第60話 勝負

「……勝負? あなたと私で? 仰っている意味がわかりませんが」

 幼女はその小さな体を椅子から下ろし、リヴァの方につつつと歩いてきてから背の高い彼を見上げるように言った。


「あなたがどんな人物か当ててあげましょうか? そうね、まずこの国の人ではない。ある程度、剣の心得があって、そして………恐らく何かしらの罪を犯しているわ。どう当たっている?」

 その翠色の瞳は驚くほど彼の境涯を見抜いていた。


「……驚きましたね。ほぼ当たっています。何故わかったのです?」

「簡単な事だわ。そうなるように仕組んだのですもの」



 おい、おい、おい。これほど可愛い顔して何を言い出すんだ。この子は。



「仕組んだってどういうことですか?」

「神官たちに負傷者が増えれば増えるほど、彼らは焦って国外の人物に目を向ける。自分たちで監視ができないから、剣術に長けている人物をね。ある程度の教養があって、……そしてここが重要、もし何かあった時に面倒だから囚人とか犯罪歴がある人物とか……」


 リヴァは完全に頭が混乱していた。それは腕の立つ人物をと言っていた神官たちより、遥かに先を見越しているこの幼い少女にだ。


「あなたが裏で糸を引いていたと、仰るのですか?」

「私だって好きで彼らを負傷させている訳じゃないわ。手加減していたし……。でもずっと考えて、国外の腕の立つ人物を目の前に連れて来させるにはどうしたらいいだろって」


 ようやく誰に似ているかわかった。


 その翠色の瞳はずっと誰かに似ていると思っていたが、瞳の色は違えど、あの最愛の人が戦っている時と同じ目をしていたのだ。

 そして綿密に計画を練って、この幼女は自分と勝負するために神官たちを利用し、ここまで連れて来た。


 リヴァはふっと顔を引き攣らせながら言った。

「……そっ、そこまで言うならいいでしょう。その勝負を受けて立つことにしましょう!」

「私が勝ったら願いを一つ聞いてもらうわ。もしもあなたが勝ったらこの国から安全に脱出させてあげる」


 そして、歩き出した幼女の後をついて、塔から野原に抜ける扉を出た。

 風も全く吹かない野原のど真ん中で二人見合っている。


「武器を持たないのですか?」

「必要ない」

「丸腰か?」

「あなたも本気でかかってこないと怪我するわよ……」



 こんな丸腰の幼女相手に、なんと馬鹿げた駆け引きをしているのかと思ったが、ここまでする彼女の目的に誠心誠意向き合わなければ、失礼にあたるのではとこの申し出を受けた。

 そしてもう一つ、どうしても確認しておきたいのは、本当に食わせ者かどうかだ。



 リヴァは剣を構えゆっくりと彼女を正視する。

 すると徐々にその正視している先の眼が徐々に赤く光り出す。

 そしてその彼女の眼は生まれてから今まで見たこともない位、哀しい眼をしていた。


 この国で最も尊い存在なのに……。何故、そんなに哀しい眼ができるんだ。


 幼女めがけて走り込んで大きく斬りかかっていくが、無論、最初から斬るつもりなんて毛頭なかった。寸止めにするつもりではあるが彼女には気づかれないように。

 そして、彼女の目前に迫った時、その小さな手の先から放たれた真っ赤な光とともに猛烈な風が、彼の身体を持ち上げて野原の反対側まで吹っ飛ばした。

 全身が痺れる痛みと、心臓が鷲掴みされているようにヒクヒクと波打っている。


 触れる事さえ出来なかった……。なんて力なんだ!


 向こうからゆっくりと歩きながら、幼女は先程と同じような哀しい眼をして倒されたリヴァの方に近づいてくる。


「……あれほど言ったのに手加減したわね。だから苦しいのよ」


 アルギナが言った通り、彼らが畏怖の念を抱くはずだ。

 この力で人の命を奪うことなんて造作もないことなのだろう。だからあんな哀しい眼をして。


 幾分マシになったものの、それでもまだ痺れる身体を何とか幼女の方に向けようとしたら、彼女はこてんと子猫のように野原に突然倒れてしまった。

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