第61話 宝物
「わああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
リヴァは叫びながら無我夢中で起き上がり、幼女に向かって走りだした。
心臓がどうとか、身体中が痺れるとか、そんなことはどうでもかまわない。
倒れた幼女を抱き起こすと体が発熱しぐったりしており、その小さな体をまだ痺れが残る両手でしっかりと抱きかかえて塔へと引き返した。
「身体が熱い! いつからだ?」
書庫の長椅子に寝かせてから、急いで食堂の隣にある神官たちが必要なものを置いていった貯蔵庫の中を引っ掻き回した。
「解熱薬! シラユカギ、どこだ! どこにあるんだ!」
すると木製の棚の奥の方から一般的に出回っている解熱効果のあるシラユカギの濃い茶色をした葉っぱを見つけた。
急いで煎じ冷ました後、ぐったりしている幼女に少しずつゆっくりと飲ませ、洗濯してあったシーツを被せた。
あの日、最愛の人は腕の中で再び目を覚ますことはなかった。
愛を確かめ合った時とは全く変わり果てて、その身体は氷のように冷たくなってしまっていた。
助かるなら神にでも何でも、祈りを捧げよう。
だから奪うな! もう失いたくない、あの人に似た瞳を持つこの子を!
いつの間にか、その白く小さな手を握りしめたまま、長椅子に頭をもたれかけ寝てしまった。
「………ずっと手を握っていてくれたの?」
目を覚ました幼女は、その翠色の瞳を年相応の子どもっぽく覗かせ訊いてきた。
隣で誰が寝ていても、ぐっすりと眠ったことなんてなかったのに。
自分でも心地よく寝ていたことに驚いて急いで顔を上げ、
「ええ。あなたのことが心配で……」正直に告白し、おでこに手を当てると熱はすっかり下がっていた。
「………無理しないで、ここから出て行ってもいいのよ。無事、国外に出られるよう神官たちに話は通すから」
リヴァは握っている手をさらに強く握りしめてから、彼女の手を自らの唇にあてた。
「いいえ。ずっとここにいますよ。あなたさえよければここに置いてください。実を言うと私には行く当てがないのですから。それにあなたは勝負に勝ったのです。願いは何です?」
「あのね、私に剣術を教えて欲しいの」
「剣術……。あの力があるのに? 何故?」
「だいぶ制御できるようになったけど、あの力は使うと憎しみと哀しみしか生まない。神官たちはここに結界を張り、私の力を弱めて閉じ込めている。でもいつかはもっともっと外の世界を見てみたいの。その時のためよ」
「結界? それでもあんなに!」
この幼女はこの国で最も尊く、こんなにも美しく、桁外れの力を持っていたって、ちっとも幸せではない。
いつもたった一人ぼっちで、願ったもの何一つ手に入れることだって叶わない。
そんな理不尽な運命あっていいのか?
そしてそんな当たり前の自由を手に入れるために勝負を挑んできた。
自分をあの地獄のような日々から救い出し、自由を与え導いてくれた先生。
もしかしたら、罪を犯したこんな自分でも彼女を救えるかもしれない。
「ぜひ私にあなたの願いを叶えてさせてください。私の師には敵わないかもしれませんが、姫様」
「あの人たちと同じ呼び方しないで、その呼び名嫌いなの……。私はシキよ。これからはそう呼んで。あなたの名前は?」
「昔読んだことのある、古文書に載っていた遠い異国の神と同じ名なのですね。私はリヴァ、今日からあなたの従者です。さあ力を付けるためにも食事にしましょう」
リヴァは病み上がりのシキをふわっと抱き上げた。
同じ目線になって近くでよく見てみると、肌の色が白く透けるように美しい。そしてその白い手を首に廻して、彼の耳元でちっちゃな声で囁く。
「……あのね。お芋は入れないでね」
なんと可愛らしいのだろう。それにそんなお願い事されたら、どんな願いでも叶えてあげたくなるではないか。
「はい。はい。わかりましたよ。次からお芋は抜きでね」
心の傷を癒してくれる、小さな宝物のような彼女の温もりを抱いて、リヴァは食堂へと向かった。
(大丈夫だ。お前は何も悪くない。哀しみの分だけ幸せがあるから)
先生、もしも願いが叶うなら私とこの方と、これから二人で幸せを見つけてみてもいいでしょうか?
最愛の人を失った哀しみと向き合うために。
最愛の人の犠牲の上に成り立っているこの命を……。
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