第45話 罪滅ぼし

「子どもが行方不明?」

「そう、今月に入って三件目。今までに行方不明の子は八人にのぼっているわ。しかも他の子どもたちが近くで遊んでいるにもかかわらず、忽然と姿を消してしまうの」


 ベガが連れて来たのは、珍しい野菜や茸を惜しげもなく使い、肉とグリルしたものが名物の洒落た宿屋だった。


「この宿屋に卸している食材は、行方不明の子どもの両親が丹精込めて育てているの。私はその家に居候させてもらっていてね、母親は事件後ずっと寝込んだまま。だから一日も早く子どもを助け出したい」


 思ったより深刻な話にカイ達は絶句してしまった。

 怪しい女だと思っていたが、子どもを助けるために無償で協力しているという話を聞いて、カイは今までの自分の態度を恥じた。しかしこの女がヒロに執着していることと、あの身のこなしがどうも腑に落ちない。


「それで、その事件と、俺たちとどんな繋がりがあるというの?」

 カイは探りを入れてみたくてベガに聞いてみた。


「行方不明だった子どもの一人が発見されてね。今は回復したけど、その子は発見された時、意識が混濁していて軽度の中毒症状を起こしていたの」


「………それって、まさかタバンガイ茸?」

 ヒロはその言葉にスプーンを手に持ったまま驚いた顔をした。


 空腹が続いたテルウと、彼と同じ位食事をとるベガの二人は、ファイター並みにすごい勢いで食べ続け、空になった皿が二人の横にドンドン積み重ねられていく。


「正解! 私は茸に詳しい訳じゃないけど、居候している家の主が詳しくてそうじゃないかって。しかもその子は発見された時、手に何を持っていたと思う?」


「その話の流れじゃ石炭だろう?」

 二人の豪快な食べっぷりに、全く食欲が湧いてこないカイはちびりちびりとスープだけ飲んでいた。


「あなたは鋭いわね(知っていたけど)。だから私はずっとあの屋敷を見張っていたの。そこへ君たちがやって来たってわけ」


「ところで、俺たちが鎮痛薬としてタバンガイ茸を手に入れたい薬屋なら、お姉さんはいったい何者?」


「大陸を旅しながら賞金を稼ぎ続ける賞金稼ぎよ。よろしくねっ!!」

 ベガが特大ジョッキのビールを一気飲みすると、その豪快な飲みっぷりに、店にいる客から拍手が贈られた。すると彼女は気を良くして客に投げキッスする。


 大食いで豪快な女は苦手なタイプだなとカイはつくづくそう思い、これで謎は一つ解けた。残るは一つだけだとヒロを見ていた時、彼がふとベガに思いがけないことを訊ねる。


「どうして賞金稼ぎをしているのに、子どもたちを救いたいと思っているの?」


 彼女はすぐには返事をしなかった。

 そして、いつもにも増して、ヒロに優しい眼差しを向けながら、

「昔、救えなかった赤子がいてね。どん底にいた私を救い出してくれた恩人の御子息。この仕事はその罪滅ぼしなの。だから報酬はいらないのよ、薬屋」

 そう言って物悲しげに微笑んだ。


 やはりどことなく雰囲気が似ているなあ、あの優しかった母さんに……。


 ヒロはバミルゴにいるシキに抱く苦しいような感情とはまた別の感情をベガに持っている。それは傍にいるだけでホッとでき、安心感に包まれるような不思議な感じであった。




 次の日からベガも加わり、またあの屋敷が見渡せる木の上で動きがあるのを四人で待っていたのだが、テルウは占いが見事に当たり、胃もたれでも起こしたのだろう。苦しそうに座り込んでいる。


「………気持ち悪い。昨日、飯が上手くて食い過ぎた。しかもお姉さん、俺より食べるし、飲むし、本当の騎士みたいだ」


 ベガはテルウの背中を思いっきり叩き、気合を入れ直した。

「ほら、イケメン元気だして!! 私なんて、ただの賞金稼ぎよ。昔、大陸一の剣士と呼ばれた人物がいたらしいけど、その人に比べたら足元にも及ばないわ」


 カイはもうそんな彼女の豪快なノリについていけず、適度な距離を保ちながらも、

「大陸一の剣士?」と気になる話に興味を示した。


「西の皇帝を暗殺した人物よ。それ以後、行方不明なの。目にも止まらぬ光のような鋭い剣先と、無駄のない動き。それはもう神業であったとか」


「俺たちずっと、西のカルオロン近くにいたけどそんな話、聞いたことないなあ」


「あら、当り前じゃないそんなの。カルオロンはかつて軍事大国だったのよ。その皇帝が暗殺されたなんて門外不出の国家機密に決まっているわ。名前はなんだったかなあ? ……ダ、……ダレ? とにかく、ダ何とかよ!」


 そんな伝説の騎士の話は、カイの好奇心をひどく掻き立て、さらに詳しく聞きたかったのだが、

「あっ! 誰か出てきた!」

 双眼鏡を覗き込んでいるヒロが叫んだため、全員が一斉に屋敷の方に目をやると、正装をした一人の男が玄関に立っている。


 大陸では服装からその人物の出身地や、身分がおのずとわかるが、その男は南部の雰囲気に合わない恰好をしていた。

 どちらかというと西の大国寄りの、いかにも貴族という装いで、上質な生地には至る所に刺繍が施されており、石炭で財を成したと言われるに相応しい服装だった。


 そして男の前に一台のキャリッジと呼ばれる黒い大きな馬車が横づけされると、御者がすかさず馬車のドアを開ける。男が乗り込みドアを閉めた後、御者は玄関に置いてあるトランクを自分の隣に置いて馬車を走らせた。


「逃すわけにはいかないわ。私たちも行くわよ!」


 ベガは苦しんで座り込んでいるテルウの首根っこを掴んで木から降り、四人は馬車の跡を追った。

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