒロは恐る恐る後ろを振り返ると、そこには、幼少期の自分がいた。
「おっ、俺?」
その幼少期の自分は、急に上を向いて無表情からいきなり、
「お前は人を不幸にする。だからお前に関わった人は皆去っていく。お前は生まれてくるべきじゃなかったんだ。悪魔の子!」
と真っ赤な眼をして罵ってきた。
「違う! 俺は悪魔の子なんかじゃない!」
そう声を限りに、小さな自分に向かって叫んだ。
「だってそうだろ! あんなに皆で幸せに暮らしていたのに、金髪の子どもがあらわれて母屋が跡形もなく消えたじゃないか? ベガだってお前を術師から庇って死んでしまっただろう! みんなお前のせいなんだ! お前の本当の母親は悪魔の子を産んだんだ!」
そうだ。ベガはそんな俺を抱きしめて、出生の秘密を明らかにし逝ってしまった。
父さん達だって五年経ってもいまだに見つからない。
(この力は使うと憎しみしか生まれない、だから絶対に使うな!)
そう最後に父さんに言われたのに、身体が勝手に反応して、無意識にあの力を使ってしまった。
そして術師たちを、あんな目に……。こんなにも苦しいのはその報いなのか?
「ほ、本当に何も知らないんだ、自分じゃないみたい、誰か助けて!」
その叫び声に、すぐ目の前にいるシキが驚いて大きな翠色の瞳でこちらを見ていた。
そしてまだ力を使いすぎて意識が朦朧としているヒロを、少し戸惑いながら優しく抱きしめた。
それは泣いている子どもを愛おしく抱きしめるように、首から上を両腕でギュッと抱き、自分の顔を頭にぴったりとくっつけて。
目の前で銀色の髪が揺れている。
ああ、そうかこれは幻か?
でも五年前と随分と雰囲気が違う。もっと大人っぽい。
絶望的な状況に追い込まれて縋るような気持ちで、きっと成長した彼女を思い出しているんだ。
するとどこからともなく唄が聞こえてくる。
エスフィータ エスフィータ
こどもたちに口づけを 幸せだった日々を思い出し涙するだろう
エスフィータ エスフィータ
亡き魂に花束を こぼれる涙を胸に抱き明日を見つめるだろう
エスフィータ エスフィータ
輝く王冠に祝福を 赤い月夜の晩に彼方のまばゆい光を掴むだろう
エスフィータ エスフィータ
鏡の中で踊り続け 永遠にほほ笑み続けるだろう
エスフィータ エスフィータ
ファ オ デルタトロス
少しハスキーな唄声は負の力で冷え切った心を癒し、落ち着かせてくれた。
なんて暖かくて救われた気持ちになれるのだろう。その君の声で歌う唄は。
幻でも構わない……。こうして君を感じているだけでこんなにも幸せなのだから。
「………シキ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます